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スキル返してもらいます!!  作者: 味噌煮
第2章
34/57

第5話 異世界肉/ep.1514 予定変更

――グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!


「どけ」


――カッ……………………………


 地響きを立ててライオンのような見た目の巨獣が地に伏した。

 1秒前まではあんな大声を上げるほど元気だったのだが、可哀想に。


 死体の横を過ぎる際、その胴体がライオンらしくなく、足には蹄があり、さらに尻尾が蛇になっていたことを確認して、ようやくそれが神話に出てくる『キマイラ』ににいていることに気づく。

 ケルベロスがいたのだ。キマイラだっているのだろう。


「うーん、神話で聞いたモンスターが、こんなあっさり倒されると……なんだかなぁ」

「そうか。だったらお前がやるか?」


 苦笑ついでに零した言葉に、竜次が睨みつけてくる。

 こちらに危険が及ばないように倒してもらっているわけであって、今の言葉は失言すぎる。


「あああごめん無理無理無理」

「だろうな」


 即答された。

 

「……ハァーン? 久々にキレちまったよ。舐めすぎだぞ俺のこと。俺だって全盛期の力があれば、今のやつにならかすり傷を与えるところまではいける」

「えぇ!? 将斗すごいにゃ」


 驚き、完全に信じ込んで「どうやるにゃ」「教えるにゃ」と聞いてくるタマとは真逆で、竜次は興味なさそうな目をしていた。


「全盛期? お前まだ二十歳くらいだろ。いつの話をしてんだ」

「昨日」

「くだらん」

「マジなのに」


 マジだ。


「……うるさい」

「うっ……!」


 突如襲いくる脇腹への激痛。

 痛みをもたらした主は背中で再び寝息を立て始めた。


「ララさん。あの、もう少し弱めに、ってもう聞いてねぇのか……」


 白い髪に白い肌と、白が特徴的な謎の少女ララ。

 彼女からの直々のご指名とあって、移動時は将斗が背負うことになっている。

 寝ているだけなら可愛いのだが、この少女は生身で化け物たちと対等に渡り合うことができる。なので、それが背中にいるのは少々落ち着かない。

 

「なんか俺への当たりが徐々にキツくなってきている気がする」

「うーん、ただ単に舐められてるだけだと思うにゃ」

「幼女に舐められてるんじゃ終わりなんだよ男として……悪い気はしないけど」

「えぇ、キモい……」

「おいおいせめて「にゃ」をつけてくれ。ガチっぽくて泣きそうになる」

「ごめん、ガチだからつけてない」 


 泣いた。



***********************************



 将斗ら一行は歩き続けているが、景色は変わることがなく、どこまで行っても岩だらけで緑色が続く。

 そうして数時間後――


「ハァ……ハァ……」

「代わろうかにゃ?」

「ハン……全然……余裕だし……」

「そうは見えんにゃ」


 将斗の足腰に限界がきていた。

 ただでさえ運動をしてこなかった人間だ。

 長時間歩き続けただけでも根性があると認めてもらいたいレベル。

 その上でさらに少女一人を背負っているのだ。当たり前だが負担は増す。

 しかも足場も悪いので転ばないようにするために神経を使う。精神的にも疲れるのだ。

 これは賞をもらっていいレベルだ。と、将斗は自分を褒めることで折れそうな心を応援してなんとか足を前に進める。


 すると竜次が急に足を止めた。

 将斗は疲れで前傾姿勢になっていたため、それに気づかず頭からぶつかった。


「いっ! すまん……前見てなかった」


 竜次は微動だにしていなかった。

 彼は一度ため息をついた。


「命拾いしたな」


 竜次はゆっくり振り返ってそう言う。

 無表情だった。将斗からは怒っているように見えた。


「あああああごめん! 不注意、俺の! 勘弁してください! 本当にすまん! 今度からは――」

「あ? 勘違いするな」


 そう言って竜次が親指を立てて後ろに向けた。

 何か分からず、将斗は竜次の横に立ってみると


「うっわ……」


 竜次が立っていた場所、そこから先が『無かった』。


 覗き込むが、底は暗くなっていて見えない。

 進んでいた洞窟が急に縦になったという具合で、真っ直ぐ下に伸びている。

 もし竜次にぶつからなかった場合……それを考えて、将斗は顔を青ざめさせた。


「あっ! なーんだ、やっと着いたんだにゃ。将斗、もう一息にゃ。あとはここを降りれば『下層』に着くんだにゃ」

「『下層』? ここを降りるってまさか、飛び降りるとか言わないよな」

「あれにゃ」


 よく見るとこの大空洞の壁には人が通れそうな道があるのが見える。

 それはぐるぐると円を描きながら、下まで伸びていた。

 傾斜がある分、今まで以上に体力が削られるだろう。

 将斗は苦笑した。


 そんな将斗を竜次が黙って見ていた。 


「……今日は下層には行かねぇ。ここで休む」

「え? 今日中に下層に行くって話だったにゃ」

「気が変わった」


 タマは納得のいっていない様子で首を傾げていたが「わかったにゃ」と言って洞窟の隅へ歩き出した。リュックを漁りながら歩いているので何か準備があるのだろう。

 竜次もそれに着いて行った。

 将斗は「助かった」と独り言を漏らしながら、二人のもとに向かった。



************************************



 将斗ら一行は、キャンプを始めていた。

 椅子やテントまであるという準備の良さ。しかし、タマのリュックは確かに大きいが、どこに入っていたんだというくらい大きいテントだ。

 その上でまだ発明品がたくさん入っているというので、興味本位で中を覗いていいか聞くと、あれはタマがうまい具合に詰め込んでいるから入り切っているだけであって、素人が触ると爆発するからやめたほうがいいとのこと。

