色は熱に侵されて
「――ま、――じょう、ま――お嬢様!」
「……?」
正面を見渡すと豪華な天蓋で、最近では見慣れたあたしの部屋。そこのベッドであたしは目を覚ましたのだけれど、フニフニとした柔らかな感触に目をやると、そこには今にも泣きだしそうな顔をした――。
「ルミカ」
「……よかった」
ルミカの安堵の息に首を傾げると、そのルミカがあたしの頬に両手を添えてきた。
何事かと彼女の顔を見つめるのだけれど、やはり泣きそうな顔をしており、あたしはルミカの手を握る。
「大丈夫よ」
「大丈夫じゃないですよぅ。お嬢様、ひどい顔――」
鏡が近くにないから自分の顔も見えないけれど、確かに目覚めは最悪だ。
いやな夢を見た、その一言で済むのなら一蹴できることでもあるのだけれど、見た夢が夢なだけに、どうにも気分も最悪である。
するとルミカの大きな声に気が付いたのか、誰かが部屋をノックするのだけれど、間髪入れずにお母さまが部屋に入ってきた。
「ルミカちゃん、どうかしましたか――」
「ああお母さま、おはようございます」
「……」
お母さまはあたしの顔を見た瞬間に早足でやってきて、起き上がろうとするあたしを押さえてそのままベッドに寝かせて布団を体にかけてくれた。
「ルミカちゃんありがとう。たくさん心配してくれたのね」
「あぅ、ライラ様」
「ええ、私がここにいますから、とりあえずお水を頼んでもいいかしら?」
頷くルミカに、自分で行くと体を起こそうと再度試みるのだけれど、お母さまに阻まれてしまい、さらに額に手を置かれた。
「ベイルちゃん、今自分がどんな顔をしているかわかりますか?」
「……ルミカが泣きそうな顔をしていました」
「ええ、心配してくれているのです。いいですか? 私があなたのやることにあまり強く言うつもりがなかったのは、どれだけのことをしようともルミカちゃんとアルフちゃんを悲しませることはしないと信用しているからです。ですが」
お母さまがこれだけ怒っているのは久しぶりだな。これは説教間違いなしだろう。
そんなにひどい顔をしているのか、あとでルミカに謝らなくちゃならないな。
「ベイルちゃん、もしまたルミカちゃんを泣かせるようだったら、その時は縛ってでも家に押し込みますからね」
「……はい」
あたしの返事に満足したのか、お母さまは深く息を吐き、そっとあたしの頬に手を添えた。
「熱もありますね。病気知らずだと思っていましたが、少し安心しました」
「娘が熱に侵されてるのですよ?」
「子どもの内の病気は例外を除いて元気でいた証拠です。大きな病気だったのならこの程度で済んでいないでしょう? 特にベイルちゃん軽い病気くらい跳ねのけちゃうんだから」
だからこそ大きな病気じゃないだろうか。と、今言うのは野暮だろう。それにあたし自身、確かに体はだるいけれど、大きな病気という感じはしない。
それに人の手に余るような病気だったのなら、ルミカがお母さまとお父様にスキルを明かしてでもあたしのことを伝えるだろうし、その線は薄いだろう。
そんなことを考えていると、ルミカが水を持ってやってきた。
「調理場の皆さんには消化のいいものを頼んでおきました。お嬢様、お水、飲んでください」
「ルミカちゃんありがとう。お薬、お父さんに頼んで買ってきてもらおうかしら」
「お母さま、そんなに大げさなことでもないですよ」
お母さまが少し頬を膨らませて、半目で睨んできた。心配なのはわかるけれど、そこまで仰々しくされると何とも居心地が悪い。
するとルミカがあたしの手を握って、ジッと目を見つめてきた。
これ、この子は不調の原因を知っているな。
「……ルミカ、そんな心配そうな顔をされるだけだと逆に気になって具合が悪くなっちゃうわ」
「あぅ」
「ルミカちゃん、ベイルちゃんがこうなった理由がわかるの?」
「えっと」
目をあちこちに動かしたルミカだったけれど、お母さまに手を握られてじっと見つめられたことで、諦めたように息を吐いた。
「ギフト酔い。もしくは根源食い。ライラ様にはチェンジリンクと言った方がわかりやすいですね」
「――」
お母さまが一瞬顔をゆがめた。
しかしすぐにルミカが首を横に振り、あたしの手を握りながらうなずいた。
「ライラ様、お嬢様は喰われてはいませんよ。そもそもチェンジリンクはギフトに引っ張られる故に起きる症状です。心が根源についていけずに、起源そのものになろうとして性格が変わってしまう、つまり――」
「ただの中二病じゃない」
「力が伴うぶんそんな簡単な話じゃないんですよぅ」
「え~っと、つまりベイルちゃんは心配ないってことなのね?」
「はい、ただギフトが突然魂に入り込んできたから、びっくりして体が悲鳴を上げたのだと思います」
「そう、ならよかった。でもルミカちゃんは本当に賢いわね。これからもベイルちゃんのこと、お願いね」
「はい!」
「……」
その割にはルミカはひどくあたしを心配していたようだけれど。現に今もこの子はあたしの手から手を離そうとしないし、どうにもそのチェンジリンクということだけではないように思える。
「……それじゃあ私はお父さんのところに行きますから、何かあったら呼んでくださいね」
「はいっ、僕が責任をもってお嬢様についているので、任せてくださいです」
「ええ、それじゃあお願いね」
頷くルミカに、お母さまが部屋から出ていった。のもつかの間、ルミカがあたしに飛びついてきた。
「う~~」
「……ただの中二病じゃなかったの?」
「――です」
「う~ん?」
「お嬢様、ずっと悪夢にうなされて、ずっと、名前を呼んでいて、ずっと、それで……僕じゃ、代わりにはなれない――」
今にも泣きそうなルミカに、あたしはため息をついて見せた。
本当に馬鹿な子なんだから、誰もそんなことは頼んでいないし、そもそも前にもそんな話をしたはずなんだけれど、忘れてしまったのだろうか。
「ルミカはルミカよ。あの子のことは当然あたしの中では大事だけれど、同じくらいあなたのことも大事なの。あの子はあの子、ルミカはルミカ、あたしには妹が2人いるってだけよ」
「あぅ」
「心配かけてごめんなさいね。でももう大丈夫だから、あたしはルミカの笑顔を見ていたいわ」
「む~」
頬を膨らませるルミカを撫でていると、部屋の外からどたどたと大きな音を立てて誰かが近づいてくる気配がする。
きっとお父様がお母さまに聞いてここに駆け込んでくるのだろう。
今日は大人しくしているのが吉か。と、あたしは体から力を抜いていくのだった。




