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色づく世界の首狩りドラゴン  作者: 筆々
3章 災害は竜になりえる者

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23/28

和やかさは唸り声に掻き消えて色づく

「ベイルはいつの間にか強くなっているね」



「……副団長、いつの間にか強くなるってことは、いつの間にか無茶の範囲が広がるってことなんで咎めてくれません?」



 ルミカがアルフの介抱をしているのを横目に、持参したテーブルと椅子に座ってお父様が自分で淹れたコーヒーを片手に、しみじみと言い放ったのをラットがうな垂れて聞いていた。

 最近我が家の家庭教師は随分と文句が多くなった。一度締めておくか。



「ベイルちゃんなんか怖いこと考えてない?」



「一度あんたと本気で戦ってみるのもいいかと思っているだけよ」



「俺一般優良騎士だからね!」



 自分で優良と言い切る辺り、騎士団でもそれなりの立場にいるのだろう。

 なんといっても我が国の騎士団団長はあの爺さんだ、実力の伴っていない肩書など許すはずもなく、もし口に出したのならそれを事実(・・)にするために地獄のような特訓がなされることは想像に容易い。

 そしてあたしの推測ではラットの性格上、それを一度は爺さんの前で口にしているはずだ。つまりその肩書に見合った実力を爺さんからのお墨付きで名乗っているのだとしたら、この男はそれなりに強いはずだ。



「……」



「待って待ってベイルちゃん、多分君は俺を過大評価している――」



 ラットが青い顔をしてあたしから後退していくのを見ていると、ルミカの膝に頭を乗せていたアルフがぬっと起き上がった。



「アルフ様、おはようございます」



「うぃ、ルミちゃんありがとうね」



「アルフちゃんもどんどん逞しくなっていきますね。痛い所はないですか?」



「うん――はいっ、ベルちゃんにいつもぶっ飛ばされてますから、このくらいへっちゃらです」



 胸を張るアルフに、お母さまが笑顔を張り付けた顔をあたしに向けてきた。これは帰ったら説教されそうだ。



「しっかし現段階でこれだと、神に引き出される根源(ギフト)なんか得たら手に負えないんじゃないですか?」



「お前人の娘を何だと思っているんだ」



「6歳とは思えないほど賢く強い、挙句の果てにまだまだ発展中。護衛するの俺ですからね!」



「だからその護衛対象の実力を測るためにも一度やっときましょうって言ってんのよ」



「6歳児の自覚持って! なんで護衛が護衛対象の実力を知らなくちゃならないんだよ!」



「あら、あたしの実力を知っておいた方が戦略を立てやすいでしょう?」



「君を守るのが仕事であって、君と共に剣を振るうことが仕事じゃないんだよ」



「楽できて良いじゃない」



「……副団長ぅ~」



 ラットの泣き言をお父様は苦笑いで返した。

 困らせるつもりはなかったのだけれど、お父様自身あたしの扱いは決めかねているのでしょうね。



「でもギフトかぁ。俺もおじいさまに負けないようなギフト……」



「アルフ様?」



「ねえベルちゃん」



「ん~?」



「……ベルちゃんとルミちゃんは、どんなギフトかな?」



「さあ、どうかしらね」



 すんとすました顔を伏せたアルフが唇をチュんと尖らせ、いじいじと指を弄りながらそんなことを聞いてきた。

 この子は正真正銘の6歳なのよね、ところどころに子どもっぽい所作が見え隠れしており、どうにも庇護欲が刺激される。



「俺のギフトは、ベルちゃんとルミちゃんと並んでいても恥ずかしくないギフトが良いな」



「あら、そんなのでいいの?」



「うん、だってルミちゃんのギフトはきっと優しいし、ベルちゃんのギフトはきっと強いから、2人に並べるギフトなら、きっと立派な騎士に近づけるかなって――並んでいても恥ずかしくないって認められれば、俺も少しは強くなれたかなって思えるから」



 あたしはルミカと顔を見合わせて、アルフの頭に手を伸ばして撫でる。

 アルフは本当にいい子だ、ぜひ立派な騎士になってほしい。



「だ。そうよルミカ、並のギフトじゃアルフの歩みを止めてしまうわ。責任重大ね」



「これは本気出すですよ。ちょっと抑えるつもりでしたが、アルフ様がそう仰るなら本気出していくですよぅ」



「良かったわねアルフ、全力疾走程度じゃ追いつけないから、さらにさらに脚を壊してでも並び立つ心意気を見せなさい。そうすればきっと一緒に並べるわ」



「――うんっ」



 満面の笑顔をアルフが浮かべていると、肩を竦めて頭をかいているラットが目に入った。すれてしまった大人という空気感で、あたしはラットのすねに蹴りを放つ。



「いってぇ!」



「あんたも純粋な頃を思い出して励みなさいよ」



「別になんも言ってないでしょうがぁ――ただ、ギフトは頑張りでどうこう出来るもんでもないからね」



「そんなことないですよぅ。ギフトとは根源を引き出すものですが、その根源を形成して表に出すのは魂の煌めきです。強弱を決めるのは根源ではなく、ギフトの理解と燃えるほどの煌めく魂の声ですよぅ」



