第九章 始動 その三
幸吉の嫁取りの話になります。なにやら婚姻話だけでは終わりそうにありません。
「なんやその顔は…。ワシが今まで表に出んかったんは、連中を納得さすには、まだまだ詰が甘いからや。
もう一つ、何か景気づけが欲しいとこやが…しゃあない。若い衆も限界やろうしな」
「ママ、辛気臭い話はここまでにして…。
三郎はん、幸吉はんがいよいよ嫁取りしますのやで」
嘉助が重い空気を変えようと、明るい話題を持ち出した。
「ほう、お前ももう嫁取りかい。
さしずめ若い連中の血の気を鎮めようと、親父どもが寄合で縁談まとめとったんか?」
三郎衛門の皮肉交じりの台詞で、再び幸吉の血が上る前に、嘉助は素早く間に入る。
「めでたいことに、嫁御は神社の娘はんですわ。めった無い良縁ですがな」
嘉助のヨイショに幸吉の鼻も膨らむ。
「ほお、お前みたいなヤツに、神主の娘をよう嫁にくれたな。
さぞやようけ寄進を奮発したんかい…」
「なんや!ワイが神主の娘もろうて、なんぞ文句でもあんのけ」
青筋を立てて怒っている幸吉に、間に挟まれた嘉助は、おたおたとお手上げ状態だ。
「いや待て!お前が、犬でも馬でもお化けでももらおうが一向にかまへんが…。
神主の娘なら話は別や。
ようやった幸吉!これはめでたいこっちゃ!お前にしては上出来や!」
「なんや祝ってもろてるんか、けなされてるんかわからんやんけ。
何がそんなにめでたいんや?ようある縁談やないけ?」
「アホ!その辺の縁談と一緒にすな。神罰が下るぞ!
神さんの御使い様が降嫁されるのやないか。
これほどありがたい幟はあれへんぞ!」
嘉助も思わず膝を打って、
「なるほどホンマだすな!これはええ神輿や!いや、吉兆か?」
「そんな縁起担ぎはどうでもええ。担ぎ上げる依り代があったらええのや。
村役連中もな、何か一歩進むきっかけが欲しいんや。
誰も言い出しっぺになって、責取りたないしな。
なんぞ勢いつける旗印が、欲しいて思うてたんや」
三郎衛門は何気に失礼なことを連発している。
が、すっかりこの作戦に酔った連中は、気付きもせず手をたたいて喜んだ。
「ええか、幸吉。くれぐれも、嫁大事に毎晩拝んどけよ。いや、祭ってもええぞ」
「ワイの家は門徒やが。仏壇に嫁はんまつったら、両方の神さんに怒られへんけ?」
「アホ、ホンマに祭ってどないするのや。嫁を大事にせい言うとるのじゃ。
ところで、嫁の名はなんちゅうのや?」
この連中にかかると、冠婚葬祭まで利用しかねません。とはいえ、着々と目的に向け突き進んでいくようです。
この地域は古墳も多く、有名な神社がたくさんあります。
ヤマトタケルノミコトを祀る伊岐宮((白鳥神社)は、ヤマトタケルノミコトの御陵の上とも側の鎮座するとも言われ、白鳥伝説の神話が残されています。