第十七章 幸吉の嫁取り その二
花嫁御寮の行列は、この後何年も村で話題に上るほどの華やかなものであった。
楚々として品の良い花嫁に比べ、赤い顔で落ち着きのない童顔の婿は、いささか頼りなく貫禄に掛ける。 が、ひな壇の二人はそのままに初々しく、皆の目に焼き付いた。
父親の神主も初めての藪入りの折には、幸せそうな二人の様子に安堵したと嬉しそうだった。
お咲もひとまず肩の荷を下ろし、しばらくは新妻のお千代の邪魔にならぬよう訪ねるのは遠慮することにする。
日を改め、お千代が三郎衛門宅へ挨拶を兼ねて、花嫁衣裳を返しに来た。
その折、お千代と連れ立って礼を述べる姑のおえんの口ぶりに、何やらとげを感じたと、後に嘉助の嫁のお紺がお徳から聞いてきた。
「御料さんには、この様に過分なお引き立てをうちの嫁に賜って、誠にありがとさんでござります。
何分田舎もんのアテでは、これほどの立派な支度はかないまへなんだ。ひとえにお徳様のおかげでござんす。
このような恥ずかしい出来で、お徳様のお眼鏡にはとてもかないまへんが、この嫁が是非にと申すものやよって、どうぞ納め置きくださりまし」
と、お千代に一言も口を出させる事なく、見事な刺繍で飾られた半襟を数枚差し出した。
「まあ、これは見事な京刺繍やこと。お千代はん、エエお手をお持ちやなあ。
嫁入り支度で忙しい中、気張って刺してくれはったんか。ホンマにうれしいことですわ。
お古を差し出すやなんて、余計なことしてしもたんやないかと心配してましてんで。そやけどアテの打ち掛けを、もう一度拝ませてもろうた。
アテこそお千代はんには感謝してますのや。
その上、こないに立派な細工物頂いて、ほんまにありがたいことや。
大事に使わせてもらいますわ」
一見和やかな雰囲気だが、おえんのどこか含みのある言い回しが鼻に付く。
お徳もつい皮肉の一つも返そうとしたが、消え入りそうなほど身を縮め、申し訳なさそうにするお千代の姿に、グッと腹のうちに収めた。
結局、おえんの一人舞台でその場を退散していったが、帰りしな何度も振り返っては、すまなそうに頭を下げるお千代がいじらしかった。
「なんや?お前にしてはなんも言い返さんと、あのクソ婆大人しく帰したやないか。」
奥で聞いていたのか三郎衛門が出てきた。
「いややわもう、ほんまやったら倍にやり返してみしとうけど。
なんやお千代さんが可哀そうで…あの姑では、えらい苦労させられそうやし、気の毒になってしまいましたわ。
アテの打ち掛け貸してあげて、良かったんでっしゃろか?」
「なんや。お前にしたら、弱気やないけ?あれぐらいいっちょかましたって、前もって鼻っ柱の一つも折ってやらんかい」
「アテの事、何と思とうのや。そこいらの破落戸と一緒にせんとって。あないなアホでは、相手するもあほらしおますわ。とはいえあれでは、何やら先が案じられるような…
それよか旦那さん、検見の算段終わりましたんか?」
首をすくめながら、奥に引っ込んでいく三郎衛門を見やりながら、お徳は何やら胸騒ぎを覚えてため息をついた。
案の定、家に戻ればおえんからグチグチと皮肉を浴びせられ、お千代は身を小さくしてやり過ごすしかない。
とは言え、嫁入り当初は慣れない事もあって、嫁いびりはどの家にもつきものである。
ただお千代は、神社の出ということもあってか、河内の嫁に必須の機織りが出来なかった。
むしろ幟や神社の飾り物に使う絹地に刺繍を刺したり、組みひもを編むのがもっぱらの仕事であり、機織りまでは手が回らなかった。
綿作農家の嫁には致命的な欠点である。おえんの攻撃の格好の的になった。
お千代も直ぐお紺に相談し、織り方を学ぼうとした。
が、まずは慣れない百姓の家事・風習を覚えねばならない。
そのため、なかなか習う時間も取れず、一向に上達しない。
益々、つらい立場に追いやられていった。
勿論、万吉や幸吉もなにかとお千代をかばい、おえんに優しく接するように諭している。
すると、ワテばかり悪者にして、百姓の嫁として教え諭してるだけやのにと拗ねてしまい、余計にお千代への風当たりが強くなってしまう悪循環に陥った。
お徳の言葉の語尾に時々~やっとう、とか~しとう、などの言い回しがあります。
これは播州や神戸周辺の語尾方言で、今でもよく聞きます。
こういうところで、関西弁も地域で違いがあることが分かります。