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スキル返してもらいます!!  作者: 味噌煮
第2章
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第19話 迂闊さ

 将斗はベンチに腰掛け、膝に肘をつけ、手を前の方で組んで下を見ていた。

 はたから見れば落ち込んでいるようにも見える。


「いるはずのない……転生者……」


 星咲のぞみと名乗る女性が去った後から、将斗はずっと考え込んでいた。

 広場で出会った謎の女性。彼女は名前から推測するに日本人。


 とすれば、彼女もまた転生者ということになるはずだ。

 

 しかし、白峰竜次以外の転生者は皆死んでいる。そういうことになっていたはずだった。

 

「あ、ありえねぇ……」


 将斗は震えながらそう呟く。

 沸き立つ恐怖に耐えようと、隣で寝ている少女の手を握る。


「将斗ーーーーー!」


 突如自分を呼ぶ声に肩を震わせ、振り返ると、タマが飲み物を両手に持って走ってきていた。

 

「ふぅ……意外と混んでて時間かかっちゃったにゃ……って大丈夫? すごい顔にゃ」

「あ、あぁ……」


 力のない返事にタマが心配そうに覗いてくる。

 パチパチと瞬きを繰り返す彼女の顔を見て、将斗はほんの少しだけ落ち着きを取り戻す。


「ちょっと本当に大丈夫かにゃ? 無理して食べるから……」

「ちっ、違う。それじゃない……んだ」


 今起きたことを話そうと焦るが、どうしてかつっかえてしまい上手く話せない。

 タマが渡してきたジュースを無造作に流し込んで、袖で口元を拭うと、呼吸を整えた。


「はぁ……はぁ……」

「落ち着いた? 話せる?」


 首を傾げるタマを見上げ、将斗は頷くと、顔を青くしながら言った。


「幽霊見ちゃった……」



************************************



「ちょっ! 本当なんだって! 見たんだって! い、今すぐ出よう! この国はやばい! 昼間っから転生者の幽霊出たんだぞ! ヤバすぎる!」

「ヤバいのは将斗の頭の方にゃ。幽霊なんているわけないにゃ」

「マジで出たんだって! 思えばチンピラが我を失ってたのは……のっ、呪われてたからなんじゃ……ああああああああ怖えええええ無理無理無理」


 この世の終わりのような顔で将斗は、タマにひっついていた。

 何度も周りを見回しては、ビクビクと震えるその姿は本当に情けない。


「うるさいにゃ! ていうかどこ触ってるにゃ」

「ごめんこの状態じゃないと歩けん」


 将斗はずっとタマの腰のあたりを掴み中腰の格好で歩いていた。

 セクハラで訴えられたら確実に敗けだ。

 すると、さっさと離せという風にタマが体を捩るので、将斗は恐る恐る手を離した。

 そのまま数歩進むが、突然振り返り――

 

「もしかしてつけられてたりしねぇよな……こわ……」


 背後からあの幽霊女に追いかけられていることを想像して、歩みを止めてしまう。

 タマはそのナヨナヨとした振る舞いに耐えかねたのか、


「もうシャキッとして! 大の大人がなぁにを幽霊なんかにビビってるにゃ! 情けない!」

「だ、だって幽霊怖いじゃん!」


 その叫びに道ゆく人々が奇妙なものを見るように、将斗を見ていた。


 将斗は暗いところが苦手な上に、幽霊も苦手だった。

 ホラー映像なぞ見た日は、背後を気にしながらシャンプーすることになる上、夜のトイレはドアを開けたまま出ないと入れなくなってしまう。

 そのくらい幽霊への耐性が低い。


「じゃあもう堂々としてるにゃ! そうすれば幽霊も近寄ってこないにゃ!」

「えぇ……無理」

「無理じゃなくてやるにゃ!」


 そう言ってタマは腰に手を当て仁王立ち。

 そして彼女は顎で将斗に同じようにしろと促してきた。

 

 仕方ないので将斗はゆっくりと、同じポーズととって深呼吸をした。

 この都に流れる川が冷やした冷たい空気が肺に流れてくるのを感じる。

 その感覚に浸っていると、将斗の中で暴れていた恐怖心が次第に弱まっていった。


「あー……ちょっと落ち着いてきたかも」

「はいはい、それはよかったにゃー」


 抑揚のない声とともに乾いた拍手を貰う。

 やれやれという風に彼女はそのまま振り返って再び歩き始めた。

 

