第22話 平和ボケ転生者/ep.1526 影さす王都
生きてました辛うじて
「白昼堂々、少女に声をかけていたところを逮捕。既に身元不明の少女を誘拐していた模様……」
難しい顔をしながら、男が手元の資料を読み上げる。
「あの……」
向かいに座った男が声を出したが、資料を読む手は止まらない。
「犯人はどこ出身で、何が目的なのかも言おうとしない。口を開けば存在しない地名を言い、他にも世界を救うだとか神様がどうとかなんとか……精神に異常をきたしている可能性あり。もしくは薬物使用の疑いありか……」
「う……」
「俺としては助けてあげたいところなんだけどね……将斗君」
騎士団庁舎の一室。
古くから使われているにもかかわらず改装が行われることがなかったためか、かなり年季の入った取調室の中でカストルは将斗にそう言った。
向かい側で座る将斗は申し訳なさからか小さくなっていた。
「あの、この度は本当にご迷惑を」
「その言い方だと本当にやったことになってしまうよ!?」
「いやマジで弁明しようもないというか……邪な気持ちは……す、少ししかなかったんですけど……まぁ言い訳しようがないし……つうか俺完全に住所不明の無職だから擁護できる部分がひとつもない。ダメだ俺……」
「うーん。これはかなり担当者に絞られたかな……」
数時間の取り調べを受けて将斗は精神的に参っているのか暗い顔をしていた。
最初こそ将斗は「黙っていればなんとかなるだろ」と思っていたのだが、その考えは甘かった。
将斗は見知らぬ他人に大声で責め立てられることがあんなにも苦痛だとは思わなかったと後世に語るつもりでいる。
「書類整理をしていたら君の事件の書類がたまたま目に入ってね。白い少女を背負っていたって書いてあったから、もしかしてと思って来たのが功を奏した」
「カストルさん……!」
思わぬカストルのファインプレーに将斗は感動して泣きそうになる。
しかし――
「団長……取調べの仕事代わったからってあなたの仕事は減りませんからね? 戻ったら承認作業の再開ですよ」
「……だよね」
「えぇ……」
カストルは書類整理から逃げるついでに来ていたらしい。
背後に立っていたクレイに現実を突きつけられると、カストルは苦笑いを浮かべた。ついでに将斗は肩を落とした。
「とにかく、俺がここに来た理由はわかるよね」
「そ、それは……団長自ら極刑に処しに来た的な……? そりゃそうですよね……俺には……」
半笑いで目線をどこかへ向けながら、将斗はそう言った。
もはやその目に生気はないといった具合だ。
「……クレイ、取り調べの担当者には一言言っておいてくれ……」
「注意しておきます」
「さて。俺は最近騎士団を良くしようと動いてるわけで、知り合いだからとはいえ事件を揉み消すというのは俺の理念に反して」
「ですよね……死にます」
「ああ嘘嘘。冗談さ。今回は何もなかったということにしてあげるよ。竜次の知り合いだしね」
そう言い終わるなり、にこやかに微笑むカストル。
すると――
「マジっすか?!」
「「え?」」
――将斗が復活した。
突然身を乗り出してくるという、さっきまでのはなんだったのかと言わせるほどの元気なそぶりを見せる将斗に、クレイもカストルも目を丸くした。
「え、演技だったのかい?」
「あっ……俺は……ミジンコです……」
思い出したかのように肩を落として気分が落ち込んでいる風を装う将斗。
カストルはそれを見るなりため息をついて、
「演技だったか……そうか。同情を誘って……というわけか。今回の話は無かったことに」
「ああああああ違います! 違くはないんですけど違います!!!」
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「タマがいなくなった?」
「はい。それで探している途中だったんですけど」
将斗はカストルの手回しにより解放され、今は騎士団庁舎の玄関へ向かっていた。
長い時間拘束されていたようで、捕まったのは朝だというのに窓の外はもう日が傾き始める時間帯に入っていた。
だいぶ時間のロスをしたこともあり、手段を選ぶ暇がない。
将斗はまずカストルに、逮捕されるまでにあった出来事を話した。
その内容を聞いていくうちにカストルの表情は苦いものに変わっていった。
「タマを気にかけていてくれってお願いしなかったかな?」
「……す、すみません」
謝る将斗を尻目に、カストルは自身の顎に触れて黙り始めた。
その目は何かを見据えようとしているのか真っ直ぐどこかを向いている。
ずっと黙ってはいるのだが、怒っているわけではないようだった。
それを見て彼の思考の邪魔にならないように黙る将斗。
