第十五章 篭絡 その四
うるさい外野である。とは言え、三郎衛門も小梅の実際の年を聞いて驚いた一人だが、
「まあ、寺の庫裡の内で収まった騒動で良かったわ。
住職はんと平右衛門はんには、色々煩わしてご苦労掛けたが…
まだこれから祝言の算段やらでお世話になるし、よろしゅう言うてくれ」
若住職が丸めた頭ををなでながら悦に入り、
「いや〜こないに上手い事行くとは思わなんだなあ。これもワシの功徳のおかげやな」
佐平も感慨深げに思い出し、
「強いて言うたら、おじゅっさん(住職)のおかげやなあ。
あのアホぼんにあないな甲斐性あるやなんて、人は見かけによらんもんやなあ。
けしかけてみたはええが、ホンマに夜這いに行くとは思いもよらんかったわ〜」
「お前が実際にどうやったんか、気にかかるとこやが。ホンマに与力の娘に夜這いかけるようそそのかしたんか?」
「やけくそやったんやろうなあ。馴染みの女郎に、旦那としっぽりしてる所見せつけられて、怒髪天突き抜けて、二人を刺さへんかヒヤヒヤしたけど。小梅はんが上手く丸めこんでくれて、いったんその場を収めて事なきを得たんや。
ところがやな、しっかりした嫁もろて人生やり直せ、と慰めてるうちに……
庄市も何を思たんか、その晩には娘の所に忍び込んでしもたんや」
「はあ?よう武家の家に上手いこと忍び込めたな」
「いくら外山某留守や言うても、相手はお武家はんの娘やで、うまくいくわけないやんか。
女中に鼻薬かかして、裏木戸開けといてもうてん」
「娘は武道の心得もあったんやろ?庄市もよう生きてたなあ」
「勿論、投げ飛ばされたわ。
ほしたら庄市が泣き出して、いっそ殺してくれえ~言うて。
その情けない姿見たら、静はんはなんや哀れに思えて来てんて。介抱してやりながらじっくり話聞いてるうちに、気付いたらやや子出来てたんやて」
「話端折りすぎや!その話からどこをどないなって、赤子までいくのや」
皆もうんうんと頷きつつ、目をらんらんと輝かせて聞き入っている。
「やっぱほれ、相性良かったんちゃうか。男と女は、合わせて見な分からんもんやからなあ」
「もったいぶらんと、そこはもっと詳しゅうに。もう一声!」
「わかるやんか、始めは情けに思うて…こう背中さすってやなあ、気付けの酒でも飲ましたってやなあ」
「うんうん」
「『静はん、こんな愚かなワテを…こないに優しゅうに介抱してくれて、なんて温かいお人や。そやのに…あんたの評判を汚す行いして、ほんまにすんまへん。』
『どうせ日頃から、私は行き遅れの男おんなやと言われております。お気になさらぬように。それよりも庄市様、あなたはまだお若いこれからのお方。こんなことで、身を落としてはなりませぬ』
『何が男おんなや。ワテはホンマに目エが覚めました。おなごは顔の美しさやない、心根の美しさや。
静はんほど心の綺麗なお人は、どこにもいてまへん。まるで観音さんや。』
『まあ、庄市様!』
『静はん!』
とまあ、こうして二人は結ばれたんやな。しかもやな……」
佐平、身振り手振りでまるで見たかのように演じて見せては、もったいをつけて見回わし、
「静はんは正味に観音さんやってんて」
「何が観音さんや。アホ抜かしなはんな」
「違うてほれ、武道の心得がある言うたやろ。
いざ懇ろになってみたら、えらいあそこの具合がな、わかるやろ。
後で庄市が、こないに有り難い観音さんに会わせてもろて、その上婿入り先まで用意してもろうて。
有り難い有り難い言うて、土下座せんばかりにえらい感謝してたわ」
皆、ゴクツとのどをならし、
「そないに、エエ観音さんか」
「えー塩梅らしいで。某が、日頃から熱心に、やっとう教えとったて言うからな」
「そらまた、なんでや?」
「どこでどんな悪い男に襲われるやら分からん、言うてな」
皆一斉に、それは無いわ〜と頭を振りつつ、
「まあ何はともあれ、芸は身を助くて、よう言うた物やな。
えらい生きのええ阿古屋貝に、見事にうらなりが咥えられて捕まったと言う落ちやな」
「何が芸や!外山はんが、娘たぶらかしおって成敗してくれるとばかりに刀抜いて暴れだした時は、ホンマに肝冷やしたで」
若住職が、落ちの付いた話を再び混ぜ返す。
「娘の部屋に毎夜毎夜、夜這いかけて情交わしてたら、そりゃいつか見つかるがな」
「殺す殺せの、やったやらんの大騒動になってしもて……
たまらんと逃げ出した二人を、ひと先ず寺の庫裡に一晩かくもうて。
翌日には、うちの和尚と庄市の父親の平右衛門はんまで呼んでの強談判やがな。
とは言え、まだ興奮冷めやらぬ外山はんとは、落ち着いて話もでけへん。
堪忍袋切れた和尚が、喝じゃ‼言うて数珠振り回してな、
お腹のややこを父無し子にする気かっ。
一切衆生悉有仏性生きとし生けるものは全て仏様そのものじゃ!殺生戒(人を殺すことを禁じる最も重い戒め)を犯すとは、天罰が下るぞよ!
と、難しい説法言葉並べて説教垂れて、某を煙にまいたんや」
「煙にまくて…和尚はんは、やや子の事も知ってはったんか?」
「いや、あれはあの場のハッタリや。あの二人が出来てる事ぐらいしか知らん」
「やや子出来てなかったら、どないするつもりやったんや」
「まあ最悪、流れてしもた言うたら終いや、言うとったわ」
「ホンマ、親子そろうて外道な坊主やな。
とは言え、瓢箪から駒やのうて、瓢箪から赤子とはびっくらこくわ!」
「まあ、日ごろの精進のおかげやな。うちの庫裡は、仏様の霊験あらたかな子授け庫裡やで。
よう拝めよ。ようけ寄進をはずめよ。子宝に恵まれるぞ。
おっ、これエエなあ。庫裡の前に、賽銭箱置いとこかいな」
「調子に乗るな、生臭坊主!まあ、取り敢えずはこれで大坂の与力と繋ぎがでけた。
けど、まだまだ戦いはこれからや。皆これからも、気を引き締めてかかるで」
三郎衛門は、これで浮かれている場合ではないと、一旦皆の褌を締めた所で、
「とは言え、おめでたいお祝い事や。今日は無礼講で、盛大飲もか」
「おっ、そうこんとなあ!ごっそさん」
「アホ!誰が奢る言うたんや。割り勘や、割り勘。まあ、お前の寺には迷惑かけた分だけは色付けさせてもろとくわ。
寺やのうて置屋やったんか、言われたら悪いしな」
落語のような色話は終わりです。
次回からは訴願後の話になります。