騎士に彩り竜の巫女
叔母夫婦や近所の人たちとの別れの挨拶もそこそこに、私たちドラゴニカは王都に向けて馬車を走らせた。
新しい生活に、新しい人々、さらに新しい訓練場に、お父様曰く新しい家庭教師、騎士の中から選んでくれるそうで、身を守る術を習うように言われている。
「お嬢様、殺気、殺気漏れてます。アルフ様が怯えていますよぅ」
「……」
「あんたはもう少しシャキッとなさい。騎士の血を引いているのならどんな強敵を前にしても怯むな」
私とルミカ、アルフランドの3人は一緒の荷台に乗っており、前の馬車にはお父様とお母様、ヴィルランド爺、そしてどこから集めたのか、騎士たちが私たちの馬車を警護している。
どうしてアルフランドと一緒なのかとあのジジイに文句の1つでも言いたかったが、この坊や、本当にこの間のことで堪えたのか、常に体を震わせている。
「ど――」
「は?」
「……ドラゴニカは、強いから、そんなことが言えるんだ」
顔を伏せ、今にも泣きそうな顔をしてアルフランドが絞り出すように言い放った。
「ああ、心が」
ルミカがアルフランドからサッと顔を逸らし、鼻筋を押さえて涙ぐんでいた。
この間までのドラゴニカに才能はないとかはどこに行ったのよ。前のように鬱陶しいまでに自意識過剰なのも問題だけれど、今みたいにうじうじされるのも鬱陶しい。
「そう、ならお前は弱いのか」
「――っ」
「見下していたものにも届かない。誇るべき血すらも顧みない。勝手に盾に使って、壊れたからって勝手に失望して、挙句の果てにお前が弱いんじゃなくて相手が強いんだと諦める」
「……」
「お、お嬢様!」
ルミカにたしなめられ、私は肩を竦ませてアルフランドを視る。
別に説教したいわけではないし、こいつのことを想っているわけでもない。
改心したいなら勝手にすればいいし、諦めるのなら勝手にすればいい。
するとアルフランドが涙をポロポロとこばしながら私の腕を掴んできた。
「……なに?」
「ロイレイブンは、騎士の家系だ」
「そうね」
「でも、お爺様が選んだのは、ドラゴニカだった。俺の父さんは、今も騎士団にいながらドラゴニカの配下でいることを許容して、挙句、エイルバーグには勝てないって、笑って……」
今にも大泣きしそうなアルフランドに、ルミカはオドオドして慰めようとするし、窓から外を覗くと防音性がないのか、周りの騎士たちが引き攣った顔を浮かべているしで、正直面倒でならない。
でも――ロイレイブンという家を私は、低く見積もっていたのかもしれない。
私はアルフランドの手を取った。
「あんたのお父さん、立派な騎士なのね」
「え?」
「ロイレイブンなんていう名前を背負いながら、一般騎士に身を置いている。うちのお父様が副団長に籍を置いても尚、騎士を続けている。重圧も期待もあったかもしれないのに、それでも騎士でい続ける。あんたのお父さんは、騎士になりたかった、だから騎士でい続けている。お前とは違って騎士の血を、騎士の誓いを捨てることもなく、未だにその場所で剣を振るっている。これを立派と言わずに何を言うのよ」
「……」
アルフランドが驚いた顔をしている。そんなに変なこと言ったつもりもなく、私が首を傾げていると、馬車の外から涙ぐんだような声が聞こえた。
チラと覗くと、1人の男が目頭を押さえており、周りの騎士に肩を叩かれている光景があった。あれがこいつの父親か。いたんだ。
「アルフランド=ロイレイブン、お前は偉くなりたいのか、騎士になりたいのか、どっちだ?」
「俺、は……」
私はアルフランドの手を多少力を込めて握り、そのまま彼を引き寄せた。顔がくっつくほどの距離で、私は彼に問う。
「力だけ持つのなら誰にだってできる。でも、その力を正しいことに使うのは難しい。私なんてすぐに手が出るから、正しくなんて使えていない。お前の目指す騎士はその力を正しく使う者だろう? お前の爺さんも、お父さんも、正しく力を使っているから騎士になれたんだ。今回はたまたま、ほんのちょっとうちのお父様がお前のお父さんより強かっただけ。たったそれだけの差だ。もう一度聞くぞ――アルフランド=ロイレイブン、お前は騎士になりたいのか、血を盾にしたいのか、どっちだ!」
馬車の周りの騎士たちが聞き耳を立てているのが鬱陶しいけれど、呆けた顔をしていたアルフランドが握り拳を作り、決意を持ったような輝いた顔を上げた。
「騎士に、なりたいよ」
震える声だった。しかし確かに言葉にした。
私はフッと体から力を抜くと、アルフランドの頭を撫でる。
「それならちゃんと自分の爺さんとお父さんを見なさい。うちの家なんて見ても騎士にはなれないわよ」
ふんすふんすと頷くアルフランドに、私は薄ら笑いを見せる。
「まあでも、力だけをつけたいなら家に来なさい。私があんたの相手になってあげる」
「……」
一度体を震わせたアルフランドだったけれど、すぐに首を横に振って、ガッと手を掴んできた。
「よ、よろしくお願いします!」
「ん、よろしくアルフ」
「う、うん! よろしくお願いしますベルちゃん!」
私は小さく笑い、微笑んでいるルミカを撫でると、揺れる荷台の感覚に身を委ねながら王都に辿り着くのを待つのだった。