 将斗はその後ろ姿を見て――


「ん?」

「もー、次は何にゃ?」

「タマって、そんな厚着だったっけ」

「えっ」


 時が止まったかのようにタマが固まった。


「い、今更?! 出かけてからもう結構時間経ってるにゃ!」


 将斗が指摘した彼女の格好は、赤と白の二色のシャツに、足首まで伸ばしたズボンという厚着というには少し表現が大袈裟すぎる程度のものだった。

 わざわざ誇張して言ったわけではない。

 洞窟内の格好と比べて、という意味での『厚着』だ。


「ほ、本当に今気づいたにゃ? 一緒にご飯食べて、一緒に街歩いていたのに? 真横にいたのに?」

「ああ、癖になってんだ。下見て歩くの」

「か、かわいそうに……」

「泣くぞ。てか、よく見たら帽子も被ってらっしゃる。トレードマー……かわいい猫耳はどうした」

「こ、こっちも? 将斗どんだけ人の格好見てないにゃ。モテないよ」

「すげぇ刺さる言葉来た……」


 胸を押さえるふりをしてから、将斗は洞窟内の彼女の格好を再度思い出す。

 ホットパンツで脚をほぼ全部露出していた上、スポーツブラと大差ない布面積の上着をきていたので、腰周りも大胆に見えていた。

 しかし、今は逆に露出を抑えにいっているように見える。


「んで、なんでそんな厚着なん? 恥じらい?」

「何? 見たいの〜?」

「はっ?! バッ……べ、別に見たくねぇし」


 ちらりとシャツをめくって見せてきた瞬間、将斗は猛スピードで目を逸らした。紳士的だが、視線だけは逃げていない。

 

「で? なんで――」

 

 そこまで言いかけて将斗はもう二回も質問を躱されていたことに気づいて、


「あれか、聞いちゃダメ案件だったか」

「……ダメじゃないんだけどね」


 タマはスッと表情を変え、左後ろ、腰のあたりを指差して


「理由はね……ここに奴隷の烙印があること」

「あっ……」


 奴隷の烙印。奴隷の証明とも言えるそれは、竜次ならば頬にあり、タマは腰のあたりに焼き付けられていた。

 実は将斗は知っていた。洞窟の中で彼女の後ろを歩いていた時に見えていたのだ。

 あの時、あまり踏み込んでいいところではないと思って、その話題を思考から切り離していた。それが間違いだった。頭の片隅にでチラつかせておけば、厚着から連想して思い出すこともできたはずだ。

 踏み込むつもりでない場所に足を入れてしまったことで、将斗は口の中が一気に渇く感覚に襲われる。


「やっ……あれだ……えと、その。悪い。そういうつもりじゃなかったんだ」

「大丈夫にゃ。こっちはまぁ……人に見られても、奴隷が歩いてるなぁって見られるだけで、あんまり気にならないから大丈夫にゃ」

「そ、そうか」

「私が隠したいのはこっち」


 そう言って指差したのは彼女の頭に乗っている茶色の帽子。


「頭?……耳か」

「そう」


 すると彼女は周りを歩く人々を指差した。

 相変わらず道ゆく人の群れの中に何人も耳がついた者たちがいる。

 

「ほら見て。獣人は皆ああいう風に、手に肉球があって、全身から毛が生えててるのが普通なの」


 確かに、道ゆく獣人たちは皆、手には肉球があって、肌が見えないくらい毛が生えている。

 ペットとして代表的な猫と犬。あれが人間サイズになり二足歩行を初め、服を着たような見た目だ。


 それを理解して、将斗はタマを見た。

 タマは人間と同じ手をしていて、肌だって見えている。

 道ゆく獣人は獣に近いが、タマは逆に人間に近いといえる。


 この違いは一体。

 将斗がそう不思議に思うのを分かっていたのか、タマは話を続けた。


「私は違うでしょ? 同じ獣人なんだけど、こういうのは混ざり者って言われてて。嫌われてるんだ。気味悪いーとか言われたりして」

「……」


 自分の掌を見ながら、彼女は目を細めて笑う。

 混ざり者。この世界で使われている差別用語だとわかり、将斗は胃の辺りで何かが渦巻くような不快感を覚えた。


「ある日意地悪な人たちがね、あることないこと吹聴して私が捕まるように仕組んだの。……それでそのままトントン拍子で逮捕、裁判、有罪。ついには奴隷になっちゃったにゃ」