今この廊下で聞こえるのは背中の少女の寝息のみとなった。
ちなみにこの眠りこける少女は、聞いた話によると将斗が取り調べを受けている間もずっと寝ていたらしい。
別室へ隔離されたりとタラシ回しになっていたにもかかわらず、この堂々とした眠り様のままだったという。
将来は大物になるだろうと思いつつ、このまま起きなければ逮捕された失態がバレずに済むので、将斗は起こさないよう気を付けている。
「将斗君――」
黙ったままカストルに合わせて歩いていたが、心なしか歩くペースが上がり始めていることに気づいたタイミングで彼が切り出した。
「君は今この事態をどう思っている?」
どうと言われ、将斗は言葉に詰まった。
タマが失踪した。までは言える。
しかし、そこから先のもしかしたら危ない目に遭っているかもしれないなどという点については将斗の憶測に過ぎなくて、余計な混乱を招くかもしれない。
ましてや相手はこの世界における警察のような組織のトップだ。
彼の一声で全騎士総動員でタマを探したところ、ショッピングに明け暮れていただけだった、などという結末になった場合目も当てられない。
「……まぁ、あまりよくはないような気がします」
とりあえず将斗は当たり障りのない答えで茶を濁して、言葉を選ぶ時間を稼ぐことにした。
が、その答えにカストルは軽く頷くと、
「うん。本題に入る前にひとつ。君が声をかけたあの少女から伝言を預かっている」
「あの子が?」
何かと思えば将斗が二回も迷惑をかけたあの子からのメッセージだという。
関わりたくないと思われてもおかしくなかったはずだが、
「もしあのお兄さんが悪い人じゃ無かったらと言う条件付きだったけどね」
「じゃあ聞けますねお願いします」
「……き、君は客観的に自分を見たほうがいい」
「え?」
すっとぼける将斗に、カストルは仕切り直すように喉を鳴らしてから、
「いや、なんでもない。伝言の内容だがタマがカンテ街の方へ向かって歩いていくのを見たと言うんだ」
「カンテ街?」
聞いたことのない街の名前に首を傾げる。
タマとは街全体を回ったわけではない上、一回しか教えられなかったのだから大して頭に残っているはずもない。
「んー知らないです」
「まぁわざわざ教える場所じゃないからね……。気軽にいくような場所でもない」
「というと?」
嫌なものでも思い出すかのような苦い顔でカストルが話し始める。
「――あそこは行き場のない者たちが集まったところなんだ。違法な取引は日常茶飯事。犯罪者が身を隠す場所にも利用されている」
「おぉ……」
「強盗や殺人なんかを平気で行うような奴らがそこらじゅうを歩いている。そんな場所だと分かっていても、我々騎士団は簡単に手を出せないんだ。住民同士が結託して平気で嘘をつくものだから、何かあってもすぐに真実を隠されてしまう……まぁ要はスラム街みたいなところさ」
「なるほど。で、そこにタマがいくのを見たと……」
将斗は少し考えてから、
「やばい……ですよね?」
そう言うと、その言葉を聞いたカストルが急に足を止めた。
「……そうか」
「え?」
カストルは将斗の目を真っ直ぐに見てそう言った。
その声は有無を言わせないような緊張感のあるはっきりとした言い方だったため、将斗は反射的に背筋を伸ばした。
「思い返してみれば転生者たちも皆そうだった」
「そうだったって……何がですか?」
「君たち転生者は緊張感に欠けている」
その言い方には荒さもなければ語気が強いわけでも無かったが、将斗から見たカストルは静かに怒っているようだった。
それに対して将斗は何か言おうとしたが、すぐにやめた。
言おうとしていたのは弁明や言い訳の類であり、そんな真似はせずに彼の言葉を真摯に、素直に受け止めるべきだとそう思ったからだ。
それ思わせるほどにカストルの目は真剣だった。
「人ってのは自分の理解を超えた状況に陥ると、途端に何もできなくなるのはよくある話で、こちらの世界で言えばあのドラゴンに遭遇した駆け出しの冒険者なんかがそうなりやすい傾向にある」
カストルは一つの例えとしてドラゴンを挙げたのだろうが、将斗はつい最近そのドラゴンに会っている。
そしてカストルの言うように、固まっていたことを思い出した。
将斗はあの時、初めて見た神話級生物に対して「デカすぎんだろ……」などとどこかで見た漫画のセリフを吐いてしまった。
あのふざけた言葉は、どうしようもない迫力を持つのあの存在に対してどうにかしようとして出してしまった言葉だった。
あの時ララが逃がしてくれなければ、きっと今頃押し潰されてあの床にこびりついた汚れの一つになっていたはずだ。
