異01-07 龍吒・沸井・井磚・武溪・沃沮
○龍吒
潯陽曇椿,世居長沙。宅有古井,每夜輒聞有如炮竹聲相承,謂之龍吒。
潯陽の曇椿は代々長沙に住んでいた。その家には古井戸があり、夜になるたび爆竹の爆ぜ合う音が響いた。このため「龍吒」と呼ばれていた。
○沸井
句容縣有延陵季子廟。廟前井及瀆,恆自湧沸,故曰「沸井」。於今猶然。亦曰「沸潭」。
句容県には延陵季子の廟がある。その廟の前にある井戸や水路は常に沸きたっており「沸井」と呼ばれていた。これは今も見ることができる。なお「沸潭」とも呼ばれている。
○井磚疑龍
陳郡謝晦字宣明,宅南路上有古井。以元嘉二年,汲者忽見二龍甚分明,行道住觀,莫不嗟異。有人入井,始知是磚隱起作龍形。
陳郡の謝晦、字は宣明。劉裕の側近である。彼の家の南側の道には古井戸があった。425年、ある者が水を汲んでいると、井戸の中に二匹の龍がはっきり見えたという。通りかかった人々も覗き込んではみな驚嘆した。しかし、ある人が井戸に入ってみると、単にレンガの影が龍の形となっているに過ぎなかった。
ちなみに翌年、謝晦は謀反を起こして敗死している。
○武溪石穴
元嘉初,武溪蠻人射鹿,逐入石穴,才容人,蠻人入穴,見其旁有梯,因上梯,豁然開朗,桑果蔚然,行人翱翔,亦不以怪。此蠻於路斫樹為記,其後茫然,無復彷彿。
元嘉の初め、武溪蛮の人が鹿を射、石の穴の中に追い込んだ。穴は人がなんとか入れるほど。彼が穴に入ると、傍らにははしごがあった。そのはしごを登ると突然視界が晴れ、たわわに桑の実がなり、行き交う人々は宙を舞っていたが、誰もそのことを不思議がってはいなかった。
彼は木の枝を折り、そのほら穴までの道のりを残しておいたのだが、後日行こうとしても道を見失い、たださまようきりとなった。
○沃沮東界
河東毌邱儉,字仲恭,嘗徵沃沮,使王頎窮其東界。耆老云:曾有一破船隨波流出,在海岸邊。有一人項中復有面,生得之,與語,不相通,不食而死。又得一布衣從海中浮出,其身如中國人,衣但兩袖,頓長三丈。
河東の毌丘倹、字は仲恭。曹魏の末期、沃沮に派遣された彼は配下の王頎にその東端を調べさせた。
道すがら、古老が言う。
「昔、一艘の船が難破して漂流し、近くの海岸に打ち上げられました。その中にはうなじにも顔を持つひと型の化け物がおりました。その化け物は何も食べなくとも生きておりました。また同じ頃、海中にひとりの庶民が浮かび上がりました。姿形こそ我々そっくりではありましたが、その衣は何故か袖だけが長く、5m強にも及んでおりました」
(異苑1-7)
謝晦に毌丘倹と、敗死した人物が並ぶのに何らかの意図は拾えそうですが、まーよくわかりません。こういうのは「ほーん、不思議なエピソードもあったもんだねえ」で終わりにしておくのが良いのだ。




