第11話 死闘の末/ep.1518 奇跡
「りゅうじぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
「お前、離れっ……おいっ。バカが、離れろ。暑苦しいんだよ」
「もうダメかと思ったにゃぁぁぁぁぁぁ!」
「お前な……」
竜次は、半泣きで抱き着いてくるタマの頭を右手で押さえ、少し不機嫌そうな顔をしていた。
タマを見ていると配慮とかどうでも良く思えてきて、将斗もララを抱っこして竜次の元へ向かった。
「ありがとう竜次。超助かった」
「あぁ……。ララはどうした?」
竜次が抱かれたララを見て聞いてきた。
傷はもうないが、白い服に点々と赤い染みがついているのだ。あの竜次でも気になるのだろう。
「この子な、戦えないタマと俺の代わりに、一人で戦ってくれたんだよ」
将斗は抱いている少女の顔を見た。
彼女は無表情で将斗を見上げていた。
その顔を見ていると、戦ってもらったことへの感謝と、戦わせてしまったことへの罪悪感が湧いてくる。
「……ただ、あのドラゴンが割と強くてな」
「つよくない。おなかがすいてなければかってた」
「いててててててて、二の腕の柔い部分つねるのやめてくれ」
将斗の二の腕の肉が千切れんばかりに捻られる。
犯人である彼女は珍しく無表情を崩して頬を膨らませていた。
将斗はかわいいなぁ、と思いながら必死に彼女の手をほどきにかかった。
「――タマはともかく」
「ともかくって何にゃ」
二の腕の肉が本当にちぎられそうなところで、竜次が話し出すが、タマが横槍を入れる。しかし竜次はそれを気にしないで続けた。
「お前は何ともないのか」
「え? 俺?」
「ああ、お前だ」
「別にちょっと掠った以外何ともないけど」
竜次はそれを聞くと「そうか」と一言。
「――……か」
「ん? 何つった?」
「何でもねえ」
聞き取れなかったが、それよりも将斗は別の件について気になっていることがあった。
「竜次さ」
「……なんだ」
「よくここに俺らがいるってわかったな」
「主の叫び声が聞こえたからな」
そう言って彼は天井を指さした。
吹き抜けのように、大きな穴が空いている。
「あの声、他の魔物とは違う感じがした。気にはなったが、最初はただの聞き間違いかと思った。二回も吠えてくれたおかげで、主だと確信できた」
「うん」
「そこで、お前らは主の近くにいるんだろうと仮定した」
「ほう」
「で、主は最下層にいる」
「うん」
「だから地面をぶち破ることにした」
「うん……?」
そう言って彼は自分で拳を作って見ていた。
――つまり
「まさか、岩盤を殴って掘り進めてきてたのか?」
「それ以外に何がある」
何言ってんだという顔をしていた。
それ以外にもあるだろとツッコミを入れたくなるが、よく考えたらそれ以外掘る方法は何もない。
ただ、足元の地面の先に仲間がいるかも、よしじゃあ拳で掘り進めよう! なんて咄嗟に思いつく頭は持っていないので、強さと考え方の次元の違いに乾いた笑いが出た。
「案外、脳筋なんだな」
「……お前はここに置いていく」
「冗談! 冗談です感謝してる! 命の恩人感謝永遠に」
「なんかの台詞か?」
「マジ? トイ・○トーリーの宇宙人知らない?」
「俺は1しか見てねぇ」
「1に出てんだよ」
将斗が珍しくノリのいい竜次と言葉を交わしていると、竜次の陰に隠れてタマがこちらを見ていることに気づいた。
「どした?」
「にゃ……さっきの……その……」
「さっき……あっ、ああ……」
将斗は顔を赤くした。
というのも、タマの制止を振り切ったあの時、将斗は何やら思わせぶりなことを言って飛び出したのだ。
将斗はあの時と違って冷静な今の状態でそれを思い出してしまい、急に恥ずかしくなった。
「あれは、アレは、アレだ。若気の至りというかなんというかアレなんだよ別にカッコつけようと思ってたわけじゃなくてだな……あ! ララが! そう、ララが危なかっ」
「あぶなくない」
「でっ?! い、いや、危なかったじゃんか……」
慌てて弁明を図ろうとしたせいか、支離滅裂な上に失言をかまし、ララに一撃を貰う。
