第十八章 お千代のお産 その一
そうこうしするうちに数年がたち、再びお千代に懐妊の兆候がみえた。
今度は幸吉もお咲らも万全を期すため、早くから里に戻すことを考えたが、今度はお千代が嫌がった。
「そない心配しはらんでも、大丈夫だす。アテももう、以前の物知らずのおぼこやおへん。おかかになるんやさかい、しっかりせんと。生まれてくるやや子に顔向けでけしまへん。皆さんのお心遣いは、ホンマにありがたい気持ちでいっぱいどす。
そやけど、いつまでも甘えてたら、お義母はんを悪者にしてしまう。どうぞ、ウチのわがまま聞いて、この家で産ませてほしい」
本来は、これが世間一般のしきたりではある。
それ故に、産後は里でしばらく過ごすことを約束して、お千代の言うようにさせた。お咲やお紺たちも、産着などお産の準備を親身に手伝い、無事産み月が迎えられた。
しかし、ちょっとした隙に、人は心の中へ思いもよらぬ闇を呼びよせるようだ。
ずっとため込んでいた不満が噴き出すかのように、おえんはお産の始まる兆候が見えたお千代を、急ごしらえの産屋に押しやった。
場所は、二人の新宅裏の薪小屋で、土間に藁を敷き詰め、薄い布団を敷いただけの粗末なものだ。
産屋は小屋や家の土間に作る風習があるとはいえ、貧しい小作や小百姓ぐらいで、幸吉の家のような高持百姓の家では有り得ない。
出生率の低いこの時代、お産は一家総出で取り組む大仕事である。
間も悪いことに、収穫した綿の取引も終わった霜月の末(11月末)にあたった。
幸吉も万吉も、日夜寄合や行事に奔走している。
おえんは直ぐに産婆に知らすことはせず、女衆に産屋の用意を命じた。
すでに、朝晩は冷え込みもきつくなる季節である。
女衆はひ弱なお千代を心配し、暖かい屋内に作るようおえんに強く忠告した。
が、おえんは慣習を盾にとって、頑として聞き入れない。
仕方なく、少しでも暖かいよう壁に目張りを丁寧に施し、火鉢も多めに用意して寒さに備えた。
足元に湯たんぽも入れてやろうとしても、お産に苦しむ産婦は汗をかいている。
どうにも歯がゆく、おえんの隙を盗み、お咲と産婆を呼びに行くことにした。
「若刀自さん、ワシおらんでも堪忍してよう。ちょいと和泉屋の刀自はんと、産婆はんとこまで、たんねて(訪ねる)来るよって、もうちょい辛抱してよ。
なんや、ワシでは手にあわん(手に余る)気いすんのよ。とっとこ行てくるさけ、どんつくんばってよ(ふんばる)」
と叫ぶや、裾をはだけて走り出した。
お千代はほっとしながら、手を合わせた。
知らせを聞いたお咲は、女衆の機転をねぎらい、産婆の所へはこちらで使いをやるからと、直ぐに女衆を返した。
お紺には、おにぎりやその他入用の物を嘉助に届けさせるよう言付け、自身は取るものも取り敢えず駆けつけた。自分の油断を呪いながら、嫌な胸騒ぎを覚えてならない。
着いてみるとあきれたことに、お千代は何ともみすぼらしい炭小屋に閉じ込められているではないか。哀れで涙が出そうになった。が、今は産婦をいたわり、無事にお産を終える事が一番である。
腰をさすってやりつつ、もう大丈夫と励ましてやる。ただ、どうにも産婦に力が感じられず、不安がぬぐえない。
するとちょうどそこへ、おえんが入ってきた。
「まあ、どなたかいなと思たら、お咲はんでっか。家の女衆はどこ行きましたんや。ホンマにあてにならんと……
産気づいてる嫁を放ったらかして、なんやうちが、お千代を放つてるみたいに思われるがな」
お咲は流石に腹に据えかね、
「こないに寒うて汚いとこに捨て置かれては 、そう思われても仕方ありまへんなあ、おえんさん。こんな冷え込むところに産婦追いやって、お産に触るて思えしまへなんだんか!
子供でも分かることでっしゃろ!」
「他人のあんたに、余計な口出される筋合いはおまへんで。なんや人を鬼みたいに。ええか!家には家の仕来りがおまんのや。この産屋は家の跡取りが、無事産まれるよう整えたもんだん。いらんお節介は無用だ。あんたもなにかと忙しいちゃうんけ。後はアテが面倒見るよってに、もう去んでもうてや」
確かにそう言われれば、他人のお咲がここに留まる権利はない。悔しいが、ここはお千代のために頭を下げて…と思案していると、外から冷たい空気が入って来た。
慌てた様子で、呼びに来た女衆と共に幸吉が現れる。
「何や!こんな汚ったない炭小屋にお千代を押し込めよって!おかん!こないなとこで、赤子を生ますつもりけ。お産に触ったら、どないするつもりじゃ!」
幸吉の怒りに少し怯んだものの、おえんは建前を掲げ
「何を言うてんのや。嫁大事もええ加減にせんと、世間様に恥ずかしいわな。
おまえはなんも知らんやろが、これは産屋言うてお産は不浄な物が出るよって、家の土間や小屋に産室を作るもんや」
「お千代のお産が不浄や言うんけ。こんな汚いところで、お産する方がよっぽど不浄じゃ。しかも、こんな寒い所で!おかん!何考えとんじゃ!」
「なんやて!誰に向かって口きいてんのや!いくらあんたでも許さへんで!」
おえんも、もはや引っ込みがつかない。
ここに江戸時代のお産の様子が書かれていますが、産室を産屋といい、土間のような所に
作られた記録があります。お産の神様と御不浄の神様は同じなので、けがれという認識かもしれません。赤ん坊の生存率も今より低く、母親の死亡率も高いので、結界という意味もあったのかも。