第十二章 古市郡惣代三郎衛門の誕生 その一
第十章のハッタリ その一の章の初まりの続きとなります。
1776年(安永5年)夕刻の古市郡
こうして、あの村中に鳴り響いていた怒声に繋がるのである。
「この度腐れが!何してけつかんのじゃ。
親の顔に泥塗りくさりおってからに!」
罵りから始まり、二・三発殴る音が聞こえるわ。
その後、泣くか・唸るか・土下座の音か・壁にぶち当たる音か…
このどれは覚悟のうえで、幸吉もありのままを打ち明けた。
しかし、拍子抜けするほど、父親の万吉の反応は薄かった。
「ほう、まんまと裏かいてきよったな。
三郎衛門はんの所へ足繁く通うとる思たら、そんなからくり仕掛けてたんけ」
「お父やん、怒ってワイをドつけへんのけ?」
「アホ!おまえの石頭どついて、なんでワシが痛い思いせにゃならんのじゃ!
もうどうしようもないぐらい、呆れ返っとんのじゃ。
証文に印判押してしもたら、どないに怒ろうが、ひっくり返ることはあらへん。
そのくらいのこと、わかってたやろがい!」
「そ・それくらい、もちのろんや」
「ふん!お前の地頭では、怪しいもんや。まあどっちしろ、ワイらではまとまらん小田原評定やったからな。ええ潮時やろがい」
どうやら万吉には予感があったようだ。
ほっとするような、あきらめたような風だ。
「お・小田原ひょうたんて何や?」
「お前~、ええ塾通わして、何習ろてけつかんねん?
なんぼ話し合うても堂々巡りで、なあんも決まらんこと言うんやないけ」
「ハハハ、お父やんの寄合と一緒やんけ。」
「うるさいワイ!
小田原がどこにあるかも知らんくせに、何抜かしてけつかんのじゃ」
「お父やんは、行ったことあるのけ?」
「お江戸の方までおいそれと行けるかい!
まあこうなってしもては、お前はしっかりと三郎衛門はんの手足となって、死ぬ気で働かなあかんど!」
「わ、わかっとるワイ」
いつもと違う真剣な父親の表情に、びくっとしつつ幸吉は強がっってみせた。
それにしても、これは一体なんの事態か。
幸吉たち村役跡取り息子で示し合せ、親の代理で寄合に参加できるように仕向けたのだが…
手段は、各々の家の内情に合わせ各自に任せている。
跡取りとして一度経験したいだの、祭りの段取りなら、若衆からの提案があるだ等々。
中には嘘はつけぬと、ぶっちゃけすべてをさらしたうえで親の弱みを元に脅し、交代させた猛者もいた。
要は一度だけ、ゴリ押しで寄合の役を変わってもらったという訳だ。
うまい具合に祭りの準備の打ち合わせも始まり、若衆が祭り行事進行の中心ゆえに、代わってもらいやすいのも手伝った。
或いは、連日の寄合の空虚な話し合いに、皆疲れはてていたのかもしれない。
とは言え、親をだませたと思っているのは若衆ばかりで、こちらの思惑はある程度読まれていたようだ。
但し、黙って印判まで持ち出し、一気に惣代選びまで決行するとは、誰も予想だにしていなかった。
そう言う意味では、親たちの裏をかくことに成功した、と言えるだろう。
当然、村役たちの面目は立たず、皆で三郎衛門の屋敷へと、直談判に押し寄せて来た。
今で言えば、町長や村長を親に無断で決めてしまう、と同じ事で大問題だとわかります。
それを騙しの裏技でやってのけたのですから、一大事です。
果たして三郎衛門たちは、この事態をどう治めるのでしょうか?