「と、とにかく! 気にするな! アレは……アレなんだ!」
「何にゃ?」
「アレだ。アレ……だよ…………うん、よし! そうだ、帰ろう! 主も倒したし」
タマからの視線が痛く、逃げるように将斗は軽快に歩き出した。
「何言ってんだコイツ」という顔をした二人の横を通り抜けて
「どう帰るつもりだ」
「え?」
普通に竜次に呼び止められた。
「いや普通にあの扉から」と指を差す将斗だったが、タマが無理だと首を振る。
「言ってなかったけど、主の部屋って一回入ったら基本出れないんだにゃ」
「え、何だそれ。やばいじゃん。閉じ込められてんの俺ら」
「まあそういうことにゃ」
「帰れねぇじゃん。ま、まさかひょっとして、ずっとここに住むことに」
「ハァ……んなわけねぇだろ……アレを使えばいい」
竜次がため息をついて指を差す。
大聖堂の中央、その床が青白く光っていた。
形は円状で、何やら文字がたくさん刻まれている。
「何あのシャレオツ照明は」
「アレに乗れば、外に出られるにゃ」
「まじ? ワープゾーンとかゲームじゃないんだから……いや、ゲームみたいな世界だしありえるのか」
ただの光っている床だが、タマの顔が冗談を言っている時のものとは違い、いたって大真面目の表情だった。
本当らしい。
「魔法みてぇだな。つかこの世界魔法あったのか。竜次たちが肉弾戦オンリーだったからてっきりないもんだと思ってたわ」
「…………」
――あれ?
将斗は一度咳払いをして言い直す。
「……ま、魔法使わないんだな〜って」
「…………」
「あれ……タマさん?」
「…………」
「あのー……」
急にタマが何も言わなくなった。
いつもはちゃんと返してくれるはずなのにスンとも言わない。
沈黙が辛く、将斗は胸が痛くなり始めた。
「あれ? な、なんか気に障るようなこと言った……?」
「…………」
「か、考え中かな〜……」
目すら合わせてくれない。
真っ直ぐにどこかを見ていた。
「ハハハ」
将斗は乾いた笑いで、漂っている重い空気を誤魔化す。
――ヤベェ。なんか急に嫌われた。キッツ……数日前まで話しかけてくれてた陽キャがこっちに愛想尽かして何もしてくれなくなった時のあの辛さに似てるっ! キッッッツ!!
嫌な大学生活前半の記憶が蘇ってきて、胸が苦しくなり始める将斗。
耐えきれなくて彼は、情けないが幼女に助けを求めた。
「あっ、ララさんなら知ってるよな? 魔法……」
「…………」
なんと幼女にも嫌われたらしい。
彼女もウンとも言わなくなってしまっていた。
もう俺らって友達なのかも……と思い始めていた将斗にこの現実はとても辛く――
「死のうかな……」
「おい」
「えっ?!」
声を発したのは竜次。
彼もずっと黙っていたので、将斗は彼も一緒に無視を始めたのかと勘違いしていた。
だが彼だけは違ったらしい。
ちゃんと反応をしてくれている。ちゃんと将斗の目を見て話してくれている。
「よかった。竜次だけは味方」
「後で話がある」
「えぇ?! やっぱ気に障ってんじゃん、何?! ごめんて! 何も知らんとはいえ、地雷踏んだんだよな! 悪かったって」
「……あぁ? 違ぇよ。そいつらは無視してるわけじゃねぇ。気にすんな」
「そ、そうなのか?」
その割にはまだ二人ともじっとしていた。
将斗からすれば、まだ無視されているような気はする。
だが気にするなと、竜次が言うのだから気にしなくても――
「だが二度とその話はすんな」
「やっぱ地雷だったんじゃねぇかよ! なぁー悪かったって!」
将斗にとっての彼らは久々に仲良く話せる人たちだったので、関係を壊したくないと必死だった。
何とか発言を撤回したいと慌てるが、竜次はため息を一つついてから
「ここを出たら村がある! 今日はそこに泊まる! いいな!」
「へっ?! は、はい」
竜次が急に大きい声でそう言って、将斗は驚いて固まった。
すると――
「分かったにゃ! 将斗、その村のご飯結構美味しいから期待するといいにゃ」
「うぇ?! お、おう、任せとけ」
タマが急に喋り出した上に、将斗に笑顔を向けてくる。
さっきまでの態度とのギャップに将斗は混乱した。
「どうしたにゃ?」