「なっちゃったにゃ……って言える軽さじゃないだろその話」

「そうだね……あっでも、この体のおかげで竜次と会えたわけだから、むしろ良いことにゃ」


 そう言ってグーサインを作って見せてくる。

 表情は笑顔だが、どこか心から笑っている風には見えない。

 おそらく彼女はまた、無理して笑っている。


「前に竜次に可愛いって言ってもらえたこともあるしねっ」

「あの竜次が……」


 将斗はいつもの調子で大袈裟に驚いてみせようとしたが、うまく決まらなかった。


「……でもまだ、堂々と街を歩くのは無理かな。竜次が隣にいてくれれば、なんともないんだけど」

「タマ……」


 尻尾を落としてタマは下を見る。

 行き交う人々の中立ち止まっているその姿は、置いていかれる彼女の寂しさを象徴しているようだった。


 彼女にとって竜次の隣というのは、ある種の居場所のようなものなのだろう。

 嫌われて、差別され、騙され奴隷に落とされた彼女に与えられた唯一の居場所。それがあの男の隣。

 古城で彼女はなんとか竜次の役に立とうとした。それは居場所を失わないための方法。置いていかれてしまうことを危惧しての行動。

 将斗はその想いを分かったつもりでいたが、想像以上だった。

 

 将斗はあの古城での一件に責任を感じていることもあって、どうにかできないかと考え始めた。

 今朝の竜次の態度では本当に置いていかれてしまうかもしれない。

 それだけは阻止しなければ――


「なぁ、もっとちゃんと話しあった方がいいと思う。あいつ捕まえて、俺の時みたいに嘘発見機を無理矢理つけてでも」

「でも竜次電気には強いから」

「いやそういうことじゃ」

「大丈夫。もういいの」

「……何が?」


 タマはどこかを見上げて、その後、目を閉じた。


「私じゃ竜次の隣にはいられないんだってこと、わかってた。前からわかってたけど、今回でなんかはっきり分かっちゃって。なんか一晩寝たら結構受け入れられちゃって、だからもういいの。もう諦めてるにゃ」


 将斗は口を噤んだ。

 ――もう諦めている。

 そう言って彼女はまた笑う。偽物の笑顔で。

 

 彼女はそのまま歩き出した。


 諦めているのなら、どうしてあんな顔をしたのか。

 あの寂しさが垣間見える笑顔では、まだ気持ちの整理がついていないように見える。

 どことなくタマが精神的に不安定な状態にあるように思えて、将斗は心配した。

 また、何かしてしまうんじゃないかと。

 もしかしたら既に、何か考えていて――

 ただそれを追求するほど、将斗の肝は座っていなかった。


 タマは数歩進んでから、立ち止まったままでいる将斗に気づくと


「ほら! あそこが朝言ってた本屋さんにゃ。なんだっけ。ヤジウマ屋?って名前なんだけど、あれも転生者が考えたお店らしいから行ってみよう?」

「……多分、谷島屋な」


 将斗はそれ以上話を広げるのをやめた。

 

 今の自分にはどうやっても彼女を元気づけることはできない。

 そう思ったから。


 できるとしたら、あの男しかいない。 

 だが、あの男は来ないだろう。


 彼女の本物の笑顔を取り戻すのは、もう無理なのだ。


「何が元気大作戦だよ――」


 元気づけるどころか、むしろ彼女に無理させていた。

 とりあえず今将斗にできるのは、いつもの調子で彼女に合わせてあげること。

 それしかなかった。



************************************



 落ち着いた雰囲気の内装。

 等間隔に並んだ棚には端から端までずらっと本が敷き詰められていた。


 棚とは別に配置されたテーブルの上には表紙が見えるように積まれた本が置いてある。おそらく新刊コーナーのようだ。

 この世界は、本を大量に発行する技術くらいはあるようだ。


「普通の本屋みたいだな……」


 立ち並ぶ本の中を歩きながら、将斗はつぶやいた。

 