「おそらく脳が現実を理解するのを拒むんだよ。魔物どもはこちらを捕食対象としか見ていないんだから戦うか逃げるかしかないというのに、経験のない者は目の前のこの光景は夢なんじゃないかというところから入る。だから対処が遅れて最悪の事態を招く」
「現実逃避ってやつですね」
「ああ」
低い声で彼は言う。
騎士団の団長を務めている者がここまで真剣に言っている。
彼が最悪と言うのだから冗談ではなく、本当に最悪の事態になるのだろう。
「だがある程度覚悟している者はそうならない。それが現実だと分かっているからね。度を超えた存在に出会えば話は別だが……」
カストルはなぜか腰に下げた剣を握っていた。
その手が少しだけ震えたように見えたが、将斗が疑問に思うよりも早くカストルがこちらを見て、
「なぜこんな話をするかわかるかい?」
と聞いてきた。
将斗は少し考えてから、
「平和ボケしてると危ないから気をつけろ的な……」
「平和ボケか……。その言葉では少し甘いかもしれない」
「甘い?」
「ああ。君ら転生者はその平和ボケが深刻なんだ」
『君ら』と将斗の方を見て言ったのだから、将斗自身も含まれているのだろう。
そこまで平和ボケしている自覚はなかったからか、将斗は目を丸くした。
「これは我々と君らの常識が違いすぎるせいでそうなっていると、俺は思っている。聞くところによると、君らは戦いとは無縁の暮らしをしていたようじゃないか。だからかな? 命の奪い合いなどありえないなんて考え方をしている」
するとカストルは呆れたようにその青色の目を細めると、
「前に敵の真正面で泣き崩れる子がいてね。連れ帰るのに大変だった。あの時は気でも狂ったのかと思ったけど、今までと違う境遇に置かれた人間の行動としては仕方のないことだったのかもしれない」
「まぁ……俺もやりかねんな……」
「だが『前の世界ではこんなことなかった』なんて通用しない。この世界で生きるのなら戦うことは避けられない。ここで生きている間は、すぐ隣に死が待っていることを覚悟していなければならない世界なんだ」
「死が隣に……」
「いいか。覚えておいて欲しい。君らの世界に比べればこの世界では簡単に人が死ぬぞ」
その言葉を聞いた時、将斗は体が硬くなったような感覚を覚えた。
ダンジョンで走り回った時から感じてはいたが、この世界は人間含めて弱肉強食だ。
元の世界がそうでなかったとは言えないが、日本で暮らしていると弱肉強食など考えようがない。自分たち人間はその枠組みにいないような気になるし、弱肉強食なんて言葉も、テレビ画面の向こうのサバンナを見た時にしか浮かんでこないだろう。
「悪いがさっきの『ヤバいですよね?』なんて言葉はあり得ないんだ。タマの居場所がわからなくなってからもう数刻は過ぎてる。最後に目撃されたのがあんな場所だというのに」
「すみません……でした」
ようやくカストルがなぜ静かに起こっているのかの理由がわかり、将斗は頭を下げた。
カストルはもうすでに最悪の事態を想定している。その上で色々考えながら歩いていた。
そこで将斗が緊張感のない一言を発するのだ。それは誰だって怒るし、現実逃避になって自分にも良くない。
わざとでないため自覚はなかったので、叱って気づかせてもらえただけでもありがたいことだろう。
もし相手が竜次だったら殴られていたのかもしれないと考えれば運が良かったとも取れる。
カストルは一度息を吐くと、
「悪いね。でも大事なことだ。これから君がこういう世界で生きていくのを考えると、逃避を促すような楽観的な考え方は正したほうが君のためなんだ」
「いえ、ありがとうございます」
そう言って今度は感謝の意を込めてお辞儀をする将斗だったが、顔を上げるとカストルはなぜか驚いたような顔をしていた。
いい話が聞けたからお礼を言った。ただそれだけのことなのだから、カストルのその反応に不思議そうにしていると
「ああ、失敬。礼を言われるとは思っていなくて。てっきり不貞腐れるんじゃないかと思ってね」
「ええ? そんなことするやついます?」
「いるんだよそれが。さっき言った泣き崩れた転生者とか……」
「ああ……大変すね……」
何かそういう転生者と関わる機会があって、上に立つ者として指導をしたのだろう。
しかし転生者達は高校生であり、それは年頃の人間だ。素直に聞いてくれなくて苦労もあったんだろうなと、将斗は苦笑いをした。
「でも本当にありがたいです。どこぞの馬の骨ともわからん奴にこんな」
「馬の骨なんて、あまり自分を卑下しすぎないことだよ」
励ますようにカストルが将斗の方を叩く。
「だけど感謝されるのは嬉しいね。だったらもっと色々戦士としての心構えを」
「おおぁ……そこまでは目指してないんで勘弁してほしいと言いますか……」