「え? いや、さっきまで……」
「ん?」
「……あっ。何でもない何でもない。ご飯、楽しみー!」
「ぷっ! それ何にゃ。変なのー!」
不器用にガッツポーズを決める将斗を見て、タマはいつも通り笑っていた。
さっきの魔法陣関連の話はおそらく一切触れてはいけない話題で、もう一度話しかけてくれるようになったのは挽回のチャンスをくれたんだ、と将斗は思って、今進んでいる話を逸らさず進めることにした。
一体あの話の何がダメなのかは気にはなるが、また無視されることを考えると胸が痛くなり始めるので考えるのをやめた。
「ねぇ」
「いてっ」
ララが脇腹を蹴ってきた。
彼女もまた、無視をやめてくれたようだ。
「あそこにつれてけ」
ドラゴンの死体を指差し、何度か脇腹を裸足で蹴ってくる。
加減を知らないのか、やはり結構強い。
竜次は「行ってこい」と言うが、その前に将斗はこの腕の中で暴れる子に言わなければならないことがある。
「はやく」
「……ララさんさ。頼み方ってものがあると思うわけよ」
「は……?」
「そんなわがままで乱暴な頼み方じゃ頼まれた方は気持ち良くないと思う」
「それは……」
「違う?」
「――っ」
彼女は俯いてしまった。
納得いかないのか、口を尖らせている。
すると何か決めたのか、顔をあげて、将斗をじっと見つめてきた。
「ん…………ごめ」
「でも俺には全然やってくれて構わないからどんとこい!」
「は?」
彼女は口をぽかんと開けていた。
「無視されるより全然マシ。もっとこい! どんどん俺を使ってくれ!」
「えっ……なに」
「俺にどんどん命令してくれ。何でもする!」
実は将斗はさっきの無視が辛かったせいか、今彼女に命令された瞬間嬉しすぎてどうにかなりそうだったのだ。
そして今は無視されるくらいなら乱暴でも命令された方がマシ、とそう思ってしまうほどに、彼の中の、人としての何かが外れてしまっていた。
一方ララは目を細め、口をへの字に曲げて――要は引いていた。
「きもい……」
「いいぞ! そういうのも好きなだけ言ってくれていい、もっとこい」
「おろせ……」
「遠慮するなよ。どの辺まで行って欲しい? まだ動きそうで怖いけど、俺の気持ちなんて考えなくていいからどんどん」
「おーろーせー……」
将斗は暴れ始めるララを、俺に気を遣って自分で歩こうとするなんて、なんて優しいんだとおかしな解釈で捉え、絶対におろすまいと歩き始めた。
何度殴打を受けても絶対に手を離さないその意思の固さに、ついにはララが根気負けした。
「どの辺に行きたい?」
「……あたまのほう」
「――っ! 了解!」
返事をもらえる悦びを噛み締めながら、ドラゴンの死体の頭の方へ歩いていく。
「ねぇ」
「どうした! おんぶがいいか!」
「うるさい」
「ぐうっ……」
いつにも増して強い蹴りがお腹に打ち込まれる。
「いい蹴りだ……ナイス炸裂……120点」
「……さっき……どうしてたすけたの」
「さっき? さっきって、ララが上から落ちた時か?」
少女がコクリと小さく頷く。
「わたしはしなない。あのくらいなら、なおる」
「治るったって、あの高さから落ちたら痛いだろうなって思ってさ。嫌だろ? 痛いのは」
「そんなりゆう?」
「そうだけど?」
「そう……」
「あと、それにほら、女の子だし」
「おんなのこ……」
そう呟いて、ララは俯いて、将斗に表情を見せずに
「……きもい」
そう言って一蹴り入れてきた。
その蹴りはなぜだか今までで一番弱く、優しかった。
「弱くね? 遠慮しないでもっと強くしても全然」
「――っ!! ふ゛ん゛っ!」
「ごぇぅっ!」
強烈な一撃が腹に叩き込まれ吹き飛ぶ。
将斗はあまりの威力に、彼女から手を離してしまった。
彼女は蹴った反動で後ろに飛び一回転して着地。
着地点はドラゴンの鼻のすぐそばだった。
彼女は怒っているのかゴンゴンと足を踏み鳴らしながらドラゴンに近づき、その小さな手で触れた。
――デケェな
少女がそこにいるおかげで改めてドラゴンの大きさが良くわかる。
彼女と比べれば何百倍、いや何千倍と言ってもいいサイズ感。
