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第十八章  お千代のお産  その四

 

 お千代の人柄とともに、改めて出自の家格の高さが違うと皆が噂した。

 これはおえんの酷い嫁いびりを揶揄するもので、これからは世間に顔向けもできず、肩身も狭かろうと陰で囁かれていた。

 が、当のおえんは何も感じぬかのように微動だにせず、ただうつろな表情のまま、仏の傍らで放心している。

 お咲はその様子が気にはなったが、此度の事は腹に据えかねる思いもあって、知らぬふりをした。

 何より、生まれたばかりの赤子の世話をお紺と共に担ってやらねばならない。

 その上で一連の弔い行事も終わったころ、万吉と幸吉に、赤子のこの先の行く末を尋ねた。


「おせっかいは重々承知で、お尋ねします。この先、赤子の世話はどうされますのや。勿論、乳母をお雇いなさるんはわかってま。そやけど、所詮は雇人や。

 それやったら、ちょうど嫁のお紺も乳離れの近い子を抱えてます。幸い乳の出も良うて、年の近い赤子を兄弟のように一緒に世話したい、言うてくれてますのや。

 どうか物心つくまでは、家で預からしてくれまへんやろか。

 アテも、お千代はんはわが子のように思てきましたんや。そやのに、なんの力にもなってやれなんだ。せめてものお千代はんへのつぐないに、どうぞ考えてくれまへんやろか」

 お咲は、手をついて頭を下げた。


 それを聞いた万吉は、

「お咲はんには言葉にでけんほど、世話になっちゃってよ。せんど(何度も)難儀掛けて、きずつのうて(申し訳ない)。

 ()()()のもんはあんたに足向けては寝れん。そやさかいに、これ以上甘えては罰当たる…」

 お咲は、万吉の言葉を遮る(さえぎる)ように重ね、

「あんさんの為に言うてんのやない。赤子のためにお願いしてますのや。

 どれだけのことが出来るか、偉そうなことは言えまへん。けど、赤子の世話を一生懸命させてもらうんが、お千代はんへの供養やと思てますのや。

 アテには、あの子のおかあはんもあの子にも 、力になれなんだ悔いがありますのや」

 涙ながらに、訴える。


 そこへ、何の反応も見せなかったおえんが静かに入って来た。そしてお咲に土下座し、

「お咲はんには、何もかも申し訳ないことで…言葉や態度でいくら謝ろうとも、ワテの罪が消えることがないのは、重々わかっとりまん」

「おえんはん、アテはあんさんを責めて、このようなこと言うてんのやおまへんえ。アテはただ…」

「わかってまん。そやさかい、これ以上は謝りまへん。

 そやけど、この子の世話をお咲さんや乳母に任せては、ワテはお千代に顔向けがでけん!お千代に許してもらおうとも、村でええ顔して、家の評判取り戻そうとも思てまへん。

 こんな、お千代を嬲り(なぶり)殺したアテに、大事な赤子を預けるんは気い悪いでっしゃろ。

 それでも!お千代亡くした上に…千吉まで放りだしては…それだけは出来まへん。 どうか、こんなアテでは任せられん思うたら直ぐに、アテをどこなと放うりだして。

 ワテには、千吉を無事に育て上げるしか、お千代に償われへんのや。どうか、お願い申します」

 おえんの叫ぶような慟哭(どうこく)が響いた。


「おえんだけやない。ワシらもお千代を守り切れなんだ。同罪や。

 お咲はんのお気持ちはほんに有り難い。ほやけんど、ここは辛抱して見守ったってよ。ワシからもあんじょう頼むよ」

「よそ者のアテが出しゃばって、先走ってしもた。アテこそすんまへん。

 千吉はんいうお名前つけはりましたんか。お千代はんの字、もらわはったんだすな。ええお名前やこと。

 この子には名の通り、元気に大きなって欲しおますなあ」

 お咲は涙ながらに、赤子の名づけを言祝い(ことほい)だ。


 この後お咲と相談して、乳離れするまではお紺の世話になることになった。

 百日のお食い初めまでは嘉助の家の離れを借り、その後はせめて一歳までは、おえんが千吉を連れて、乳をもらいに嘉助の家まで通うと…

 まわりが止めるの聞かず、百日が過ぎるとおえんは、日に三度千吉をねんねこに()()()()、手弁当で通った。

 懸命に、千吉大事に世話をするおえんの姿は鬼気迫るものがあり、古市村の名物になった。

 周りの人たちのいまさらと言う嘲り(あざけり)も耳に入らないようで、千吉に風邪を移してはならぬと、誰ともしゃべりも接しようともしない。


 変わったのはおえんだけではない。

 夜は幸吉が、一手に引き受けて世話をするおえんを休ませるため、赤子を寝床に引き取った。

 襁褓(むつき)の世話から、夜泣きの子を一晩中おんぶしてあやして重湯も与えた。

 寄合いの時には、神社まで千吉をおぶさって連れていき、舅の神主に預ける。

 正に、皆が一丸となって千吉を育てあげた。

 小さく生まれた千吉は皆の愛情をたっぷり受けて、健やかに育っていった。


 六年後、三郎衛門は、嘉助の息子の久平と、捨吉の息子の千吉を自身出身の塾に送り込み、しっかりと教育を施すこととなる。


「いや、ありがたいでっせ。そやけど、ワテらの息子の束脩(そくしゅう)(塾代)まで面倒見てもうて、三郎衛門はんらしない。」

「ほうよ。なんぞ人が変わったんけ。気色悪いわ。」

 嘉助も幸吉も、三郎衛門らしくない親切に訳が分からず首をひねっている。

「やかましいわ!手遅れのお前らと違い、息子に期待かけとるんじゃ!お前らに似んと出来が良うて、ほんまよかったのう!」

 まあ、()()()()だろう。何やら思惑もありそうだ。只ほど高いものはない事を、思い知らされるのは、まだ先の事である。



次回から安永の繰り綿延べ売買所廃止の話に戻ります。

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