第15話 お願い/ep.1522 潰してやる
古城の中を鎧を着た人たちが歩き回っていた。
それも大勢。
将斗はその中をララを背負いながら歩いて、先を進むカストルの後をついて行った。
「いつの間にこんなに沢山の人が……すごいな」
「これでも少ないくらいだよ。誘拐された人たちを元の場所へ返して、そこら辺を転がってる構成員の身柄の確保もしないといけない。それにこの城にある物を押収したり、調べたり……うん、やっぱり足りなかったな」
そう言いながら、将斗らは古城の高台に出る。
将斗は近くにある長椅子に案内され座ろうとした。
ただ、ララは離れようとしないので、抱っこする形で座った。
「それで話ってのは何なんですか?」
「うん。話……いや、お願いだね」
「お願い?」
カストルは笑顔のまま言う。
「――タマの事を気にかけていて欲しいんだ」
「タマを? どうしてですか?」
「さっき、あんなことがあっただろう? 実はまだ彼女は部屋で泣いているんだ」
彼は息を大きく吸って、空を仰ぐように背中を預けた。
「ふぅ……タマは相当傷ついただろうね」
「竜次があんな言い方するからですよ。あいつマジで」
「彼だって分かっているはずだよ。タマが悲しんでしまうことくらい」
先程の竜次を思い出して、ついヒートアップしそうになった将斗に気づいたのか、カストルが言葉を挟んできた。
おかげで将斗はそれに気づいて、冷静になった。
「……じゃあなんで」
「そこはわからない」
「ですよね」
タマはただ力になりたかっただけだ。
そして竜次はどこか優しい人間だったはずだ。
しかし、どうしてあのような突き放すような事を言ったのか。
将斗は再び考えてみたが、答えは見つからない。
やりきれなくて、彼はため息をついた。
「ただ無闇に人を傷つけたりする人じゃない。今回は言い方が悪かったんだ」
「にしても悪すぎでは? 今回のでちょっといい奴なのか疑わしく」
「いい人だよ。彼は」
カストルが将斗の方を見て言った。
笑っていなかった。
真剣な顔をしていた。
「おっと、ごめん。つい」
「い、いえ」
すぐさまカストルは笑顔を戻した。
正直なところ、将斗は少し怖かった。
「俺ちょっと竜次のファンだからさ。熱くなるところだった」
「ファン……?」
「好きなんだよ」
「え?」
「彼が」
「……ぁ……ぇ」
唐突に行われたカミングアウトに、将斗の思考がフリーズした。
何か言おうと空気は吐き出せるが、それを言葉にできない。
「……? ああ誤解させたね。ちゃんと言うよ。彼の正義感が好きなんだ」
「あ、ああ! あはは、あー、はいはい。うん、そうですよね。あははは」
将斗は必死に愛想笑いを作って誤魔化した。
今一瞬見えたカストルの表情からは、今の発言が誤解でもなんでもないように思えたが、将斗は深く考えないようにした。
「そうだ、君にも聞かせてあげようか。俺が彼と会ったのは……」
「?」
「……悪いね。脱線しすぎだ。本題に戻ろう」
話し始めたカストルの表情はものすごく輝いていたあたり、やはり誤解でもなく彼は竜次が好きなんだろうと、将斗は思った。
「タマを気にかけて欲しい。でしたっけ?」
「そう。彼女ってどんな時でも元気に見せようとするところがあるんだ。今までにもそういうことがあったし。多分そういう性格なんだろう」
「なんとも苦労しそうな……」
「ああ」
そう言って彼は目を閉じると、
「――だからそこを付け入られる」
「え?」
カストルの声色が変わった。
「こう言う時が一番危険だ。最悪何かに巻き込まれかねない。そうなると、竜次も危なくなってくる」
「竜次が? どうして」
「彼は正直無敵だ。誰よりも強い。だが彼の唯一の弱点は彼女なんだ」
「タマが、弱点」
彼は肘掛けにもたれかかって、手を顎の前に持っていく。
彼はその格好で、何かを危険視するような表情をして遠くを見ていた。
