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色づく世界の首狩りドラゴン  作者: 筆々
第2章 その竜に牙をむく者

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色のある世界で想うこと

「しっかし、命を狙うもの。ねえ」



「……お嬢様、どうして楽しそうにしていらっしゃるのですか?」



「していないわよ」



 頬を膨らませて訝しんでいるルミカを撫で、今言ったことを考える。

 本当に楽しんでいるつもりはない。でも、そうやって狙われるのに慣れているから、なんだか懐かしい気持ちになってしまったのは確かだ。



 それに――。



「ベルお嬢様?」



「……ねえルミカ」



 首を傾げるルミカに、私はどういうわけか心が締め付けられ、彼女を見た後、そっと私たちが住む屋敷に、世界に目をやった。



「私が見ている世界は、本物なのかしら?」



「……」



 懐かしく思ったから、私は前の私をひどく近くで思い出してしまっていた。

 色のない世界、それが当たり前だったから今私の目に映るすべてが、本当は偽物なんじゃないか。そんな風に思ってしまった。



「――?」



 ルミカにそっと手を握られる。

 私は、最近私よりも大きくなったこの可愛らしい妹の顔を少し見上げる。



 ルミカが今にも泣きそうな顔をして、私の手を胸元で抱きしめた。



「お嬢様にとって、僕――私は、偽物に見えますか?」



「……」



 ああ、やらかした。

 この子は元々女神さまだ。いるのかいないのかもわからない、この世界でも空想上の信仰の対象だ、偶像崇拝だ。

 そしてルミカはそんな存在だったから、ずっと寂しがっていた。だから私をここに連れてきた。

 わかっていたことじゃない。それなのに私はこの子の前でそんなことを確認してしまった。



 私はすぐにルミカを抱きしめ、今の発言を後悔する。



「ごめんなさい、身勝手なことを言ったわ」



「……ううん、僕も意地悪でした」



 彼女を抱きしめて撫でていると、やっと笑顔を見せてくれ、私は安堵の息を吐く。

 これからは発言に気を付けなければ。そんな決意を抱いていると、ふと近くで誰かの気配がした。

 私はルミカを背に、その気配に目をやると、どこか微笑ましそうな顔をしたアルフの父親、グレイランド=ロイレイブンがいた。



「おっとすまない。ベイル嬢とルミカ嬢は相変わらず仲がいいね」



「……こんにちはグレイランド様、アルフ――アルフランド様は今、汗を流すためにラット様と湯あみ中ですよ」



「普段通りで構わないよ。アルフのこと、いつもありがとうね」



「いえ、アルフは自分の意志で努力しているだけです。きっと立派な騎士になれますよ」



「君のお墨付きなら心強い」



 人柄のよさそうな顔で笑うグレイランド。どこかくたびれたおじさんのような雰囲気のある彼だけれど、アルフ曰く空気が緩いらしく、こうやって対面して会話しているとその意味がよくわかる。



 しかしそんな彼が私を見つめており、首を傾げて視線を返す。



「……ねえベイル嬢、君は、騎士になるつもりはあるかい?」



 またか。どうしてロイレイブンの人は私を騎士にしたがるのか。けれどまさかその提案をグレイランドからされるとは思ってもみなかった。

 彼は騎士の家の出でありながら副団長という地位をお父様に譲っている。この間アルフに話したようにそれは様々な苦悩もあったかもしれず、そんな彼が現副団長の娘である私にそういう提案をするのに驚いてしまう。



「ああいや、父上のように君の実力を。というわけではないんだ」



「と、言いますと?」



「騎士団なら、ドラゴニカを守れる」



「……」



「私はね、1人の親として君に感謝しているんだ。アルフは君たちと出会って本当に明るく笑うようになった。目的を見つけられた、夢を追う意味を教えてもらった。少なくとも私は、君を恩人だと思っている」



「もったいないお言葉ですわ」



「父上は君を前線に加えたがるだろうしエイルはきっと嫌がるだろうけれどね、それでも王都に身を置くのなら騎士団ほど守りに特化した場所はない。ドラゴニカは複雑な立ち位置だ、だから――」



