第14話 不満/ep1521 仲間
――目を開けると美少女に見下ろされていた。
石造りの、朽ちた家具が置かれた部屋の真ん中に将斗は寝ていた、らしい。
彼は見下ろしてくる赤い目に目を奪われ、数秒間見つめ合っていた。
「……」
「……」
「……ああ、ララか、おはよう」
「……どう?」
「どうって何、いって?! なんだ?」
体を起こすと後頭部に痛みが走った。
その痛みで、思い出す。
鉄格子だらけの廊下で起きたあの出来事。
殴られて気を失ったようだ、と将斗は痛む頭をさすりながら曖昧ながらも記憶を取り戻していく。
あの場面から一転。どういうわけか今は藁の上で寝ていた。
「間一髪助かったのか……。でも最後の、タマのアレは一体」
「ふんっ!」
「ごっほっ?!」
脇腹へのキック。冗談と言える強さではない。
柔らかい部分を、少女の素足が的確に抉り上げてきて、割と洒落にならない。
「ぉぉおぉぉぉお。えぇ、なに……? 結構マジで痛いんだけど?」
「どう? ってきいた。それで……どう?」
「脇腹が痛い」
「あたまは?」
少女がゆっくりと片膝を上げて、「蹴るぞ」と言いそうな雰囲気で見下してくる。
「ちょっと痛いくらいです……」
「……よかった」
将斗からはよく見えなかったが、ララがかすかに笑ったように見えた。
「安心してくれてるのはいいけど、脇腹の方が深刻なんですが?」
「あいのむち」
「愛を感じなかった……」
少女の目が鋭くなる。
悪い発言をしたようだ。もう拳が振り上げられている。
その時だった。
『どうして待っていなかった!』
誰かの怒鳴る声が聞こえた。
部屋の外からだ。
竜次の声だったように思えて、将斗は起き上がる。
一瞬立ちくらみがしたが、数秒じっとして何もないことを確認してから、動き出した。
――カストルさんだ。
廊下に出ると、カストルが腕を組んで壁に背を預けて立っていた。
彼は目の前の部屋を見つめていたが、将斗に気づいたのか目が合う。
「どうかしたんですか?」
将斗の問いかけに、カストルは一瞬だけ肩をすくめると、何も言わずに目の前の部屋に視線を戻した。
するとララが将斗の足元を通り抜けて部屋に入っていった。
つられるように、将斗もその部屋を覗いてみた。
まず、入り口に背にして竜次が立っていた。
その奥、部屋の中心にタマが上半身だけ起こして座っている。
彼女の特徴的な大きなリュックは、小さな部屋の隅を占領するかのように置かれていた。
その横にララが座っている。
「答えろ!」
黙っていたからか、竜次がそう言い放つ。
俯いていたタマはビクッと体を震わせた。
「……み、ミーは……」
タマは何か言おうと顔を上げた、すぐに下を向いて黙ってしまった。
竜次はため息をついてから
「それに、あの銃も使ったな?」
と言った。
――あの銃?
あの銃と言われ、思い当たるものが一つだけある。
あの廊下で、タマが使った水色の銃のことだ。
エアガンとは違うあの謎の銃。
「あっ、あの時はあれを使わないと」
「言い訳すんな! アレを使ったからお前は魔人の力に飲まれかけた。俺が爆発に気づかなかったら、お前はあのまま、周りの人間全員を殺してたんだぞ!」
将斗が覚えている最後の光景。タマが銃を向けてくるあの姿は、あの銃によるものだったらしい。
そしてあの危機的状況は、タマが最後に投げ込んだあの手榴弾の爆発を頼りに竜次が駆けつけ、救出された。そういうことになる。
タマは言葉に詰まっていた。
「――っ…………ん……で、でも本当にあの時は」
「何がっ……! 何があの時だ! お前が出しゃばらなきゃ、そんな状況にもならなかっただろうが!」
「竜次」
怒鳴る竜次に、思わず将斗は声をかけた。
途中から話を聞いているから、二人のやりとりの全体を把握できていない。
だが少なくとも、待っていろという命令を破ったことに怒っているのはわかる。
ただし、このままいくとタマ一人の責任にされてしまうかもしれない。
そう思って声をかけたのだ。
竜次は将斗の方を向くと
「お前……」
「ごめん。俺も行こうって言ったんだ。だからタマ一人が悪いわけじゃないんだわ」
「どうしてそんなことを言った。大した力も無い癖に!」
「ごめっ――」
竜次がものすごい剣幕で詰め寄ってくる。
初めて話した時の、あの洞穴の中でみた時のように。いや、あの時以上の勢いで。
将斗が思わずあとずさると
「待って!」
タマが叫ぶように言った。
そうでもしないと止められないと、思ったのだろうか。