「そうか」と肩を落とすカストル。
教えたかったのだろうか。まさかではあるが意外と今のありがとうが嬉しかったのかもしれない。
そんなカストルを見て将斗は
――めっちゃいい人じゃん
と、思うのだった。
タマを気遣い、将斗の釈放をしてくれた上にアドバイスもくれる。
もはやカストルの株は将斗の中で急上昇中であった。
「さて、こんな話をしている場合じゃないね。まずはこのことを竜次に伝えようか」
「竜次に……」
突き放してくるあの男を思い出し、将斗は声のトーンを落とした。
「カストルさんは動けたりしないんですか?」
「そうしたいんだけど、俺は教会の件があって今は自由に動けない。アキナスに知られたら面倒だしね」
「アキナス?」
聞いたことのない名前に首を傾げる。
「アキナス牧師。カディナル教会の牧師さ。教会の持つ全ての実権は彼が握っている」
「要は一番偉い人ですか」
「そう。だから俺じゃなく竜次に言って協力を」
「すいません」
将斗はカストルの言葉を断ち切った。
「何かな」
「その前に一つお願いがあるんです――」
そして将斗はいつになく真面目な顔をして、カストルに頼み事を伝えた。
「……いいだろう」
「じゃあ、お願いします」
「場所はそこでいいんだね。任せてくれ」
カストルが笑顔でそう言うと、二人はそれぞれの向かうべき方へ走り出した。
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「……さて」
歩いていたカストルは廊下を曲がるとその作っていた笑顔を消した。
「クレイ」
「はっ」
曲がり角の影に隠れていたクレイが現れる。
カストルはその姿を見るなり、
「二名ほど、教会でなくこっちに回したい」
「わかりました。それでその者たちには何を?」
指示を仰ぐクレイにカストルは淡々と告げた。
「彼の監視だ。頼んだよ」
「お任せください」
クレイはそういうと早歩きで廊下を歩いていった。
カストルは窓の外を見る。
その青い瞳は、今しがた庁舎を出て走り出した青年を見つめていた。
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騎士団庁舎を出ると、王都の街をオレンジ色の光が照らしていた。
目的の場所目掛けて走り続けていると、将斗は急に立ち止まる。
――マズい
あたりを見回して違和感に気づいた。
「くそっ!」
走って道路が交差するところに出る。
見通しのいい場所ならと思って来た場所だが将斗の焦りは消えない。
「やばい! やばい!」
行き交う人々をキョロキョロと見回す。
「ああくそッ!」
意を決したのか、近くを歩く老人の肩を掴む、
「すいません!」
「な、なんだい?」
「ここって今どこですか?!」
騎士団庁舎には担いで連れて行かれたせいか、将斗は自分が今いる場所がわからなくなっていたのだった。
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「おい! どういうことだ!」
暗くなり始めていた王都の端。
ダイアスの宿屋のドアを勢いよく開け放ちながら竜次は現れた。
「……よう」
玄関の奥。リビングで座っていた将斗は手を挙げて竜次を迎えた。
もう片方の手で持っていた本を机に置き、竜次の方を見るとダンジョンで主の部屋の天井から現れた時と同じ目でこちらを睨んできていた。
着いてくるなと言うのなら仲間扱いされていないのは確実だが、あの様子では敵とみなされているんじゃないかという嫌な想像をしてしまう。
「すぅ…………」
隣の椅子では未だララが寝息を立てて寝ている。
結局彼女は朝からずっと眠り続けている。そのあたりには嫌な予感がし始めているが、今は竜次の対応をするのが先だった。
「座るか?」
「そんな時間があると思うか?」
椅子を引いてやる将斗の気遣いを竜次は一瞬に切り捨てる。
あの時カストルにはお願いしたのは、竜次にここに来るようにと伝えてもらうこと。それはうまいこと果たしてくれたようだ。
ただし、あの時お願いしたことはもう一つあった。
「何がおかえりだ……!」
すごい剣幕で将斗に向かってくる竜次。
これならもう一つのお願いも果たしてくれているはずだと、将斗は冷や汗をかきながら確信した。
もう一つのお願い。それは――
「なぜカストルはタマの居場所を言わない! なぜだ!」
そう言って右手で将斗の胸ぐらを掴む。
こう掴まれるのはもう何度目か。
将斗は表情を崩さず、目の前の竜次と向き合う。
その竜次が言い放つ。
「なぜ口止めをした!」
もう一つのお願いとは、『タマの居場所を言わないこと』だった。