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第十七章 幸吉の嫁取り  その三

 万策尽きてしまい、幸吉は夫婦二人の時はひたすらお千代をいたわった。

 おかげで夫婦仲は琴瑟相和(きんしつあいわ)し(夫婦仲がむつまじい)て順調だが、反対に万吉とおえんの間は冷え切って行く。おえんの癇の虫は、いっそう強くなった。


 流石に父親の神主は、娘が顔を出す度顔色も冴えず痩せていく姿を心配していた。 が、とうとうお千代は、実家への使いの途中でたおれてしまった。

 まだ早朝のうちで、境内で掃除をしていた神主が、真っ先にその事態に気付いた。


「これ、お千代どないしたんや。しっかりせんかいな。ああッこれは大変や。

 これ誰かおらんか。医者や医者を呼びに行ってんか」

 そこには裾除けが真っ赤な血に染まり、意識もなく倒れているお千代の姿があった。

 お千代は流産しかかっていたのだ。


 二人の子を持つ神主も直ぐに気付いたが、出血量は多く赤子は助かりそうもない。それよりか母体の方が心配である。

 直ぐにお咲も呼ばれ、お千代の世話に駆けつける。

 医者は容態を診て、後の始末を済ませた。

 駆け付けた幸吉たちにも、こうゆうことはよくあることでなにが悪いという事はない、それよりも母御の方に身体の力が感じられんゆえ、しばらくはよくよく養生に専念することじゃ、さすればまた子は授かるやろう、と慰めた。


 何よりも、真っ青な顔色で気落ちして横たわるお千代の様子が気がかりで、捨吉は慰める言葉もない。

 一刻も早く元の元気な身体に戻る為にも、暫くは実家の神社で養生させることとなった。

 幸吉は、家の中でお千代をかばいきれずにいた自分が、つくづく不甲斐ない。

 舅の神主には、手伝いの女を使わすゆえ、よくよくお千代を頼みますと頭を下げた。

 神主からは、暗に身体は引き受けても、心までは親の自分ではどうしてやることはできぬ、ここからは、お千代と幸吉の夫婦二人で乗り越えていかねばならぬ試練じゃ、と諭された。


 お咲からも、できうる限りお千代の様子を伺いに行く、と約束され、

「一番つらいのはお千代さんですえ。お腹にややこがでけた時から、おなごはかかさんになるんどす。アテらがなんぼ言葉つくしてみても、お千代さんの慰みにはなりまへん。流れた子のおとうはんのあんただけが、お千代さんに寄り添うてあげれるゆうことを、よくよく肝に銘じてな」


 これより初めて幸吉は、夫として一家を背負うことの自覚が芽生えたようだ。

 家の生業(なりわい)から村の行事など忙しい合間を縫っては、お千代のもとに駆けつけては夫婦の時間を過ごす。

 一方、万吉も事の重大さを自覚しつつ、おえんを止めきれていなかった自分を責めていた。

 直ぐに神主の元へ駆けつけ、お千代の世話を暫く頼むこと、そして今までつらい目に合わせてしまった事を深く詫びて頭を下げた。


「お千代がこっちで養生する合間に、別棟建てて若夫婦をそっちに住まわすわよ。

 ちいとでも所帯が別やと、お千代も気が休まるやろうかい。

 子がでけたら表は若夫婦に任せて、ワイら夫婦は別家に移るつもりやし、ほいで堪忍したって」

「ほやが、まだお千代も幸吉はんも、表を仕切るんには若すぎるやろ」

「ワイも元気なうちは助けるし、ほれにまだまだ元気やさかいにな」

「おえんはんが納得するやろか?もっと、ややこしい事に拗れへんかいのう?」

「わいが家長や。ほやのに家の内をしっかと仕切れんかったさかい、こないなことになってしもうたんよ。

 此度は皆にえらい世話かけてもうて、このままではお天道様の下で堂々と歩けんわい。おえんにはこれ以上勝手はさせられへんし、世間に家の恥さらすわけにはいかん」

「あんさんが、それでええと言うのやったら、ワシからはなんもいうことはあらへんが…ホンマのところ、これを機に、お千代をこちらへ帰そうかと思とったんや。

 けど幸吉はんも、お千代をようかわいがって大事にしてくれてる。

 二人を、無理やり引き離して恨まれてもなあ。気い()んどったのや」

 それを聞いた万吉は青くなって、

「ち、ちょっと待ったってよ。必ずお千代にも良いようにするさかいに、それだけは勘弁したってよ。頼んますわ」

「ははは、小便ちびりそうなあんた見て、ちっと()()が下がったわ」


 神主も一人の子の父として、腹に据えかねるものがあったのだろう。

 万吉も同じ父親として、改めて申し訳ない思いでいっぱいだ。

 この夜、二人はお供えのお神酒を遅くまで飲み明かした。


 この後、時を置かず万吉は別れ家(わかれや)を敷地内に少し離れて建て増しし、若夫婦との別居を強行した。

 当然のこと、おえんの怒りはすさまじい。世間体を盾に、強く撤回を求めたが、万吉は一切口も手も出させなかった。

 憤懣やるかたない姑の圧はきついが、お千代は皆の気遣いが嬉しく、また逃げ場所もあることで、穏やかと言える日常を取り戻した。



このまま何もなく平穏に過ごせればいいのですが……この時代は男尊女卑の印象が強いかもしれませんが、意外と女性の地位は強そうです。地方によっては、夫も妊婦と一緒に産屋にこもり、お産を率先して助けたところもあったそうです。立ち合い出産は案外早くからあったのかも。

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