そのおかげで竜次は動きを止めて、彼女の方を振り返った。
「ミーが、無理言ったんだにゃ。私も何かしたいって。それで将斗は仕方なく、手伝ってくれたんだにゃ」
――バカ……それだと、お前だけ悪いことになるだろ
「違うって、俺も――」
「ミーもちょっと過信してたにゃ! 自分を」
訂正しようとする将斗の言葉に被せて、タマが話し続ける。
「最近役に立ってなかったから、そろそろミーのいいところも見せなきゃーって思ってにゃ。アハハ、でもちょっとしくじっちゃった。腕がもう鈍ってたにゃ。ごめんね竜次。もうしない……しないから」
タマはいつもするような笑いを浮かべて、竜次にそう言った。
でもその笑顔はいつも通りに見えて、違う。嘘の笑いだ。
竜次はそれを聞くと、
「……ああ、二度とするなよ」
と、突き放すように言った。
今の発言に将斗はほんの少し目を細めた。
タマは何もできない不安をどうにかしたいと、そして竜次の役に立ちたいと、そういう想いで行動したことを知っている将斗には、今のセリフは聞き捨てならなかった。
「お前、言い方」
「あ?」
「いや、だから」
「でもー、竜次も人が悪いにゃ」
将斗と竜次は二人してタマの方を見た。
「あの銃に、そんな危ない能力があったなんて知らなかったにゃ」
「……」
「私に預けてるなら、それくらい言ってくれてもよかったのに」
タマが竜次を見上げる。
将斗はよくない流れだと思った。
彼女の言い方は、含みがある。
彼女が抱いていた不安が、不満が、漏れ出しつつある。
「俺は使うなと言ったはずだ。だから」
「だから何? それでも、持たせたからには使うかもしれないって少しは」
「お前が戦う必要がないからだ! だから、戦うことがないから使うこともない。だから言わなかった。それに何もするなと何度でも言っていたはずだ!」
その言葉に、タマが目を見開いていた。
彼女は何かを堪えるように震えると、かかっていた布を壁に投げつけた。
「どうして……?」
「あ?」
「どうして仲間外れにするにゃ!」
タマは怒っていた。
毛を逆立てて、耳を立てて。瞳を細めて竜次に叫ぶ。
「ララが来てからずっとそうニャ! 昔は二人で一緒に戦ってたのに!」
「お前の小道具を使った戦い方じゃ、もう通用しない次元になってるんだよ!」
「――っ! それじゃ私がいる意味なんてないにゃ!」
タマは無造作に藁を掴んで振り払う。
「私はこのままじゃただの荷物持ちにゃ! そんなの嫌! もっと、私は竜次の役に立ちたい! 一緒に戦いたい!」
彼女の口から溢れ出る言葉。そこには、彼女も願望も不満も全部含まれていて。
そんな訴えに竜次は
「私はっ――!」
「黙れ」
と一言で返した。
「……え?」
将斗は信じられなくて、竜次を見た。
――今こいつなんて言った? タマがあんなになってまで言ったのに?
どうしてそんなことが言えるのか。
将斗は竜次の肩を掴んで訴えようとも思ったが、なんと言えばいいか分からず、戸惑う。
後ろで将斗が迷っていることなど知る由もなく、竜次は言葉を続けた。
「お前は黙ってついて来てればそれでいい! もう何もするな! お前はもう、何もせずにいろ!」
そう言い放ち、部屋を出て行こうとする。
一方タマは顔を下に向けて、肩を震わせ始めた。
「おい! 待てよ!」
将斗は咄嗟に竜次の左手を掴んで止めようとすると、
「触るな!!」
竜次の部屋を震わせるかのような叫びに、将斗はたじろぐ。
だが、このまま行かせるわけにはいかなかった。
「待てって! タマはお前の役に立ちたいだけで」
「そのせいで手間が増えた。何もしてないほうが幾分かマシだ」
「はぁ?! お前! おい! 俺より長く一緒にいるんだから、少しくらいアイツの気持ちわかってやれよ!」
「……チッ……もういい!」
竜次は振り返ると
「文句があるならついてくるな! 俺に仲間なんて必要ない!」
そう言った。
その言葉は古びた部屋の中に響いて消えた。
将斗は信じられなくて、何度も目の前の光景を確認した。
彼の体も、視線も将斗だけに向けられてはいない。
声の大きさも、内容も、将斗だけに向けられてはいない。
だがそのセリフは、少なくとも部屋の真ん中にいるあの子にだけは聞かせてはいけない。
「お前、今。誰に向かって言ったんだ?」
将斗は竜次に詰め寄る。
飯の味に耐えられないと気づいて、食べ物を分けてくれたあの竜次が。
必死こいて、主の部屋を探し当ててくれた竜次が。
