EX.02
誰もいない森の中。
夜空から月が、瓦礫によって閉じてしまった憂鬱の魔窟の入り口を、ほのかに照らしていた。
――突然、その奥から閃光が迸り、瓦礫を吹き飛ばす。
その一筋の光線は、夜空を貫いて、やがて消えた。
洞窟の入り口では土煙が立ち込める中、奥から一人の男が歩いてくる。
「ったく。強いヤツとやれるって聞いたのに、よくわかんねぇ洞窟ぶち込まれるわ、弱ぇバケモンと戦わされるわで、挙げ句の果てには生き埋めだぁ?」
彼は独りで喋りながら、両手でバイクを押していた。
そのバイクは光る黄色のラインが何本も入っていて、白で統一された流線形のフォルム。タイヤは中央が空洞のハブレスホイール。
その見た目はまさに近未来的と評するに値する。
彼はヘルメットを被り、手袋をしていて、バイクと同じ黄色のラインの入った白いライダースーツを身に纏っている。見た目はまんまレーサーだ。
「あのボサボサ頭。次あったらぶっ飛ばしてやるからな」
男はスタンドを立てバイクを停めると、手袋を外し、腕につけた機械を操作し始めた。
タッチパネル式の画面を指で何回も叩く。
男は指を離すと、何かを表示しようとしたのだろうか。画面が切り替わるが、赤い文字でERRORが表示され点滅しているだけだった。
「――ッチ。ああーくそ。地図でねぇのキツイんだよな。ナビが使えねんだよ。GPSねぇのかGPSゥ!」
夜空に叫んだ後、彼は苛立っているため頭を掻こうとするが、ヘルメットをつけていたことを思い出して、彼は舌打ちをしながらそれをとった。
黄色い髪に、茶色の目。その瞳には星型のマークがある。
端正な顔立ちだが、機嫌が悪いのか目つきが悪い。
「どこにいんだよ、光ってる奴!」
彼の叫びは静まり返った森に吸い込まれ消えた。
「どうすっかな……」
そう言ってバイクに腰掛け、装置を再び弄ろうとした時だ。
「――ん?」
――鉄同士がぶつかり合うような音が響いた。
それは音もなく男の背後から近づいてきていた黒い人影が振り下ろしたナイフと、男が腕の装置でそれを受け止めたことによって鳴った音だった。
「んだよ、テメェは」
静かにそう言って男が腕を振ると、黒い人影がそれを回避。
後ろに飛びのきバク転を繰り返して距離をとった後、着地。
すると、その周りから同じ格好をした黒い人間が湧いて現れた。
「貴様、何者だ」
最初に男を攻撃した黒い外套を纏った人物が話し出す。
「……」
「聞いているのか」
「……ククッ」
問いかけられた男は黙っていたかと思うと、笑い出した。
「ぁあー! 待ちくたびれたぜ。やっぱ人間同士じゃねぇと光れねぇ!」
「ひかれ……? なんだ貴様、質問に――」
「なぁー、そういうのいいんだよ。出会ったら即バトルだ。手っ取り早くやろうぜ」
「バト……なんだ? どうする」
男の発言がわからないのか、黒い外套の者たちは顔を見合わせ何かを話し始める。
「んあーでも、違うんだよな。初バトルの相手がこれってのは違うんだよなぁ……何なんだよその黒い格好はさ。見てくれからもう全っっ然輝いてねぇ。暗すぎだテメェら」
「貴様さっきから何を」
「バトルは光るモン同士でやってこそだ。輝きのぶつけ合いだ、わかるか? 互いが互いを越えようとすっから、めちゃくちゃ光るし、最後はすげぇ輝きになる。それが醍醐味だっつうのによー!」
「……――?」
「はぁぁ、悪りぃな、やっぱなし。お前らじゃ初バトルの相手に相応しくねぇ。もっと輝けそうな奴じゃねぇとダメだ。消えな」
消えな。そう言われた瞬間、黒い外套の者たちは一斉に武器を構える。
合図などなかった。そういう打ち合わせがあったわけでもない。
ただ彼らは、目の前の男から妙な気配を感じて本能的に構えたのだった。
――すると彼らの目に眩しい、白い光が入ってきた。
全員臆することなく目を細め、目的の男を見逃さないように睨む。
光は男の背後から差し込んできていた。
「……待て。何の光だ。なぜ光が奴の背後から……」
中央の、リーダー格の男だけがその異変に気づいていた。
月は自分たちの背後にあるはずで、目に入る光などあるはずがない。
「何か……いる――?!」
男の背後の光が動いた。
その光は生きていた。
輪郭は見えずとも、何らかの生物がそこにいる。
その生物が光を発している。
「……竜。だと」
白い光の中、中央の男が最後に見たのは首の長い。翼を持った、四つ足の竜。
光を放ち続けるそれが大きく翼を広げた瞬間、外套を纏った男たちはより強く発せられた光に飲み込まれ。
――消えた。
光が消え、月明かりだけになった洞窟の入り口近くで、男はバイクに跨った。
周りにはもう誰一人としていない。
「光り足りねぇよ! あああああ! クッソーーー!!」
ヘルメットを被り、手袋を嵌めると、男はハンドルを捻って、走り出した。
跡形も無くなった森林だった場所を走り抜け、彼はどこかを目指し進んでいく。
「誰が……誰が俺を輝かせてくれんだよーーーーーー!」
その叫びを残し、彼は走り去っていった。