「いつもなら、一緒にいることで互いの変化や異常に気づけるだろう。だが今みたいな状態なら話は別だ。恐らくだが、ほとぼりが冷めるまでは互いに関わろうとしないだろう」
「……どっちかが何かに巻き込まれていたとしても、気づいてやれない……?」
「そうだね。まぁ、そういうことは滅多にない。けど……」
「けど……?」
彼はそのまま黙って何かを考え始めた。
「……いいや。なんでもない。俺のところに今いろいろ情報が入ってきててね。あまりにも多いから混乱することもあって、考える必要のないことも考えるようになってしまった。多分今回もそれだ。気にしないでくれ」
「……いいえ。一応気にしときます」
「――?」
「ああ、いや。俺なんかじゃそれくらいしかできることなさそうですし。身構えといて何もないならいいんですけど、その逆は最悪ですから。一応」
カストルは竜次をかなり心配している。
それくらい表情から読み取れた。
嫌われていても、彼らのことを心配している。
カストルの優しさに触れた気がして、将斗は力になることにした。
「ありがとう。なら頼んだよ」
「はい」
カストルは笑った。
その笑顔だけは、貼りついたものには感じなかった。
「……でも何か頼んでおいて、何もなしってのも忍びないな」
「え? ああ、いいですよ。お気遣いなく」
「そういうわけにもいかないさ。そうだな……何か聞きたいことはないかい? カストル兄さんがなんでも答えてあげよう」
胸を叩いてカストルが質問を待っている。
将斗は何かチャンスのように思ったが、特にこれといって今聞きたいことはなかった。
「んー……」
将斗は腕を組んで、質問を捻り出す。
思えば、一つ引っかかることはあったが、それは答えてもらえるかどうか。
しかし、カストルさんがあまりにも期待の眼差しでいるので、将斗は思い切ってそのことについて聞くことにした。
「じゃあ……一つ」
「うん、なんだい?」
「魔法って知ってます?」
「魔法?…………」
タマたちが黙ってしまう上に、竜次に二度と話すなと言われていたことだ。
カストルさんならわかるのでは、と思って聞いたことだが、結局同じようだ。
魔法と呟いてから、黙ってしまった。
「すまない、わからないな」
「やっぱそうですよね……」
一体、『魔法』とはなんなのか。
禁句扱いのようで、将斗は気になり始めた。
すると――
「カストル・ラインズ」
後ろから竜次が現れた。
「やぁ。もう機嫌は」
「お前の頼みは聞いた。その代わり、王都に連れて行け」
カストルが話そうとしていたが、それを遮って彼は言いたいことだけ言って去ろうとした。
「……悪いがそれはできない」
「ああ?」
「今、教会が怪しい動きをしている。もしかしたら君たちに何かあるかも」
「なんでカディナルがここで出てくる?」
去ろうとする竜次は振り返ってカストルを睨む。
対してカストルも笑顔を解いて、真剣に話し続ける。
一方将斗は
「カディナル……?」
知らない単語に首を傾げていた。
「ん? 君は知らないのか。裁判で奴隷となるよう判決を受けた者に対して、烙印を押す権利、そして対応する契約書を発行する権利。その二つを与えられた教会の名前さ」
「重要機関じゃん」
「俺の質問に答えろ」
急かすように竜次がカストルに詰め寄る。
「ああ、さっき黒の爪先が教会と繋がっていると思われる証拠が出てきた。まだ、確定してないが可能性としてはかなり高い」
「……で?」
「『傲慢』と前任の団長が繋がっていたことは覚えているよね。騎士団の中にはその彼の派閥もあった。それとは別に、騎士団と教会にも繋がりがあったって話もある。こうなると、魔人と教会が繋がっていてもおかしくない」
カストルは不安そうな顔を浮かべ、視線を落とす。
「そして今回、黒の爪先が教会と繋がっているとなると……なにか、嫌な予感がするんだ。このまま君達を――っ?!」
急に竜次がカストルの襟首を掴む。
「お、おい」
「俺にやらせろ。あんな教会も、お前の腐った騎士団も全部潰してやる」