「グレイランド様、ありがとうございます」



「……」



 そうではない。

 この人はとても優しい人だ。だが足りない。

 優しさは騎士としての素質の1つであることは間違いない。アルフにも彼のこの素質は引き継いでもらいたい。けれど圧倒的に足りない。



 私からジワリと戦いの気配が漏れる。

 ルミカが呆れたようにため息をついており、グレイランドの額からは脂汗が流れていた。



「ですが、自身の身もまともに守れない者にドラゴニカは務まらない。いつかの災厄に、いつかの天災に、竜を通して私は守りたいものを守る」



 本当はドラゴニカの名とかはどうでもいい。都合がいいから私が使っているだけだ。

 でも、それでも私はそんな竜を着飾ってでもこの世界を生きる義務がある。色のある世界を、彩をくれた寂しがりな神様を、最近犬のような顔を覗かせる騎士にあこがれる男の子を、家族を――私は今度こそ(・・・・)失うわけにはいかない。



「グレイランド様、私は、ドラゴニカなのです」



「……あ~あ、まったく君はとんでもないよ。あわよくばアルフともっと近い仲に。なんて思ったけれど」



 グレイランドが自身の背後に意識をやったのがわかり、私も彼の背中を覗くのだけれど、そこには呆れた顔をしたお父様がおり、グレイランドの頭を軽くはたいた。



「な~にをやっとるんだお前は」



「息子とその恩人の将来を案じてなにか悪いかい?」



「俺の知らないところでやるなって言っているんだよ」



 懐っこく笑うグレイランドに、お父様が呆れたように息を吐いた。

 この2人、実はとんでもなく仲良しなんだな。



 するとお父様が頭をかきながら私に視線を向けてきた。



「あ~そのベイル、お父さん的には、ドラゴニカをそんなに重く背負わないでほしいな」



「う~ん」



 私はお父様から軽く視線を外し、首を傾げているルミカの頭に手を置く。

 そんな私を見て、お父様は「あ~……」と、何か納得したように苦笑いを浮かべた。



「いやそうじゃないのか。お前にとってはドラゴニカも足場(・・)でしかないのか」



「本当、在り方が圧倒的強者だよね。俺が持てなかったものだ~」



「俺はお前の強さ、結構当てにしているんだがな。しっかしベイルは騎士団には向かないな、王や民が危険に陥っていてもルミカとアルフに駆けだしていきそうだ」



「それは間違いないね」



 お父様が再度ため息をつき、私とルミカの頭を撫でてくれる。



「ベイルは、この先どうやって生きていきたいのかな?」



「暴れ回ってしっちゃかめっちゃかにして来いと――」



「うん、聞くんじゃなかった」



 隣のルミカが口を覆って笑っており、私はそっと彼女を抱き寄せる。

 まあそれは冗談半分だ。やはり何より――。



「お父様、私は今この目で見える世界が、色が、とても尊いものに見えています。この世界が灰色(・・)にならない限り、いつもまでもこの世界を見ていたいですわ」



「……そうか。お前は昔から色が大好きだからな。ああわかった、ただし危ないことはしないでくれよ? お父さんいつも心配しているんだから」



 私はルミカと顔を見合わせ、お父様にうなずいた。

 そうしてお父様とグレイランドが揃って私たちに背を向けたのを見送るのだけれど、ふとお父様が振り返ってきた。



「ああそうだ、ラットから聞いているかもしれないが、屋敷から出るならあいつを必ず護衛につけるように。くれぐれもお父さんの知らない場所で喧嘩しないように」



「……は~い」



「グレイどう思う?」



「アルフにも注意しておくように言っておくよ」



「助かる」



 どうにも信用のないのが気になるけれど、まあそこは臨機応変だ。

 私は大きく伸びをして、ルミカの手を引いて屋敷へと戻る。



「お嬢様、甘いものが食べたいです」



「はいはい、アルフも呼んでおやつにしましょうね」

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