色どりスキルの緊急会議
「なるほど、今日の騒動はそういうことでしたか」
お父様に連れられて家に帰ってきたあたしとルミカ、そしてラットの3人で、夕食を待つ間お母さまの正面に座らされていた。
「……俺もぉ?」
「ラット様、ここは連帯責任というやつです」
「難しい言葉知ってるねルミカちゃん、でも俺その言葉嫌いだなぁ」
こそこそと話すルミカとラットを横目に、あたしはお母さまに目をやる。
怒っているという風でもなく、ただ何かを深く考えているようで何度かお父様と目を合わせているのが見えた。
とはいえ、あたし自身この手の話ではまっすぐ行ってぶん殴るという思考しか持てないために、正直どんなことを言われても多分否定してしまう。
もちろん心配をかけているのは自覚しているけれど、これはもはや性なのだ、どうにもできない。
「ベイルちゃん、ドラゴニカがどうして7歳になるまで王都から離れて暮らすのか、それは知っていますね?」
「この牙を血で濡らさないために――」
「おぃい! 俺が教えたみたいになるだろうが! 俺一応家庭教師なんだよ!」
隣でぎゃあぎゃあ騒ぐラットに舌打ちをして、頭を抱えるお父様と苦笑いのお母様に目をやって言葉を待つ。
というかあたしはそれに納得していない。
ラットが話していたけれど、7歳になって『神に引き出される根源』を得てから表に出すと言うが、高々それを得た程度で表を歩けるなんてどう考えても不自然だ。
どれだけ強力な力なのかわからないけれど、ギフトを得ただけで力が大幅に上がるというのなら、そもそもわざわざ7歳まで待ってから引き出す意味がわからない。生まれてすぐに引き出せばいい。
そうしてあたしが頬を膨らませて不貞腐れていると、ルミカにそっと手を引っ張られた。
「ベイルお嬢様、もしかしてですけれど、ギフトがどれだけ強大か想像できていませんか? ってそれはそうか、現段階でだいぶ強いからなぁ」
「なにかあるの?」
「え~っとですね、ギフトというのはその人の根底、根源、その者がその人たらしめる起源を力として表に出したものです」
「起源……いまいちピンとこないわね」
「例えばヴィルランド様、彼の持つ起源は精霊の騎士王、ギフトは『世界の理を操る精霊王』起源としてはあらゆる属性を操り、騎士として、精霊の王として君臨する者です」
「随分と大げさな起こりなのね」
「そうですよ。ほとんどの人がその大げさを持っているのです。ギフトはスペルと違い、特殊な力、というよりはギフトを得て得られるスキルとその後得られるスキルに補正がかかり、身体能力や魔力の上昇、それだけでなくギフト固有の特徴で様々なことを可能にする力です」
「そんなに変わるのね」
「はい、現にヴィルランド様はスペルで精霊を操れませんが、ギフトによって精霊の力を使用できます。しかしアルフ様のように精霊の力を借りるということではなく、ヴィルランド様そのものが精霊なのです。だからこそ強力な力を行使できる。というわけです」
う~んと、つまりヴィルランド爺はアルフのように精霊の力を借りた所謂あたしが知る魔法みたいな戦い方は出来ないけれど、精霊自身となってその力の行使はできる。単純にアルフの上位互換というわけではないということかしら? それにしたってズルすぎだとは思うけれどね。
「ヴィルランド様を例に挙げましたが、彼は特異中の特異ですけれどね。精霊なんてあるのかもわからない絵空事の、しかも王を冠する起源――王は人の持つギフトでも最上位の称号です。この国でも確か2人しかいない強力なギフトです」
「へ~、そんな人が騎士団長に収まっているのね」
「ですよぅ。それで話を戻しますけれど、7歳からこちらで過ごせるようになるというのは当然ギフトが強力で、ある程度ならどんな状況でも自分を守れるようになるからです。ドラゴニカはそれだけ強力なギフトが約束されていますから」
「そうなの?」
「歴代のドラゴニカは基本的には竜に関連するギフトを持っていました。それはこの国に竜がいたときの名残で、竜からの祝福です。この家に生まれた瞬間、その補正がかかりますから正直才能に関しては約束されたも同然なのですよ」
「なんかズルいわね」
「それだけ複雑な立場なのですよお嬢様。だからこそ本来なら7歳まで人の目のない場所で過ごす。それが仕来りだったのです」
「ならさっさとギフトを引き出せばいいじゃないの」
「それは出来ません。確かに生まれた瞬間に人は根源を持っています。でもそれをやってしまうと起源に持っていかれるのです。魂も意思も曖昧な状態で、ギフトなんて引き出したら性格に破綻が出ます」
「なるほど。さては誰か試したわね」
「教会の人間が昔にそういうことをやって、大規模な争いが起きたんですよぅ」
ルミカが心底いやそうにため息をついたのだけれど、しかしこの子は相変わらず抜けているというか、基本的に迂闊なのよね。