「ぐっ。待ってくれ。タマや、将斗君たちはどうするんだ」
「どうでもいい」
彼はそう言うと、カストルを手放した。
咳き込むカストルに、続けて言う。
「俺一人でやる。早く連れて行け」
その目が持つ殺気に、二人は何も言えなかった。
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ニーグ王国、王都。
その都には少し前まで名前があった。
ただその名前は女王の名前から取ったもので、女王が『傲慢の魔人』であったことから、現在別の名前に変えることが検討されている。
魔人が支配していたにもかかわらず、その都は『水の都』と呼ばれ今でも観光客が訪れるほど綺麗な街並みをしていた。
どの道路にも川が流れていて、人々は移動手段に船を用いることがある。
水の上に船を置いてそこに店を構えている所もあり、それほどまでに水と人が深く関わっている街だということがわかる。
夕日に照らされた街並みはとても綺麗で思わず見惚れてしまう。
将斗は船を降りてその景色を眺め、息を大きく吸い込んだ。
「超ヴェネツィア!!」
道ゆく人々が不思議そうに見てきて、慌てて将斗は顔を伏せた。
「どうしたにゃ。子供じゃないんだからはしゃがないでにゃ」
「いやめちゃめちゃヴェネツィアなんだよ」
「何がにゃ?」
「この水流れてる感じとか。船で移動したりするとことか。いや、ここまで一致するかってくらいヴェネツィア」
「なんか……ツィのとこがムカつくにゃ」
「え、あ、あぁ。すまん」
将斗の奇行に突っ込んでくれているが、タマは見るからに元気がなかった。
どうにかしたいと思いつつも、声のかけようがないので、将斗はその背中を見ているしかなかった。
竜次もいつもと違う。
一人船を降りると、さっさと歩いて行ってしまっている。
洞窟内のあの関係に戻って欲しいが、何もできない自分に将斗はやりきれない気分を味わう。
「ゔぇのとこきらい」
「じゃあもうヴェネツィアって言えねぇじゃん」
「いうな」
ララは変わらず将斗の背中にくっついている。
彼女だけは本当に変わらない。
無言の移動中でも、自由気ままに「おなかすいた」と言い出し、将斗を吸い込んだりしてきた。
その変わらないところに、どこか安心して将斗は彼女の頭を撫でた。
「一生そのままでいてくれ」
「ろりこん」
「誰だそんな言葉教えたやつ」
そのまま将斗は二人を追った。
何も会話がないまま歩いて、数分後。
狭い路地を通り、その途中で立ち止まった。
「細長……家か?」
「家にゃ」
窓が縦に四つ。4階建ての家がそこにあった。
竜次は何も言わずポケットから鍵を取り出すと、扉に差し込んで回した。
カチッと小気味いい音を鳴らして鍵が空き、竜次は扉を開けて中に入っていった。
将斗もそれに続いて中に入った。
中は作られてから何年か経っているようで、木の色や質感が所々古ぼけている。
これはこれで味があると将斗が観察していると、竜次が何も言わずに玄関すぐそばの階段を上がっていった。
将斗はまたそれについて行こうとすると
「りゅぅぅぅぅじぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
「うわあああ?!」
何者かが飛びついてきて床に倒された。
ララは直前に飛んだのか隣に立っていた。
――自分だけかよ。可愛いなちくしょう
「ガッハッハ! 竜次ぃ。感覚が鈍ってんじゃないかぁ? お前ともあろう男が、俺みたいな老人に……あん?」
「……」
「……」
将斗は目の前の人物と顔を見合わせていた。
白い髭。深いしわの入った顔。髪が一切ない頭。
老人が将斗を押し倒していた。
その老人は丸いメガネの奥で何回か瞬きした後、
「お前誰だ?」
と、聞いてきた。
「渡将斗です……」
なんだかわからずそう答えるしかなかった。
長期休みが終わって更新頻度が下がってしまうので、よければブックマークをよろしくお願いしま……す…………