第二十章 成りかわるもの その三
そこへ今まで大人しかった政三郎が、ようやく起きだしたかのように爆弾を投げてきた。
「何言うてんの。お父はんの背中で何やらごちゃごちゃ細工してたん、知ってんでえ。思惑通りに話の流れがいかなんだら、足の裏のつぼ押して、お父はん起こしてたのやろ?
よう寝てるとこ無理やり起こされたよって、難しい顔でこうキセル取ってコーンと鳴らして…ふりをして見せながら、
フン!それでエエのやな、ほんまに精一杯気張ったて言えるんやろな、
言うたらみんなびびってしもて又必死で合議始めんねん。ほんで…
その程度かいな、
てボソッとつぶやくと、皆お父はん怖いさかいに真っ青や。そんなり、勢いづいた連中も急に萎んでしもて…なんやろ思てそっち見たら、千吉も嘉平も下向いて悪い顔してほくそえんでんの、ちゃあんと気付いててんで」
ニタニタと政三郎が内情を暴露すると、
「何言うてまんのや。ホンマに三郎衛門はん動かしてたんは、政三郎はん!あんたやがな」
嘉平が驚いたように言うと、千吉もそれに倣い、
「ほんとにほんまやで。確かにワイらの思うとおりに話は持って行こうとしたが、おやっさんを動かしてたんは、正真正銘…」と、政三郎に指を向けると、
当の政三郎は驚いたように自分をさしてのけぞり、
「ワテ?ワテ何にもしてへんでええ!」
「十分してくれてたやんけ。話の流れが突っ走ってどんもならんようになってまうと……お主の顔が青うなって大きいため息ついて、頭振ってたやんけ。
ほしたら三郎衛門はん、おもむろにこうキセル持ってやな、ゆっくり皆を端からねめつけて…
ホンマにエエのやな…自分の首掛け|ても
良しと言うんやな、これで世間に顔向けでけるのやな、
と始まるやんけ」
「そやそや!それだけやおまへんで。話の流れが、上手いことこちらの思い通りにいった時は、政三郎はんニコニコして、米つきバッタみたいにうんうん何遍も頷いてはったやろ。あれが良かったんやなあ。キセルやのうて、冷めた茶の入った茶碗持って、ずずーっとおもむろにすすってみせて一言、
さよか、
ってな。こうはんなりとなんや色気みたいなもんも感じさせて…あーワテでは、よう真似でけしまへんわ」
「そや!ほしたら、皆一斉にほーっと息はくんや。ほんで互いに見合いながら、良かったのう、これでひとまず安心や、ってお大臣様かいなてつっこみそうになったやんけ。あれは気持ちよかったのう」
ケタケタと千吉が笑い転げていると、政三郎がきょとんといぶかしげに、
「何でワテが喜ぶと、話がまとまるんのん?
ああっもしかして……なんやそうか!お父はんワテの顔見て、場を読んでたんか?」
「いままでいびき掻いてたもんが、皆の話聞いてるわけあれへんやんけ!
ワイらに起こされたらな、キセルなどふかして間を取って、あんたの顔見るんや。
青なって動転してたら、絶対あかん詰んでる。悩んでたら、長考にはいって検討や。
ニコニコ喜んでたらそのまま問題なし投了、っちゅう事やんけ」
「ホンマにエエ仕事してくれたわ。こりゃ一番のお手柄は政三郎はんやってんなあ」
「ひどいわ。アテには何にも教てくれんと、騙しに合うたような気イするわー」
「言うてしもたら、政三郎はん芝居へたくそやし顔に出るやん。いっぺんにおやっさんにばれてまうわ」
「アホ!嘉平や千吉では百年早いわ。三郎衛門はんには、お前らのたくらみなんぞとっくに承知の上じゃ!まあ大方、お前らに丸投げしてさぼってたんやろがい」
「ほうでんな。三郎衛門はんの方が一枚も二枚も上手やし、これ幸いとおまはんらの浅知恵利用してたんでっしゃろな。ほんでキリキリ働かしといて、安心して居眠りこいてたんやろな。わてらでも三郎衛門はんの域には一生かけても無理無理。
それやのに、こんな鼻たれ小僧ではなあ、幸吉はん。」
父親の嘉助が顔の前で手を振り振り、懐かしげに幸吉を振り返ると、
「おうよ!おんしも思い出したんけ。ワイらも初めて三郎衛門はん訪ねた時は…」
「へえ。コテンパンに鼻っ柱折られて…泣いてしまいましたなあ。」
「ワイは泣いてないで、泣いたんはおんしだけやんけ(お前だけだ)」
「小便ちびりそうや、言うて前抑えてたんは、どこのどちらはんだす?」
互いの暴露合戦になりながらも、そうやそうやと、声を上げて笑っている。
心なしか目頭が光って見えるのは、西日のせいばかりでは無いだろう。
しんみりするのは三郎衛門はんの性に合うまい。西日に照らされて赤く染まる縁側で、賑やかに過ごす仏と仲間たちであった。
三郎衛門はんにふさわしく賑やかな見送りの場面です。
とはいえ、これだけでは済まず、もう一波乱ありそうです。