第十八章 お千代のお産 その二
女衆もウロウロする中で、お咲が低い声で二人を諌める。
「静かにしなはれ。お千代はんがしんどうて苦しんでる時に、大声だして何揉めてますのや。産婦の気が散るさかい、外でやりなはれ」
「こっ・これは和泉屋の刀自はん。えらいお世話かけて申し訳ない。いつもお千代の事、よう気に掛けてもろうてありがたいことやがな。
こんなとこ見してもうて、恥ずかしい限りやが、詫びは後でさせてもらうよってに、どうぞすける(助ける)思て、お千代の事よろしゅうお頼申します」
幸吉は土下座して、頭を下げる。
「なっ、何してんのや。アホなことしいないな!親に恥かかす気いか!」
おえんが血相を変えて、幸吉を起こそうとするのを反対に抱え込まれ、外に連れ出されていった。
ようやく収まった騒動にホッとし、お咲はお千代に水を含ませてやろうと見やれば…何やら様子がおかしい。
「ちょっと!お千代はん!どないしたん。目エ開けて、しっかりしなはれ」
パチパチ頬を叩いてみるが、土気色になったお千代の反応がない。
まだ赤子の下がる様子もなく、一刻を争う事態となった。
「だっ誰か!お産婆はまだか?お医者はんも呼んで!誰かー」
「お産婆は今来ましたで。お医者はんも今のあんたの声聞いて、幸吉はんが駆けて行きよったし、安心しイヤ。」
落ち着いた産婆の声にお咲は、涙が出そうになった。
「お千代はんが正気を失うて、戻りまへんのや」
「なんやて!ちょっと代わってんか」
産婆はお咲をおしのけお千代の顔を見た途端、思い切り頬をはたいた。
「これ!目エ覚まさんか!やあ子が苦しんでるで!おかあがしっかりせんでどないするのや!」
産婆の怒鳴り声が効いたのか、ふっとお千代の意識が戻る。が、真っ青な顔色は変わらず息も荒い。
予断を許さぬ様子が伺える。
産婆は女衆に、砂糖の入った白湯を用意するよう指示を出し、お千代のお腹に耳を当てて、お産の進み具合を見る。
「いきみも弱いし力もない。けど、幸いなことに赤子は元気そうや。ほれ、しっかりしんかいな。赤子も頑張ってるのや、おかあが気をしっかり持たんで、どないするんや」
お咲は、ほーと安心して腰が抜けた。
そこへ幸吉が抱えるように、年老いた医者を連れて来た。
「ホンマ、無茶するなあ。ワシそこいらの置き物ちゃうぞい。医者・お医者はん!わかってんのかいな。いくら焦っても、そない簡単に赤子は生まれへんがな。」
軽い医者である。が、流石にお千代の様子を診るや、
「なんやこれは!もっと早よ呼ばんかい!ほんで、何やこないに汚いところに産婦寝かすて、なんちゅう家や。もっと暖こうにせんと、妊婦冷やしてどないするのじゃ!」
「すんまへん!すぐに屋内に産屋用意しますよって。」
お咲が答えると、
「もう遅い!下手に動かすことはならん。
静かにじっとして、日も入らんようにして小さい灯だけ残してな。
フン、赤子だけは順調に下りて来よるようや。お千代はんゆうんか、
もうちょっとの辛抱や。ワシが言うたら、しっかといきむのやぞ」
その後、医者が産婆と幸吉を脇に呼んだ。
「ちーと難しいな。」
産婆も同意するようにうなずいている。
「何がや!何のことや!お千代は、大事ないんとちゃうんけ?赤子も元気や言うとったやんけ」
「幸いなことに赤子はそこそこ育っとる。けど、母御の状態がいかん。どうにも脈が弱い。生気が感じられんのや」
そこへお咲が悄然とした様子で、近づいてきた。
「あの子のおかあはんと一緒だす。産み出す力があらへんのだす。あの時も、どうにか産んだあの子は息吹き返したんだすけど、母親は二度と息しませんでした」
「生まれつきの蒲柳の質やな。こればっかはどうにもできん。出来うる限りのことはするが、こういう質はお産前にしっかり精をつけて、安静に過ごすのが大事なんや」
どこか責めるように、幸吉を見やる。
今と違いこの時代は、お産にできることはほとんどありません。神頼みになるのも仕方がないのかもしれません。図絵の中には夫も産婦も白装束でお産を迎える者もあります。
ちなみに基本お産は座産でした。