「……初耳なんだけど。いやいや、ギフトを管理しているのは神様だ、そんな人の都合のいい――」



「人にとって都合のいい力なんですよ。神様神様言っていますが、ギフトに関してそんなに関与してないですよぅ。そもそも神様が力の強弱を決めているのなら、今ごろこの世はみな信者ですよぅ。神は強者を救わず、弱者を救わず。です」



「じゃあなにを救うのよ」



「それは人同士でなんとかしてください! 世界運用の方で手一杯なんですよぅ! 神は、世界を、救います!」



 顔を覆って叫ぶルミカをあたしは撫でる。

 きっと本音だろう。そして相当うっ憤がたまっていたことがうかがえる。きっとルミカはきっかけだけを人に与えたのだろう。

 そこから先は人の領分。



「それなら誤った使い方は出来ないわね」



「ですよぅ。神様のせい(・・)にしても、おかげ(・・・)にしてもいいですけれど、人同士の営みですから、せめて人にやさしい使い方をしてもらいたいです」



「そうね」



 あたしはちらと大人たちに目をやる。相変わらずラットは耳をふさごうと両手で耳を押さえているし、お父様は遠くを見ながらコーヒーカップを傾けており、お母さまは微笑んでいた。



「ルミカちゃんは神様が苦手なのかしらね」



「……なんかニュアンスが違くなかったか?」



「ルミカは神様に感情移入しちゃうだけなんですよ」



 あたしが適当にごまかしていると、お父様がため息を吐いたのが見えた。

 なにか心配事だろうか。



「ギフトかぁ……あ~そうだベイル、大事なことを言うのを忘れていた」



「なんですか?」



「陛下がお前に会いたがっている。そして安全上の都合からベイルの神魂祭は王宮でやることに決まった」



「ありゃ、教会に行かなくてもいいんですか?」



「……ああ」



 お父様の表情がどこか苦々しい。少し怒っているようにも見え、あたしは首を傾げる。



「教会派の貴族どもが集まるそうでな」



「なるほど」



 つまりあたしは敵の集まる場所でギフトを発現させるわけか。

 目的としてはギフトに大した力がないことを国王陛下に進言してドラゴニカの力を失墜させる。もしくはシンプルにその場で暗殺を企てているか――いや、その目的が見えたからこその王宮なのだろう。

 けれどその貴族どもが入り込んでくるのを止められなかった。

 多分それは神魂祭が教会主導だから、手伝いとか必要な人員だとかで割り込まれたのだろう。



「護衛にはお父さんや騎士団長もつくから安心してくれ。それに――」



 お父様がアルフに目をやった。



「アルフはベイルより先にやるからな。アルフ、よかったらベイルについてやってくれないか?」



「うんっ! 任せて!」



「ラット」



「へいへい、アルフと一緒にいますよ」



 お父様がアルフの肩を叩き微笑んだ。

 なんだかんだ、お父様はアルフを気に入っている。いい騎士になるとも話していたし、これから先、きっとアルフに稽古をつけることもあるだろう。



「というわけだ、少し日にちがずれてしまうが、そんな感じでよろしく。それで神魂祭の前に陛下へと顔合わせをしてほしい。緊張するかもしれないが、陛下から急かされていてな」



「そんなの跳ねのけてしまえばいいのに。あの人いつも勝手ですから、多少のお願いは聞いてくれますよ」



「……ライラ、君は慣れているかもしれないけれど、俺は一介の騎士だからね」



「私の旦那様ですよ」



「むっ」



 いちゃつく両親を横目に、ルミカを抱き寄せて膝に乗せて芝生に座る。



「アルスヴォルグの現国王陛下――リールゲン=ヴィルンヴォルグ。隻眼の王、精霊王の一番弟子、敗北を知らない戦好き。などなど、武力特化の王様です」



「あら、仲良くなれそう」



「……ベイル、あまり陛下を喜ばせるなよ。どんな手を使ってでも攫おうとしてくるぞ」



「それなら大人しくしておこうかしら。家から出るつもりはないもの」



「そうしてくれ」



 安堵の息を吐くお父様だったが、あたしとルミカ、そしてアルフが一斉に顔を上げる。そのすぐ後のお父様も反応し、お母さまを背に隠し辺りを睨みつけた。



「ルミカ、武器」



「はい」



「アルフはラットから離れないようにしなさい」



「ん――ルミちゃん、俺も武器もらってもいい?」



 あたしはルミカにうなずき、アルフにも武器を渡すようにお願いした。

 するとやっとラットも辺りの気配に気が付いたのか、肩を竦めた。



「魔物か」



「お父様、下がっていろなんて言わないでくださいよ」



「いや言うが。頼むから大人しくしててくれよ」



「無理です。というかこの数、お父様が危ないですよ」



「……危なくなったら下がってくれよ」



「ええ」



 そうして突如現れた危機に、あたしは口角を吊り上げるのだった。

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