過去の傷
「夕夏ーー」
今度は二つの声が重なりあう。
声の主は祐司と、静香のようだ。
二人が私の元にかけてくる。
「夕夏、ごめんね。一緒に帰りましょう」
母を見上げる。
「ーーこの子は?」
柴ちゃんの頭をなでながら言った。
「連れて帰りましょう!こんな風が強いのに、捨てたりしたら可哀想よ」
やっと母が飼う事を認めてくれた。
祐司にそっと耳打ちして聞いた。
「ーーねぇ、何があったの?」
「話したんだ。ーー昔の事」
「昔?」
祐司は遠い目をして、あぁ、と頷いた。
「何のこと?」
「まだ二人で暮らしてた時に、犬を飼ってたんだ。名前はポチ。ーー雄だった」
私の知らない話を祐司は話始めた。
ワクワクしながら、私は話の続きを待つ。
「ポチと生活していきながら、僕らは笑いに満ちた生活を送っていた。でも、ポチは車に引かれ、急に帰らぬものとなったーーその時の静香と言えば、大泣きしてポチの遺体と離れないし、まるで家族が亡くなった時のようにだった」
ーーそんな事が。
「静香はポチを亡くして、寂しかったその時の自分に戻るようで犬を飼うのもイヤだったんだ。
だから、もしもそんな日が来たら、一緒に泣いてやる。お墓も作ろう!」
そんな風に話したんだと祐司は言う。
意外とすんなり母はそれを受け入れた様だ。
だからこそ、ここに祐司と迎えに来たんだろう。
「ーーさぁ、一緒に帰りましょう」
祐司と静香の間に挟まれ、手を繋いで家へと向かった。
夕方の街に吹く風は、ゆっくりとしていて、柔らかかった。
もう秋が近づいている。
暑さの残る街で私は不意にそう思った。




