第二十一章 三郎衛門の掌(たなごころ)その一
そんな一行の元へ、同じように手伝いに来ていたお紺が、突然の来客を告げに来た。
三日市村惣代の七兵衛と新検惣代の新兵衛である。お紺が戸惑いを見せるのも無理はない。
七兵衛はともかく、新兵衛は謂わば三郎衛門の仇敵のようなもの。葬式はともかく内々の一周忌に顔を出すとは、皆予想もしていない。
案内された七兵衛は、申し訳なさそうな様子も無くニコニコと、
「これはこれは皆の衆お揃いで。故人を偲んではる所にお邪魔してしもうて…すまんこっちゃの。
ちとワシもお参りさせてもらお思てな。寄合で遅なったけど、こうして寄らせてもろうたんや。
ほしたらこの男が、出来たらワイも一緒に連れて行ってくれ、言うてえらい頼み込んでくるのやがな。そやから、こんな遅うに一緒に訪ねてきたという訳や。
エエか?」
七兵衛の隣では、新兵衛が居心地悪げに小さくなってかしこまっている。
七兵衛の手前否やとは言い難く、どういう風の吹き回しか?と一同訝しげである。
さすがに、当主としての礼儀をわきまえた政三郎はニコニコと、
「七兵衛はんも新兵衛はんもお忙しいしてはるのに、わざわざお越しいただいて申し訳ないことだん。
ささっ、故人も喜ぶよってに奥入ってお参りしたってよ」
さりげなく嫌味を交えつつ、奥へといざなう。
これぐらいでは露程も動じない七兵衛は、鷹揚に仏前へと進み、
「流石は三郎衛門はんやのう。えらい立派な仏壇じゃわい。本人の頭みたいに金ぴかによう光って…… いつもみたいに偉そうにふんぞり返って、
これくらい当り前じゃ、今頃来よって何しとったんじゃ、ワレ
て、怒られてるようやで」
と突っ込めば、
「もう七兵衛のおじはん言うたら…ええ加減にしてや。なんの変哲もない仏壇までよいしょしてから。
適当な事ばっかり言うて、ワテら煙に巻いて…お父はんの骨壺で良かったら入りまっか?」
政三郎も軽口でかえしつつ、張り詰めそうな場を和ませる。
「なんや、この罰当たりな跡取りは。相も変わらんやっちゃのう。どや、身の廻りはちと落ち着いたんけ」
七兵衛は減らず口をたたきながらも、さりげなく気遣いを見せる。
この二人は、政三郎幼少のみぎりよりの長い付き合いで、気の置けない仲ではある。
「落ち着いたも何も、もともとうちのお父はん、仕事らしい仕事してへんもん。
アテに引継ぎやなんて、何もあれへんわ。いっつも嘉助の叔父さんと幸吉の叔父さんにおんぶにだっこやんか。
自分もどこに何あるかよう分らんまま、あの世に行った思いますでエ。
まあ、アテも嘉平と千吉頼りで、親子よう似たもんやけど。」
「ホンマ親子とも、処置ないやっちゃらで。けどまあ、おかげで家内安泰、結構ずくしやないか」
と、ふたりのんきに笑い合っている。
周りは微妙な空気だが、まあ今更かと苦笑いしている。
ふと嘉助が気付いたかのように、
「これは新兵衛はんお待たせして、ご挨拶が遅れてすんまへんなあ。
この二人はいっつもこの調子ですねん。まともに付き合うてたら、日も暮れてしまいまっせ。ほっといて、どうぞお参りしたっておくれやっしゃ。」
と、新兵衛を仏前にいざなってやる。
ほなすんまへん、と新兵衛は仏壇の前でしばらく手を合わていた。
三郎衛門糾弾の急先鋒だった新兵衛が、三日市村惣代の九兵衛にたよって、仏前にお参りにやってきました。何やら殊勝な様子で、何かを悟ったようです。
この頃は時代も江戸時代の後半に入り、維新まであと六十数年、将軍家斉の時代から水野忠邦の天保の改革へと変わっていく頃です。ちょうどドラマで「大奥」の舞台の前です。