 この店に入った時、タマは何か欲しい本があるそうで、一直線に目的の場所へ向かっていった。

 着いて行くのも良かったが、将斗は店の中を見てみたいと思い、一旦別行動を取ることにした。

 そのため、今は背中のララと二人きりだ。


「うーん……来たのはいいが」


 適当に、目についた本を手に取る。

 表紙には謎の記号が羅列され、開いても同じような記号が並んでいる。

 周りの本も同じような記号が使われている。

 

 やはりここは違う世界だということを実感しつつ、


「戻るか……」


 読めない本を見ても意味がない。そう判断し、タマの元に戻ることにした。

 彼女を探す間、この世界の人々が目に入る。

 本を手に取って立ち読みする者。

 走り回る子供。

 顎に手を当て、背表紙を見続けている者。

 何冊か抱えて会計に向かう者。


 世界が違くとも、本屋内の雰囲気は、客含めて将斗のいた元の世界となんら変わりない。

 ――喫茶店を作った理由は、転生者が気分だけでも元の世界に戻りたかったから。という将斗の考えもあながち間違っていないのかもしれない。


「――」


 そんなことを考えながら歩いていると、とある本が目に留まった。

 白い本だ。

 手に取りページを捲るが、そこには絵が描かれているのみで、文字が書かれていない。


「絵本か」


 そう呟きながらページを捲る。

 この本は、白い服の髪の長い女性を中心にストーリが展開されているらしい。

 顔に目や鼻はなく、ただ口だけが書かれていて、かなり抽象的だ。

 将斗は自分なりに絵から内容を解釈し、読み進めていく。

 

――崩れかけた城の中、一人空を見上げ座っている女性がいた。

 ただ何をするでもなく、女性は座っていた。

 女性は孤独だった。

 ある日、一人の男が現れる。

 男はあれやこれやと女性に話しかけてくるが、女性は煩わしいというように肘をついて無視をしていた。

 それでも男は毎日その城に尋ねてきては、女性に話しかけてくる。

 いつしか男の諦めない姿勢に、女性は折れた。

 少しずつ彼の話に答えてあげるようになった。

 