こんなのと戦ってたのか……と思い返しながら将斗はお腹の痛みをさすって慰める。
――すると、突然ドラゴンの死体が動き出した。
「やばっ――?!」
思わず立ち上がる。
しかし、違った。
確かにドラゴンの死体は動いた。
だがそれは生き返ったということでも、生きていたということでもなく――ララの手に吸い込まれているだけだった。
「やば……」
死体はその巨大な肉を圧縮させて少女の伸ばした腕に入っていく。
目の前の光景を理解し終える前に、ドラゴンの死体はあっという間に吸い込まれて無くなってしまった。
呆気に取られているとララが歩いて将斗の元に戻ってきた。
「おわった」
「えぇ……こう言うのもなんだけど、あんなことできるんなら、最初からやればよかったんじゃ?」
「それは暴食」
「……ほう」
「生者を食う行為は生きすぎた食欲の行使。暴食でしかない。私にとって暴食は力を消費する。ただし今のは食事」
「……ほう」
「食事は力がなくてもできる。あいつは死んでた。だから今はできた」
「ほう……」
彼女の少し違う口調で行われた説明に将斗はうんうんと何度か頷いた。
「分かった?」
「……わからん。とりあえず腹減ってたから飯食ったってことでいいか?」
「……もう、それでいい」
そう言うとララは将斗の後ろへ回り込んできた。
将斗は腰を下ろして、彼女を背中に乗せた。
このおんぶは二日目にして、何も言わずともやりとりできるほどに恒例となり始めている。
――え、軽っ
将斗は背中で感じる少女の重みに驚く。
彼女の体にドラゴンは吸収された。だがその割には彼女の重さは変わっていないからだ。
あの質量はどこへ。将斗はその謎の現象を聞こうと思いつくが、よく考えてみると何だかまた蹴られる気がしたためやめるのだった。
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「すまん、お待たせ」
「必要なことだ。問題ない。だが、用が済んだなら早く出るぞ」
待っていた二人に声をかけると、竜次は一言言って先程の魔法陣を目指し歩き始めた。何やら少し早歩きだ。
将斗は頷いてついて行こうとするが、ふと足を止めた。
「どうしたにゃ?」
「こう見ると結構いい造りしててさ」
「何がにゃ?」
「この空間」
将斗は大聖堂を見回した。
天井は大穴が空いていて、死闘の末にひびが入り、崩壊している場所もあるが、残った部分だけでも細かく作り込まれていて、何度見ても壮大で、神聖さを感じさせてくれる。
このような建造物は元の世界でも日本とは違う、ヨーロッパやそういう地方の名のある教会ぐらいでしか見れないだろう。
「海外旅行とか行ったことないから、こういうとこ行ったり見る機会あんまなくてさ。今のうちに堪能しとこうかと」
「ふぅん。でも、主がいなくなった後ダンジョンは崩壊するから、あんまりのんびりしてると生き埋めになるにゃ」
「すぐ出よっか」
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魔法陣に乗ると視界が一瞬で切り替わり、まず赤い空が目に入った。
その次に並び立つ木々。
どうやら外に出たようだ。
将斗は今の移動の感触が、神様が異世界に送ってくれる時のそれに似ていて味気なく感じた。
「もうちょっとこう、異世界なんだから黒い球のアレみたいな移動の感じでできないのか……てか、もう夕方じゃね。二日目はっや」
「うーん! 久々の外にゃーー!!」
隣の猫耳娘は伸びをしていた。
思い切り反らされた彼女の健康的な肉体は、夕日に照らされ、将斗の目には扇情的に映る。
将斗は変な気を起こすまいと竜次の方を見た。
「――? なんだ?」
「ちょっと中和を」
疑問符を浮かべる竜次。
いいからいいからと将斗は彼を宥めると、
――その時、足元の奥の方から低い音が響いてきた。
その音は数秒間響いた後、静かになった。
「何だ今の」
「ダンジョンが崩れたんだにゃ」
「マジで崩れるんだな。こわ……」
もう少し大聖堂を見続けていたら――そんなことを考え身を震わせる。
「ん? なぁ、俺たちが主と戦ってるってことを知らずに、上層とか中層に入ってた人がいたらどうなるんだ?」
