捜01-05 桃花源
東晉の太元年間、すなわち孝武帝の治世ごろ。武陵に漁業を営むひとがいた。かれが渓流に沿い進むうち、気付けば道を見失ってしまった。突如として両岸に百歩ほどに渡る桃花の林が開けた。他の木は一切ない。満開の花はかぐわしく、はらはらと花びらを舞わせている。漁人は嘆じる、なんという景色か、と。
彼は、その名を黄道真と言う。出会った景色に誘われるがまま進めば、すぐその林の行き止まりにたどり着く。そこは川の水源であり、背後には山がそびえていた。山には小さな穴が空いていた。中からはほのかな光が漏れ出ている。黄道真は舟を捨て、その穴に潜り込んだ。
その穴ははじめ極めて狭く、なんとかひとが通れるほどでしかなかった。しかし数十歩ほどを進めば、突然開け、明かりが差し込んでくる。広々とした土地に建つ、立派な家屋たち。良田や美しき池、桑、竹などが目を楽しませる。整然とした路地の合間から、鶏や犬たちの声が聞こえる。田植えの時期であったため人々が畑仕事に精を出していたが、男にせよ女にせよ黄道真の見知らぬ衣服を身に着けていた。黄色い髪の毛はもみあげにかかるがままとなっている。誰もが日々の暮らしを楽しんでいるのが見受けられた。
そんな彼らは黄道真を見かけるなり、大いに驚くのである。口々にどこから来たのか、と聞いてくる。黄道真がそれらの質問に答えれば、今度は家に招かれ、酒にてもてなされた。庭先の鶏が〆められると、食事として提供される。
黄道真の到来は、すぐに村人の関心の的となった。次々に村人がやってきては黄道真の話を聞きたがる。
やがて一人の村人が言う。
「わしらは昔、秦の世の乱から逃れてきたのよ。妻子や近所のもんを引き連れてこの地にたどり着いてからは、一回も外に出たことがない。気づけばもう、外からは切り離されとった」
彼らは問う。外はどのような感じなのか、と。黄道真が漢を語ればピンとこず、ならば魏や晉については言うまでもない。彼らは黄道真の話の一つ一つに驚嘆を隠しきれずにいた。黄道真の話を他の家のものも聞きたがり、様々な家に招かれ、やはりどの家でも歓待を受けた。
黄道真が留まること数日、ひと通りの家を回ったため、村を去ることとした。すると村人の一人が言う。
「本来、あの道は外の人が通れないものだったんじゃよ」
黄道真が穴から外に出、船を回収すると、なぜか見失っていたはずの道をはっきりと思い出す。帰路の諸所にて道順を書き留めた。武陵郡府にたどり着くと太守に目通りし、自身の体験を語る。太守の劉歆はすぐに人をやり、記録された道筋を辿らせたが、結局はその村に行き着くことが叶わなかった。
晉太元中,武陵人,捕魚為業。緣溪行,忘路遠近。忽逢桃花林,夾岸數百步,中無雜樹,芳華鮮美,落英繽紛。漁人甚異之。漁人姓黃名道真復前行,欲窮其林。林盡水源,便得一山。山有小口,彷彿若有光,便捨舟,從口入。初極狹,纔通人,復行數十步,豁然開朗。土地曠空,屋舍儼然。有良田、美池、桑、竹之屬。阡陌交通,雞犬相聞。其中往來種作,男女衣著,悉如外人;黃髮垂髫,並怡然自樂。見漁人,大驚;問所從來,具答之。便要還家,為設酒、殺雞、作食。村中人聞有此人,咸來問訊。自云:「先世避秦難,率妻子邑人至此絕境,不復出焉;遂與外隔。」問今是何世?乃不知有漢,無論魏、晉。此人一一具言所聞,皆為歎惋。餘人各復延至其家,皆出酒食;停數日,辭去。此中人語云:「不足為外人道也。」既出,得其船,便扶向路,處處誌之。及郡,乃詣太守,說如此。太守劉歆,即遣人隨之往,尋向所誌,不復得焉。
(捜神後記1-5)
この話が載るから編者を陶淵明ということにした、らしい。いや明らかに別に編纂者いるでしょこれ。とはいえこういうところに編者として乗せる人間の名前はメジャーであったほうがいいわけで。
しあしあれだな、史書に比べると、その記述の雰囲気において、やっぱり情緒面が格段に違う。このへんは上手く訳文に落とし込めると文章のトレーニングになりそうな感じがあって良いですね。せっかくやるんだし、バリバリトレーニングしていきましょう。