「男やるじゃん……」


 絵の女性の口角がほんの少し上がっている。

 女性はいつしか心を開き始めているようだった。


 ただの絵本だが、その男の懸命な姿に心打たれ、将斗は彼の恋路の行く末を応援しつつ、次のページを捲った。


「――」


 男が女性にナイフを向けている絵があった。

 二人の口元が描かれていない。

 彼らが何を考えているのか将斗にはわからなかった。


――男がナイフをもったまま女性に近づく。

 しかし女性は手を広げ、男を迎え入れる姿勢を取った。

 男の足が止まる。

 男はナイフを投げ捨てると、女性に抱きついた。

 泣いているのか、女性の体に顔を埋める男。

 女性はその男の頭を撫でようと手を持ち上げる。


 その二人を一本の矢が撃ち抜いた。


 二人は地面に倒れ込む。

 女性はすぐに起き上がり男の安否を確認する。

 すると城の入り口から何人もの人がぞろぞろと入ってくる。

 先頭に立つ男が笑いながら何か言っている。

 その男の合図に応えるように後ろの男たちが矢を放つ。


 何本もの矢が女性を串刺しにしていく。

 赤色に染まっていく女性のドレス。

 女性は下を向いたまま、動かない。

 広がって行く赤い血の中、女性の膝で眠る男の顔に水色の雫が落ちる。

 そして女性は眠る男と口づけを交わした。

 男の姿が消える。

 女性は俯いた。

 そして顔を上げた。 


 次のページは真っ白いだけだった。

 何も書かれていなかった。


 その次のページは女性のいた古城が描かれている。

 天井の隙間から差し込む光の中で一輪の花が咲いていた。

 女性のように白い綺麗な花が。


「――ほぉぉ……」


 女性がどうなったのか、一輪の花がそれを物語っているような気がして将斗は吸い込んでいた空気を吐き出した。

 なぜ女性は一人で古城にいたのか。

 男はなぜ女性にナイフを向けたのか。

 後から入ってきた男たちは一体なんなのか。

 絵だけでは理解できない部分に悩む将斗。

 実は原作があるんじゃないかと思い、探すためにタイトルであろう背表紙に並ぶ記号を覚えようとしたところで、


「おなかすいた」

「おぅ?! 起きてたのかララ」


 いつの間にか起きていたララに驚きつつ、迅速にビーフジャーキーを与える。

 流石に本屋で慌てふためくわけにもいかないからだ。


「美味……」

「それはよかった」


 将斗はそう言うと、タマを探していたことを思い出し、本を置こうとした。


「そのほん」

「ん? これ?」

「うん」


 ララに言われ、置こうとしていた本を持ち上げる。

 彼女はジャーキーに齧り付いたまま本を見ていた。


「欲しいのか?」

「ん……」

「じゃあ買うか」


 絵本を欲しがるところが、見た目相応で可愛らしい。

 すぐに将斗は絵本を持って会計に向かった。



************************************



「ほら、俺からのプレゼント。金は竜次のだけど」

「ん……」


 ララに本を渡すと、彼女は受け取るなりすぐに開いた。

 この本屋、入り口近くに本を読むスペースが併設されていたため、そこに座らせて読ませた。

 

 読み続ける彼女にどことなく庇護欲が湧いてくるのを感じながら、昌ものだはぶと顔をあげると、店の先にタマがいるのを見つけた。

 あの帽子は間違いなくタマだ。服装を見直した甲斐があったようだ。


 将斗は声をかけようと立ち上がる。

 彼女を見ていて気づいたが、彼女は本を見ていると言うより、本屋の外の何かを見ているようだった。

 体は店内に入れていて、顔だけ外に出している。

 外の何かを見ているような、そんな格好だった。


「おーい、タマ?」

「あ、将斗」

「なんか見えるのか?」

「え……いや、その……あっ」


 返事の途中で外で何か動きがあったのか、タマがそちらの方に目をやっている。

 

「どした? 人見知り発動した俺みたいになってんぞ」

「にゃ……ん、えっと……よ、用事!」

「え?」

「用事ができたにゃ! だから、待ってて」


 あまりにも唐突な物言いに将斗は訝しんだ。


「なんだ急に」

「その、すぐ終わるから。すぐ帰ってくるから待っててにゃ」


 彼女は会計を済ませたであろう本を将斗に押し付けると、店の外に出ようとする。何度も外を見ている。かなり急いでいるようだ。


「あとこれもよろしくにゃ!」

「は? ぐぉ、重っ?!」


 タマは何かを取り出すと、リュックを将斗に投げ渡してきた。

 

「ちょっ、おい」

「絶対ここで待っててにゃー!」

「待っ――」


 重すぎるリュックに苦戦する隙を狙ってか、タマは走り去ってしまった。

 すぐ外に出て確認するが、人混みをすり抜け、彼女はどこかに向かってしまった。

 追いかけることも考えたが、ララを置いていくことになってしまう。

 彼女は戻ってくると言っていたので、それを信じて待つしかない。



************************************



 ララの元に戻ると、彼女はまだ本を読んでいた。

 必死こいて持ってきたリュックを置いて、将斗は彼女の隣に座った。


「なぁ、ララ」

「ん……」

「タマが用事あるって言ってどっか行っちゃったんだけど。なんか心当たりあるか?」

「しらない」


 絵本から目を離さずにそう言う。

 心配をしてないあたり、問題ないことなのだろうか。

 それとも、絵本に集中しているからそれどころではないのか。

 