「そりゃ生き埋めにゃ」
「えぇ?! いいのか、もしかしたら人が中に」
「そこは問題ないにゃ。ちゃんと入る前に立ち入り禁止の看板を立てておいたからにゃ! ほら!」
タマが自信満々に振り向くと、岩の壁がありその一部に大きな穴があった。
穴の奥は岩で塞がれていて奥は見えない。
ちなみに穴以外は何もなかった。
「あ、あれ?」
「あれってダンジョンの入り口的な?」
「そ、そうにゃ。あれが入り口で、この辺に……」
タマが何かを探している。おそらくは看板なのだろうが、それらしきものは一切見当たらない。
将斗も一緒にあたりを見回すが、やはり何も
「ん?」
将斗の足元に何かがある。
木の破片のようなものだが、一部表面が人の手が入ったようにつるつるしている。
それを拾い上げると、その滑らかな表面に太い赤い線が何本か引かれていた。
「なぁ、これ――」
「ん? にゃーーーー!!!」
タマが尻尾を立てて飛び上がった。
彼女は将斗から破片を奪い取ると近くでそれをまじまじと観察し
「こっ! これ! ミーが作った看板にゃ! 何でこんな……って将斗! 足元!」
彼女が将斗の足元を何度も指を差す。
さっきは気づかなかったが、よく見ると木の破片が散らばっている。
材質はどれも、今拾い上げたものと全く同じだった。
「ミーがせっかく作った看板が……!」
「えぇ、俺がわるい感じか?! す、すまん」
「いいにゃ……元々人が来ないように立てただけだし。もうダンジョンがないから必要ないにゃ……」
「落ち込み様がつらい。ごめんて」
よほどの力作だったのか、地に手をついて落ち込んでいる。
ワープさせた魔法陣が悪いのだが、将斗は一応謝っておいた。
「おい。そいつが壊したわけじゃなさそうだぞ、こっちにも破片がある」
「うぇ……? ほ、ほんとにゃ」
竜次が木の破片を軽く投げてきた。
全員が人間二人分くらいは離れているため、踏み潰して壊したにしては飛び散りすぎだ。
よく見ればタマの足元にも破片が落ちている。
「大体この辺に人が来ること自体が少ねぇ。大方そこらへんの獣か、上層から出た魔物がやったんだ」
竜次はタマの腕を掴んで立たせると、コートのほこりを払いながら
「壊れたもんはもうしょうがねぇだろ。それよりさっさと行くぞ。村に着く前に日が暮れる。流石にこの森だけでも抜けとかねぇとマズい」
「うぅ……力作だったのに……」
「行くぞ」
「分かったにゃぁ」
スタスタと歩き始める竜次に対し、やけくそ気味に返事をして、とぼとぼと歩き始めるタマ。
「看板壊す獣いるの普通に怖くねぇ?」
震えつつそう呟く。
2人はもう歩き出していて、ララは寝ていたので、その呟きに返事はない。
この場所は夕日がまだある時間だが、木々が光を遮って暗くしているので異様な雰囲気がある。
暗いところは苦手な将斗は、流石に置いていかれると困るため歩きはじめるが
「――?」
少し進んで足元に目を落として立ち止まった。
足元には少しだけ窪んだ地面があった。
スポーツのハーフパイプのように丸く削り取られているのだが、謎の模様がある。
「タイヤ痕……?」
そう、タイヤ痕。
丸い面に一定間隔で同じ波々の模様がついている。どっからどう見てもタイヤ痕だ。
それはワープ直後の将斗が立っていた場所に一直線に伸びていた。
先に行くにつれて薄くなっているが、曲がったりしなかったのなら洞窟の中に入っている筈だ。
「バイクかなんかだよな。あっ! そいつが看板ぶっ壊したとか……?」
バイクが走って看板に突っ込んだ。そう考えれば飛び散った破片も、タイヤ痕の説明もつく。
「まぁ異世界にバイクはねぇか」
しかし、ここは異世界だ。
バイクなどあるわけがない。
「となると――」
「おーい竜次が置いてくって言ってるにゃー」
「んぇ? おおお嘘だろ?! マジで置いてってやがるあいつら! 俺がララ背負ってんの忘れてんのかちくしょう!」
なんと二人とだいぶ距離が離れてしまっていた。
「もってくれよ俺の足!」
全くない脚力に無理言わせ、将斗は二人を追いかけた。
赤い夕日は、ゆっくり地平線の彼方に沈んでいった。