第九章 始動 その二
気持ちを一つに意気込んだものの、逸る気持ちばかりで、なかなか思うように物事は進みません。
三郎改め三郎衛門には何やら思うところがありそうですが……
いつまでも大人扱いされず、寄り合いに参加するどころか、話の内容すら教えてもらえない。
幸吉はじめ他の若い衆たちも、寄合を開くばかりで煮え切らない親たちの姿に、業を煮やし始めていた。
この古市が、繰り綿延べ売買所の会所増設に対し、反対なのか・様子見をするのか。
今どういう立ち位置に立っているかすらわからない。
いっそのこと三郎と同じに、代替わりを強要しようかとまで言い出す者が現れた。
「ワイら若衆が皆で一斉に直談判したら、オトンも折れるんちゃうか思うんよ」
ついに幸吉も流され、本音をぶちまける。
代替わりで、跡を継いだ三郎改め三郎兵衛は、青筋を立てて怒鳴りつけた。
「アホ!何ぬかすんじゃ!ほたえるのも(ふざける)ええかげんにせい!」
「ほやかて、このまんまでは、堂々巡りでちっとも重いケツあげよらん。
いっちょ、ド頭かち割るくらい喝入れんことには、話が進まへんやんけ」
幸吉も意地になって、譲る気配はない。
間に入って、嘉助はオロオロするばかり。嘉助は、幸吉の気持ちもわからないではなかった。
商人の自分と違い、いくら頑張って説得に努めても親からは子ども扱いで、世間からも当主以外は鼻にもかけてもらえない。
若者組は、大半が血の気の多い連中で、いっそのこと力づくでもと、逸やる輩ばかりである。
両者の間に立つ幸吉が、自暴自棄になっても、仕方のない事と思えた。
三郎衛門は、はあ~とため息をつき、珍しくどう納得させるか頭を悩ませている。
「わしが代替わりしたんは、今度のこととは関係ない。まあ、全く違うとは言わんが…
ワシは遅うに出来た一人児の上、親父様は病がちや。
早いうちに代替わりするのは、代官所にも前々から手回し済みの約束事やった。
そやから、嫁取りも早かったんや。
まあ、ちょうど今を選んだんは、この騒動に合わした、いうのもあるけどな」
「ほら見てみんけー。」
「アホ!そやからいうて、ワシとおんなじになると思うな!
ここまでくるに、どれだけ手間暇かけてきたと思うのじゃ。
代官所への付け届け、他所の村の庄屋との渡り(顔合わせ)、一党(親戚)への挨拶にお披露目…。
数え挙げたらきりがない程、めんどい思いさせられたわい。
それだけやない。庄屋の仕事も引き継ぎせにゃならん。
もういちいち説明すんのもまどろこしいわい!まあ、そうゆうことじゃ」
嘉助は、あッ今めんどなって全部放り投げよったなと内心突っ込んだ。
「なんも考えんとどしゃばる(でしゃばる)ガキとは違うわい。
代取る(代替わり)など百年早いわい」
いや、この時代に百年生きる方が、奇跡だろう。
「ほなら、どないせいちゅうねん。ち~とも聞こうとせん連中相手に~」
幸吉は口をとがらせてすねている。
嘉助もこれには賛成せざる得ない。幸吉に同情して、うんうんとうなずいている。
「おぬしらは何の為に、この屋の門くぐったんや。
冷やかしと違うやろがい。
ワシを神輿に担ぎ上げよう思たんやろうがいっ!
お前が親の代わりに表立って、手に合わん(身に余る)ことして、どないかなる話か?
ワシが惣代になって初めて、進む話やろが。 四の五の言うてんと、しっかと働いてみせんかい!」
「そら、ワイらみたいなアホがどしゃばっても(でしゃばる)何の力にもならん。
けどよ、この古市のこと誰よりも思てるんはホンマもんやんけよ」
「誰もおまんらが役立たずとは、言うとらんわい。
物事は筋を通して初めて、道理が叶うんじゃ。
とは言えお前も、若者組抑えるんに気いはるうえ、かいだるい(じれったい)気持ちもわかるしのう。
そろそろ、今度の常会(定例会)で面通しするか」
「常会言うても、毎晩のように集まって、おんなしことばっか、たるい話してるで。」
「それは定会やない寄合や。
毎年恒例の決まった日に開くのを常会言うんや。
とはいえ、いっちょ年寄りの目覚ましに、一発かましたろかい。」
三郎兵衛は悪い顔になっている。
が、嘉助も幸吉もようやく重い尻を上げてくれるのかと、ため息半分だった。
幸吉の身辺に何やら動きがあります。
それにしても責任を背負うことは難しいもので、ここは若さの暴走も必要なのかもしれません。