第5.5話/ep.1514.5
「ごめんね」
女性はそう告げてくる。
手を伸ばして引き留めようとした。
しかし、体が動かない。
そうしている間に奥から闇が広がってきた。
女性を飲み込んだ。
叫ぼうにも声が出ない。
やがて自分も闇に飲み込まれた。
黒い世界が広がっている。
何もなかった。
しかし、その何もない世界で、何者かが笑う声が聞こえてきた。
それは次第に大きくなり、何に笑っているのか理解できてきた。
自分のことを笑っている。
――やめろ
笑い声が近づいてくる。
――やめろ
何者かが背後から手を回してきた。
耳元でその者が囁く。
――――――――――。
「……っ黙れ!」
目に入ったのは緑色に照らされた岩だらけの天井。
「…………クソ」
白峰竜次は体を起こして、偽物の右腕で額を押さえた。
軽い頭痛がしている。
金属に近い素材でできたこの義手は、洞窟の冷気に冷やされたおかげで、頭を冷やすのにちょうど良いツールになっている。
しかし目覚めの悪さを取り払ってくれるほどのものではなかった。
「何が………だ」
歯を食いしばって、『あの存在』に怒りを込めて呟く。
「黙って見てろ。死人が」
眼帯のない右目で真っ直ぐ前を睨みつける。
「俺は、絶対にてめえらの思い通りには――」
――そこまで言ったその時、枝が折れる音がした。
洞窟内に枝はない。異変だと察して、竜次はすぐに振り向いた。
「あっ、わ、悪い。カフェインで寝れんくて……」
将斗が中腰で、申し訳なさそうに立っていた。
焚き火に使う予定で置いてあった枝を踏んだのだろう。
「あの……あれだ。違うからな。聞いてないから。うん、聞いてない。俺もう寝るんで、気にせず続けていいから」
そう言ってテントに入って行った。
どういう意味だろうか。
「…………………」
数秒考えて、竜次は何となくわかってしまった。
眼帯。コート。あらゆる部位にまかれた包帯。
自分の格好は『そう言う年頃の男子』が憧れるような格好に酷似していることを知っている。
だが理由あってこの姿をしているのだから仕方がない。
というよりこの世界ではむしろこの格好が普通だ。
だが将斗は違う。
竜次と同じ前の世界を知っている。
今、竜次はまさに『その類の人』の格好をしている者なのだ。
加えて竜次はさっきまでその義手で顔を抑えて、割と大きめな声で独り言を呟いていた。
『そういう風』に、彼の目に映った可能性が高い。
「聞いてない」と言ったのはおそらく彼なりのフォロー。
「………ハァァ」
今までにないくらい特大のため息を吐いて、竜次は再び横になった。