雨乞い
「このままではいけない。何か手を打つ必要がある」
道真はすぐに行動を起こした。学問所を作った。
「ここを学問所とする」
道真は宣言した。
「先生、何のためにですか?」
「将来、讃岐国を背負って立つ人材を育てるためだ」
「でも、ここには誰も来ませんよ」
「それでも構わない。私はここで私塾を開くつもりなのだ」
「えっ! 本当ですか?」
「ああ、そうだ」
「それなら、私も勉強したいです」
「よし、いいだろう」
道真は生徒を募って授業を行った。道真は学生達に「論語」を講義した。
「孔子は親孝行を尊ぶべきだと言っている。これは儒教の教えの基本となる考え方だよ。儒学は中国の思想で、仁義礼智信忠孝悌といった徳目を大切にしているんだね」
「へえー、そうなんですね」
「というのは人として守るべき正しい行いのことです。親に対しては礼儀正しく接しなければならないんだよ」
「なるほどね」
「国府祭りは毎年行うようにしよう」
道真は決めた。国府祭りとは国府の守護神を祀る祭礼である。そして国府祭りの日は農民たちに休みを与えた。
また、国府祭りを行う時は国司の館の前に屋台を出しても良いことにした。
「これで少しでも人々の心が明るくなれば良いのだがな」
道真は願った。
讃岐国に大飢饉が起きた。
「これでは餓死者が出るぞ」
道真はすぐに対策を考えた。国府の倉庫にあった穀物を放出した。
「道真様は本当に偉いお方じゃのう」
人々は口々に言った。
「菅原殿、あんたが来てくださらなければ、うちらは飢え死にしていたかもしれません」
「いやあ、そんなことはありません。私が来なくても何とかなったと思いますよ」
「とんでもない。もし、そうなったら我々は死んでいました」
「まあまあ、とにかく元気を出してください」
「ありがとうございます」
「これで一安心だ」
道真は満足した。ところが、思わぬ事態が発生した。
「林田郷で疫病が流行しておりまして、これを何とかして欲しいのです」
「分かりました。それならば、行きましょう」
林田郷に到着した道真は早速、病気の治療に取り掛かった。道真は祈祷師としての才能があった。彼は病人の治療に当たったが、これが評判になり、多くの人々が彼の元を訪れた。
人々は感謝の言葉を述べた。
「ありがとうございます!」
「どういたしまして」
「おかげで元気になれました」
「それはよかった」
「このご恩は決して忘れません」
「どうも」
道真は人々から慕われるようになった。
「道真様、どうもありがとうございます!」
「いえ、当然のことですよ」
「道真様のおかげで助かりました」
「それは何よりです」
道真は退任直前まで改革を続けた。自分一人だけでなく、志を共有する多くの人に手伝ってもらった。
「あなたのような人がもっといれば良かったのだが……」
道真の言葉には深い悲しみがあった。
「そんなに悲しまないで下さいよ。何とかしますから」
「本当ですか? ありがとうございます」
道真は深々と頭を下げた。
仁和四年(八八八年)に大旱魃が起きる。道真は明神原で讃岐国府の西にある城山に登って七日間断食をして雨請いの儀式を行った。道真公が祈祷を始めるとたちまち空が掻き曇り、豪雨が降り出した。雨は三日三晩降り続いて田畑を潤した。民衆は大いに喜んだ。
「道真様は神様のような人です」
「大袈裟ですよ」
「道真様は本当に素晴らしい方です!」
「恐縮です」
「道真様、あなたは讃岐の誇りです! これからもよろしくお願いします!」
「私にできることがあれば何でも言ってください」
道真の名声はさらに高まった。ところが、腐敗官吏と一体化した在地有力者は道真を嫌った。
「菅原さん、あなたのような方がどうしてこんな田舎にいるんですか? もっと中央で活躍していただきたかったのに」
「申し訳ない」
「もう、帰ってきてくれなくて結構です。二度とこの村に近づかないように」
「わかった」
道真は落胆した。
「なぜ、こうなるのだろう。私はただ、自分の使命を果たしたかっただけなのに」