右大臣
「道真は讃岐で善政を敷いてくれた。そのおかげで、讃岐の人々の生活も豊かになった。しかし、讃岐の役人達は道真君のことを嫌ってるらしい。何とかならないものかね?」
「それは難しいですね。人の心を変えるというのは容易なことではございませんから」
「そうなんだよなあ」
「道真殿は讃岐の国司にふさわしすぎるほど、立派な方でした。しかし、世の中はそんなに甘くはありません。誰もが道真様にかなうはずはないのです」
「ところで、醍醐帝はどうなんだい? 」
「あの方は、まだ若いからねえ」
「はい、これからというところなのですが……」
「道真なら、うまく支えてくれるだろう」
「道真殿を右大臣に任じましょう」
「そんなことが可能なのか?」
「可能です。道真殿は宇多上皇のお気に入りです。それに道真殿は讃岐国の復興に尽力しました。これくらいのことを行っても問題はないでしょう」
「やった! 私はついに右大臣まで出世したぞ!」
道真は喜んだ。学者の家の菅原家が右大臣になることは異例であった。宇多上皇が道真を気に入っていたからこそできた人事であった。
「でも、どうしてこんなに早く昇進できたのだろう」
道真は不思議に思った。しかし、讃岐国の人々の信仰心によって道真の力が増幅されたのだとしたら、讃岐国の人々に道真が愛されたことが理由になるのかもしれない。道真は讃岐国の人々を幸せにすることができたのだ。道真は讃岐国の繁栄のために力を尽くした。
道真は宇多上皇にお礼を述べた。
「誠に恐縮至極に存じます」
「朕がそなたに与えたのだぞ」
「はい」
「喜んでおるか?」
「もちろんですとも」
「ならば良かった」
宇多上皇が微笑むと、その笑顔につられて道真の顔にも笑みがこぼれる。
「これからも励め」
「はい、精進します」
道真は左大臣藤原時平の屋敷を訪ねた。既に基経は亡くなっており、藤原氏は息子の時平が継いでいた。
「よく来たね、道真君」
「はい、ご無沙汰しておりました」
「今日はどういった用件かな?」
「実は、私、右大臣になりまして……」
「ほう、それはすごい」
「それで、ぜひ、ご挨拶したいと思い、参上いたしました」
「それは、それは。ようこそおいでくださいました。私からもおめでとうと言わせてもらいます」
時平は表向き嬉しそうにしていた。しかし、宇多上皇が道真を右大臣とした理由は、左大臣・藤原時平を牽制するためであった。
「道真が学問に優れ、才能豊かな人物であることは認める。しかし、いくらなんでも、学問だけで出世するのはおかしい。何か裏があるに違いない」
道真を恨む者もいた。
「道真め……。よくも、私に恥をかかしてくれたものだ。私がどれほど苦労して出世してきたと思っているんだ?私はこれまで、学問の道に精進してきたというのに、あの男のせいで台無しになってしまったではないか。どうしてくれる?」
道真は国分寺の僧侶達に歌を贈った。
「道真様、おめでとうございます」
「このたびの私の栄達をお祝いくださりありがとうございます。これからもますます勉学に励みたいと思います」
道真は喜びの声を上げた。
時の権力者たる藤原時平は悩んでいた。道真の名声が高まるにつれて、彼の政敵達は焦燥感を抱くようになった。
「やはり道真は邪魔だな。道真を何とかしなければ……何かいい方法はないものだろうか?」
ある者が言った。
「あいつを冤罪で左遷してしまえばよいのです」
「なるほど、そういう手がありますか!」
「これは名案ですね」
別の者は反対した。
「冤罪の左遷では我々のメンツが立たないではないか」
「しかし、このままでは……」
「うーん……、確かにそうだ」
「菅原を追放すれば、我々も気分が良くなります」
「よし、やってみるか!早速準備を始めよう」