あたしはルミカから視線を外してチラと辺りを見渡すのだけれど、案の定お母さまもお父様も、ラットも口をあんぐりとしてルミカを見ていた。
「教えてくれてありがとうルミカ。ところでちゃんと言い訳は考えてある?」
「えぅ? ……あっ」
周囲の視線が自分に集まっていることに気が付いたのか、ルミカが顔を青ざめ、あたふたとした後、あたしの腹部に顔をうずめてきた。
「ルミカは、その、随分と物知りだな」
「ええ、まだベイルちゃんにも教えていないドラゴニカのことまで詳しかったですね」
「というかなんで団長のギフトまで知っているんだ? そもそもギフトに関しても俺の知らないことまで知っているような」
「確か【妖精の目】と言ったか、ギフトもわかるのかい?」
お父様にそう尋ねられたルミカだけれど、目をあちこちに動かし、ついには泣きそうな顔であたしに助けを求めてきた。
本当に清廉に生きていたというか、嘘が苦手なのだろう。
あたしはルミカを撫でてため息をつく。
「教会と同じ目だろうか」
教会がどんな目を持っているのか知らないけれど、ルミカが首を横に振っていることからどうやら違うらしい。
「……教会が持っている鑑定スキルは【万象の手】その人のスペル、ギフト、スキルをすべてを覗けますが、相手の手を握らなければならず、なおかつ読み取るまで時間がかかるので咄嗟に情報は引き出せないです」
どうしても答えてしまうルミカに、お父様が困ったように頭をかいている。
聞くつもりはなかったのだろうけれど、この元女神さまは人に対して寛大だ。ついつい口にしてしまうのだろう。
あたしは肩をすくませ、お父様に目をやる。
「お父様、ルミカはあたしたちに嘘はつけないのです。あまりいじめないであげてください」
「そんなつもりはなかったんだけどなぁ。しかし、ルミカの目はだいぶ特殊なようだね」
ルミカが揺れる瞳をお父様に向けており、きっと特異な力を持っていると糾弾されるとでも考えているのだろう。
そんな彼女にお父様が手を伸ばし、ゆっくりと撫でた。
「その力をルミカがどうとらえているのかはわからないけれど、ルミカも俺たちの子だ。家族をどこかにやるなんて俺たちはしないよ」
お父様がお母さまにも目をやると、お母さまもお父様と同じようにルミカの頭に手を伸ばして撫で始めた。あたしもついでに撫でる。
「わぅわふ――あぅ」
「ベイルがルミカを守る理由もよくわかる」
「ですね、教会以上の鑑定の力を持っていることが公になれば、ルミカちゃんが教会から狙われかねないですからね」
「いやそれよりもルミカちゃんの知識量が半端じゃないってことの方が重要では? これ下手したら王宮からもちょっかい出されますよ」
「それもスキルか?」
「……えっと【知識の泉】です」
「王族の【王の大図書館】と同じようなスキルか」
お父様とラットが頭を抱え始めた。
それほどにルミカのスキルが優れているのだろうけれど、黙っていればいいのにこの子は次々とまあ。
「……これ、ベイルちゃんより重要な護衛対象では?」
「そうかもしれないなぁ」
お父様たちが考え込んでいる中、ルミカがこの空気についに限界を迎えたのか、目をぐるぐるとさせて口を開いた。
「え~っと、えっとえと、お――お嬢様のスキルのほうが大概ヤバいです!」
「え!」
「えぇ~」
そう来たかぁ。
ルミカにばかり意識をやっていたお父様とラットの2人がそれぞれの反応であたしに目をやってきた。
「お嬢様はその、スキルに【神に反乱する者】であったり【神に拳を届かせる者】だったりと強力なスキルが多いので僕より狙われますので、ちゃんとお嬢様を守っていただければ――むぐぐ」
「はいはい、ルミカはちゃんとあたしが守るから大丈夫よ」
「……教会には絶対に行かないほうが良いということがよくわかったよ」
「え、なに、ベイルちゃん神様でも殺してきたん?」
「ちょっとツテがあってぶん殴っただけよ」
「痛かったですよぅ」
ルミカを抱き寄せて頭を撫でていると、お母さまが手を叩いてあたしたちから注目を集めた。
「とにかく、2人とも大人しくしていなさい。とは言いませんが、それだけの力を持っていることをよく理解して行動するのよ」
「はい、ライラ様」
「なるほど。わかりましたわお母さま」
「……副団長、あれ絶対それだけの力を使って喧嘩するって顔してますよ」
「……ベイルの大義名分にルミカがいる以上、あの子は戦わないって選択肢を持たないんだろうなぁ。ラット、俺たちの目がない時は任せた」
「特別ボーナス期待してもいいっすか? 正直並の悪漢を押さえつけるよりベイルちゃんのほうが困難なんっすよ」
「団長に通しておく」
人のことを猛獣かなんかだとでも思っているのかしら。
そうしてラットを睨んでいるとやっと夕食が出来たのか、使用人たちが料理を運んできた。
いったい誰があたしたちを狙っているのか、どんな思惑があってドラゴニカに喧嘩を売っているのか、まだまだ考えなければならないことも多いけれど、現れたのならその喧嘩を買うだけだ。