 ララの様子からそこまで大事でもないと思い、将斗はタマから渡された本を見た。


「谷島屋要素ここかよ」


 本に付けられたブックカバーの表面には等間隔に黒丸が配置され、丸の中央に白い記号が書かれている。

 おそらくなんらかの詩が書かれているようだが、将斗には読めない。


「ここパクる必要あるか? 亡き転生者さんたちよ」


 先人たちの謎のこだわりに疑問を抱きつつ、ページを捲る。

 わかってはいたが、やはり読めない。

 開いていても意味はないので、本はもう彼女のリュックに仕舞ってあげることにした。


「うわぁ……」


 リュックを開けてすぐ、将斗は引き気味に声を漏らした。

 これでもかというくらい様々なモノが詰め込まれていたからだ。


 ギチギチに詰められていて、本を差し込む隙間すらなかった。

 この圧縮に耐えているリュック自体に賞賛を送りたくなる気持ちになりながら、


「ん――?」


 奥の方に見える本に目が止まった。

 ちょうどライトノベルのように見える。


「いやラノベじゃん」


 表紙に描かれた美少女の絵。

 さっきの絵本などとは違い、将斗の元の世界で何度も見たようなアニメチックな書き方がされている。


「……日本語?」


 表紙の中央には将斗が読めそうな文字が書かれていた。

 奥の方にあって見づらいが、間違いなく日本語。そこには――


「タマが消えた」

「え?」


 服が引っ張られ、将斗はリュックから顔を抜く。

 すると隣からララが真剣な顔で将斗を見ていた。

 

「いや、用事があるからってさっき」

「違う。匂いが消えた」


 彼女は絵本を閉じ、椅子から立ち上がると鼻を上に向け、目を閉じる。


「ララって、そんな警察犬みたいなことできんの?」

「ケイサツケン? その存在は知らない。ただ、匂いを辿るくらいはできる」


 ララの口調が違う。雰囲気もどこか違う。

 この雰囲気には覚えがあった。

 ダンジョンの主――ドラゴンと戦う時のあの雰囲気だ。


「真剣なやつ……だよな?」

「真剣。私の嗅覚から逃れることはありえない。なんらかの手が加えられなければ……無理」

「じゃあ誰かに、なんかされたってことか?」

「もしくは――」


 ララは将斗の裾を引っ張り、しゃがむよう促してきた。

 指示通りにすると、背中に乗ってきて、話を続けた。


「自ら消した、という可能性もありえる。とにかく、そうしなければならない事態に彼女が巻き込まれているのは確実」

「嘘だろ……」

「今すぐ探すべき」

「わかってる――っ!」


 将斗はすぐさまリュックを両手で抱え、店の外を目指した。

 タマの向かった方角は覚えている。

 ならばその方向に向かう他ない。


「あいつなんで急に。今考えれば不自然だし、止めとけば良かった」

「もっと早く走って」

「いやリュック重すぎて……いや、なんで起きてるのにララは走らんの?」

「早く」

「クッソ……わがままなお姫様だこと!」


 納得いかない負担のかけられ方に苦言を呈しつつも、将斗は走る。

 

――匂いが消された……攫われたとかだよな?


 人の波をすり抜けつつ走るが、彼女の帽子は見えてこない。

 

――だいたい単独行動したらヤバいことあるの確定だろ。ここ異世界だぞ。なんでもありなんだから、なんでもあるだろうが。ちょっと不安定なあいつなら尚更だ


 自分の迂闊さに呆れながらもその足を止めず走る。


――目を離すべきじゃなかった。竜次の役に立とうと、またなんかしてるんじゃ……


「――っ?!」

「どうかした?」


 将斗の目の先。

 少女がいた。

 背丈はララと同じくらい。幼女といえば幼女。

 目を惹かれたのは幼女だからではない。

 彼女は茶色の帽子に、赤と白のシャツを着ていた。


「その格好……」


 間違いなく、タマと同じ格好だ。

 サイズこと違えど、同じ。

 

 さっきまでいたタマを小さくしたと言われれば信じてしまうような、


「違う。小さく……されたのか!」 


 ここは異世界。

 将斗の常識は通用しない。

 魔法だってある。


 ならば、小さくされることだってあり得るはずだ。


「タマっ!」

「えっ?!」

「タマ! タマだよな!」


 将斗は少女に駆け寄り肩を掴むと、そう言った。

 彼女はどこか怯えた様子だ。

 ここまで震えているのは異常だ。

 一体誰に何をされたのか。


「大丈夫だ。俺だ。こんな小さく……誰にやられた。いやまず……とりあえずこっから離れよう」

「ま、待ってくださ」

「とりあえず、宿に戻ってそれで……ああ俺が焦ってたら怖いよな。安心しろ、俺こういう時の対処法知ってるから。あれだ。まずお前を小さくした奴らに、お前の無事がわからないよう偽名を使うのがセオリーだ。本のタイトルから選ぶんだけど……いや、普通にコナンって名前でいいか」

