第十五章 篭絡 その三
「坊主が赤い顔して調子こいてからに。お前のとこの寺にご利益はないことだけは、ようわかったわ。
それより、そのアホの勘当息子の目エ覚まさせて娘に惚れさせようとは、えらい遠い話やが」
三郎衛門はしかめ面でため息をつくと、佐平には何やら確信がありそうで…
「大丈夫や。そいつが惚れてる遊女は小梅の子飼い|でな。ちゃあんと躾は出来てるがな。遊女の方も全く本気や無うて、ええ旦那も付きそうな所なんや。
そやのに入れ揚げられて、迷惑してたんや。
目エ覚まさせるには丁度ええ頃合いや」
「まあ、小梅にまかしといたら、上手に収めてくれるやろうけど…」
「あかんあかん。ここは、死ぬほど痛い目おうて、死にそうなほど落ち込んでもらわんとあかん。そこの塩梅は小梅に任すとして、二人を合わす算段やけど…」
皆一斉に心の中で、佐平!お前が一番の鬼や、と突っ込んだ。
三月後、正月も明けた新年の会合で、再度いつものメンバーが集まっている。
「いや、ホンマに危なかった!
まさか一度の夜這いで孕ませるやなんて…あいつも廓で何学んできたんや。
某が思てた以上に娘大事で良かったもんの…」
「ホンマに肝冷やしたで。まさか娘が、庄市さんを切るなら私もお腹の子も一緒に死にます!言うて短刀持ち出した時は…」
「なあ!ワシも葬式二つかいな、三つになるんかいなと焦ったで。
ワシと住職で間に合うんかいなて」
「アホ!罰当たりな坊主やで。まあ、住職と平右衛門さんが、間に入ってくれて良かったわ。ワシらでは某はんを宥める算段は付かんかった」
三郎衛門は心底ホッとして言った。
「なっ、ワテ言うたやろ。お父はんとお住職、それに小梅に任しといたら、何とかなるて」
佐平が小鼻を膨らまして、自慢げに胸を張っている。
「ふん!偉そうに。親父に丸投げしただけやないか。
そやけど、まさか小梅の旦那がお前の親父様で訳アリの仲やなんて…猫だましに会うたようで、まんまとしてやられたわ」
「別段だましたわけでも何でものうて、随分と前から身請け話はあってん。
けど小梅はんが、こんな遊女が後添えでは亡くなった御料さんに申し訳ない、言うて遠慮してもうて。おかあはんが亡くなって、もう大分になるゆうのに」
「ほな佐平、お前が小梅に会うてたんは」
「ああ、お義母はんに甘えがてら、色々内々の事も相談しにな。
まあ、廓の事も家の事も全部、小梅母さんが仕切って張ったさかいに。
お父はんとは、一緒になってるようなもんやってん」
「お母さんて小梅がいくら年増ゆうても、こんな大きい息子では可哀そうやろ」
「へえ⁇小梅ていくつや思てんの?」
佐平が何やらニヤニヤ含み笑いして、皆に聞いてくる。
「そら、流石に新造(新人遊女)とまでは言わんが、二十五かそこいら…」
「いや待て!小梅て、いつから居てるのや?ワシらが通い始めたころは、もうお職(売れっ子ベテラン遊女)張ってたで。それから数えても、十年は超えて…」
「ますなあ。それどころか、親父の頃からお職張ってたて聞いてますで」
「妲己て、遊女の妖怪居りましたなあ」
「絶世の美女やと聞いてるで。割増しに考えても、ちと無理ないか?」
皆勝手なことを言って、がやがやと五月蠅いことだ。
最後に佐平が爆弾を落として、この騒動を収めた。
「何が妲己や。お義母はんになる人、妖怪にせんといてや。
もうかれこれ、四十路近いはずやで。あと二つかそこらいう所かなあ。
一回ワテもお父はんに、ワテのホンマのお母はんは小梅か?て聞いたことあるけど、頭はたかれたわ」
「四十路前…ワテのお母はんより上かも。今年入って一番のびっくり仰天やがな」
「今年入って、なんぼも立ってないがな」
「ちゃうちゃう。生まれて一番の驚天動地やんけ」
「今まで生きてきたおまえの一生は、小さいのう。
ついでに最近覚えた難しい言葉、使えてよかったなあ」
次回はもう少し詳しく夜這い騒動にふれます。