隠された優しさを持つあの竜次がそんなこと言うわけないと。
タマは想いを全部伝えていた。
今の言葉は、彼女の気持ちをわかっていて言えるはずがない。
仲間になれているかどうか怪しい、この自分に向けて言った言葉ならまだ許せる。
重苦しい雰囲気の中、ララだけは椅子に座って呑気に足を揺らしていた。
「……」
「答えろよ。誰に向かって」
「……お前ら全員だ」
「は?」
将斗も、タマも、ララも、カストルも。全員が竜次の方を見た。
「何言ってんだ、お前」
「全員に言ったんだ。何ならもう一回言ってやる」
竜次は冷たい目を将斗に向けて、もう一度言った。
「文句があるならついてくるな。俺に仲間は必要ない」
「お前っ――!!」
――古城の一室に乾いた音が響いた。
「……っあ」
倒れていたのは将斗だった。
「……ぁにすんだよ。ララ!」
「弁えて」
目の前の少女に怒鳴りつける。
将斗はララに、頬を蹴り飛ばされていた。
ただし、威力はいつもよりも低いから耐えられる。
――弁えて。
ララのその言葉から、竜次を殴ろうとした自分を止めてくれたのだと理解した。
理解したが、納得はいかない。
「命拾いしたな」
竜次は横目で将斗を睨んでいた。
「まぁ、気をつけている分、お前の攻撃なんて当たるわけがないが」
「はぁ? 仲間なんていらねぇとか言っちゃう自分のこと強いとか思ってるやつが、俺みたいな雑魚に注意してんのかよ。ダセェな!」
自分が何を言っているのかは分からない。
だが頬に残っている痛みと、竜次の態度にどうしようもなくイラついて、少しくらい反抗したくなって将斗は思いつく言葉を並べて言い返していた。
そんな口撃に竜次が動じることはなかった。
「ああ、当たり前だろ。スキルを奪われたりなんかしたら、たまらないからな」
「――っ!」
思わず目を見開いていた。
言われると思っていなかったこと、だったからだ。そんなつもりは一切なかったというのに。
「そんなつもりは……最初に言ったろ! 俺はそんなやり方じゃ――」
「うるせぇ。俺はお前を信用しない。仲間でもないお前なんか、信用してない」
「な……」
仲間でもない。その言葉に将斗は、言い返す言葉を見失う。
将斗は、自分の立ち位置について、何もしていないから仲間以下かも、と思うこともなくはなかった。
そんな自虐なんて日頃からしているから、なんのダメージもない。
だが本人に突きつけられるその言葉は一番重く、将斗の心に深く突き刺さる。
大きな杭でも打たれたみたいで、そこから動けなかった。
竜次は部屋を出ていく。
彼を止めるものは誰もいなかった。
視線を落とした将斗の耳に、すすり泣く声が入る。
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「……ごめん」
沈黙の中、ララが謝ってきた。
珍しく、悪いことをしたと思っているようだ。
将斗は衝動的に動いた自分が悪いと思っているので、手を伸ばして、彼女の頭を撫でてあげた。
将斗はそのままララをおんぶすると、部屋を出て、何も言わないままカストルの前を通り、古城の外にまで出た。
正門の前に4段だけの階段があった。
将斗はそこに腰掛けた。
ララが隣に座るので、将斗は腰につけていた小袋を取り出し、封を開ける。
ビーフジャーキーは残り2枚。
今朝補充したはずだが、道中ララが食べてしまってせいでこれしかない。
一枚をララにあげて、もう一枚に噛み付く。
「はぁ……」
ため息をついて空を見上げた。
雲が点々とあるこの空は、元の世界と同じで青い。
よく見ると、ワイバーンが飛んで来ている。
カストルが要請した騎士団の仲間だろうか、と考えながら将斗は上半身を倒して寝転んだ。
「んっ……」
口に加えたジャーキーを落とさないようにしながら、ぼーっと空を眺める。
「……分からねぇ」
「なにが?」
「さっきの竜次だよ」
ララは肉をしゃぶりながら、首を傾げている。
「俺にコミュ力があれば、わかんのかもなぁ」
「こみゅりょく?」
「うん。あのさ、こみゅりょく?って言いながら俺が食ってるジャーキー盗らんでくれるかな。って力強っ?!」
「――将斗君」
ララとジャーキーの取り合いを始めたところで、カストルが後ろから声をかけてきた。
振り返って見る彼の表情は、笑顔ではあるが、先程のいざこざを見ているからか、少し困っているような色も浮かべている。
彼はそのまま将斗に語りかける。
「少し話。いいかな?」
「え……はい」