「あっ、あのっ!」

「何してる」

「イ――ッ!!」


 脳天に強烈な一撃が叩き込まれた。


「つぅ……何すんだよララ」

「そっちこそ何してる」

「そりゃタマを助けようと」

「この子じゃない」

「え?」


 将斗は振り返って目の前の少女をよく見る。

 茶色の帽子に、赤と白のシャツ。間違いなくタマの格好と同じだ。

 しかし、ララが頑なに首を振るので、


「え、タマだよな?」

「タマって誰ですか……?」

「いや猫耳美少女のタマさん」

「猫耳……わ、私、人間で……す」


 少女は帽子を外して見せてきた。

 その頭にあるはずの耳がない。

 将斗はその光景に息を呑んだ。


「ま、まさか人間にされて、その上記憶まで――」

「何してるにゃぁぁ!!!」

「グァブ!!!」


 今度は頬に一撃。

 2メートルほど吹き飛ばされ、地面を転がる。

 痛みに片目を瞑りながら、顔を上げるとタマが立っていた。


「え……タマ? 何がどうなって」

「こっちが聞きたいにゃ。なんで戻ってきたら、将斗が女の子に手出してるとこに出くわすにゃ!」

「は?……は?」


 困惑する将斗は頬を撫でながら、タマと少女を見比べて気づいた。


「この子はタマじゃない?!」

「はぁ? 何をどう見たらこの子が私に見えるにゃ。ごめんね。もう行っていいにゃ」

「は、はい。ありがとうございました」


 少女はいそいそとお辞儀をすると走り去る。

 すると彼女が一瞬怯えた目で将斗を見た。

 そこで将斗は自分が何をしたかに気づいて、頭を抱えた。


「あああ、これじゃあ俺が幼女好きの変態みたいじゃねぇか」

「間違ってないにゃ」


 よくないイメージを持たれていることに全力で弁明したい。そんな気持ちを抑えながら立ち上がると、将斗はタマを見た。

 怪我はない。

 何かに巻き込まれたというわけではなさそうだ。


「無事か」

「だからちょっと用事ができただけって言ったにゃ。待っててって言ったのになんで追いかけてきたかにゃぁ?」

「す、すまん」

「いいけど。ほら、行くにゃ。日が暮れる前には全部周りきらないと」


 腕をブンブン振ってタマが歩いていく。

 その手にはパンフレットのようなものが握られていた。


 よく見ると地図がついているようだ。

 タマはそれを取りに行っていたらしい。

 街を案内するために必要だったのだろう。


 そう思う将斗だったが、同時に、


――じゃあ用事って言わなくてもいいんじゃないか?


 タマの不自然な振る舞いに不安を覚えていた。

 

 彼女が竜次の役に立とうと無茶をする可能性はまだ大いにある。

 今の不自然な出来事を経て、将斗はより一層彼女を気にかけることにした。


 ただしそれ以降、タマはおかしなことはせず、ただ笑顔で街を案内してくれた。

 アクセサリーを見て、服を選び試着して、時には食べ歩いて……

 一日かけて、充分すぎるほど街を堪能させてくれた。


 その後はダイアスの宿で夕食。

 またもや大量の肉が食卓に並び、タマとダイアスのケンカを見ながら賑やかな夜を過ごした。

 寝る頃には、抱いていた不安は消えていて、明日もまた街に出る約束をした。


 この夜は何故か、ララと寝ることを許してくれた。

 将斗は歓喜に打ち震えながら、この日は安らかに眠りについた。

 


***********************************



 翌朝、消えかけていた将斗の不安を甦らせるように事件が起きる。


「――あいつ、どこ行った……」


 目を見張り将斗は呟く。

 布団が捲られた、ベットの上には丸められた毛布だけが横たわっている。

 この部屋にはもう誰もいなかった。

 


 ――タマが姿を消していた。



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