 

 ちなみに今はタマが夕飯作っているところだ。

 

「はい、できたにゃ」

「おおおお! 漫画で見るやつ!」


 将斗の下にきたそれは、太い骨の中間に巨大な肉がつけた状態で豪快に焼いたもの。いわゆるマンガ肉だ。骨にくっついた肉を削ぎ落として成型したではなく、一度肉を捏ねてから骨に巻き付けて焼いたらしい。ハンバーグに骨を刺しているようなものだ。

 肉汁が滴り、香ばしい匂いを放つそれに、将斗の腹の虫が大きく鳴き出す。


 ちなみにこの肉は先程のキマイラから取ったものだ。

 焚き火を焚き始めた時に、竜次が走って取りにもどっていた。自分の何倍もある物を片手で引きずってくるその様に、将斗は憧れのようなものを抱いた。


 全員にマンガ肉が行き渡り、寝ていたララを起こしたところで、手を合わせた。


「「「いただきます」」」


 三人がそう言っている間に、ララは思いっきりむしゃぶりついていた。

 口の端に大量に肉汁をつけているのを見ると、まだまだ子供だと温かい気持ちになってしまう。

 化け物と戦っていた光景は夢だったことにして頭の隅に追いやっておいた。


 将斗は他の二人も食べ始めているのを見てから、一口齧り付いた。


「んんっ?!」

 

 将斗は思わず唸った。初体験となる異世界の獣の肉。一口かじった瞬間に口の中いっぱいに広がる濃厚な


――血の味。


 独特の臭みとえぐみが合わさって、最悪のハーモニーを奏でている。


――アルティメットマズい


 あまりのマズさに聞いたことのない単語を脳内で誕生させた。


 捏ねられて小さくなっているはずなのに、全く噛みきれない肉片を、ひたすら口の中で転がし続ける。

 臭くて耐えられないが、出すわけにもいかない。だからすぐにでも飲み込んでしまいたいが、この固形物はいくら噛んでもその形を保っていて、飲み込もうにも飲み込めない。

 もはやガム。


――どうするこれ。全部食うのは100%無理。でもな……

 

 将斗は臭いのを我慢して噛み続けながら考えた。

 一応これは出されたものだ。将斗は出されたものは完食するべしと親父に散々言われているため、残すのはありえないという考えが身に付いている。

 その上、今日の将斗は守ってもらっている癖に、特に何の役にも立っていない。そんな男が「これ臭くて食べられません」などと言えるだろうか。いや、言えない。


――残すのは無理だ。でも食うのも無理だ……


「……っ」


 一瞬嗚咽しそうになるのを堪えるために、肉に齧りつく。異世界肉は相変わらず最悪の味だ。

 将斗はもうとにかく吐きそうになっていることだけは、バレてはいけないと必死だった。

 しかし体が完全に肉を拒否しており、顎に肉を噛みちぎるほどの力が入れることができない。

 将斗は一旦息を整えようと肉に齧り付いたまま口の端で息を吸って吐いた。


 すると――


「ハァ……おい」

「え? あっ!」


 ため息をつきながら竜次が横から将斗の肉を奪い取り、投げた。

 すると、いつの間にか自分の分を食べ終わっていたララがそれを片手でキャッチすると、すぐに食べ始めた。


「こんな場所で食えるもんに対して味を気にする奴がいるか。甘いんだよ考えが。飯が食えてるだけでもありがたいと思え」

「ご、ごめん」

「お腹が空いたから動けません。なんて言われても俺は知らねぇからな」

「……ごめん」


 竜次に怒られ、将斗は反省した。

 長いこと歩いてきたのだ。戻るのにも時間はかかる。つまり物資の調達は簡単じゃない。

 そんな中で食事を取れるのはありがたいことなのだ。


 竜次は厳しく言うのは経験があるからなのだろう。

 将斗は、もう一度我慢して食べようララの方を見るが、もう完食してしまっていた。その小さい体のどこに入っていったのか。

 これはもう飯抜きで行くしかないと思い始めたその時、将斗の胸に何かが飛んできた。

 見るとそれは小さな袋。

 開けると中には謎の硬い肉が入っていた。


 これを投げたのは竜次だ。


「これは?」

「元の世界ではビーフジャーキーって呼ばれてたやつだ。量は少ねぇが味は良い。腹の足しにはなるだろ」


 そういうと竜次は黙々と肉を食べ始めた。

 彼なりの気遣いなのだろう。

 将斗が肉の味に耐えられないことを悟ってくれたのだ。

 

 最初から連れて行ってくれる予定だった件といい今回の件といい。彼は冷徹そうな仮面をつけているが、その裏には温かい心が隠されているようだ。

 そこで将斗は思考をフル回転させ謝辞としての最適解を紡ぎ出す。

 

「え、好き」

「気っ色悪りぃ」

「竜次は渡さんにゃ」


 竜次は体の向きを変えてしまった。

 あとタマが威嚇をしてくるようになった。

 

 

***********************************



 食後のコーヒーを飲みながら、将斗はタマと話していた。

 他の二人は寝ている。と言っても竜次の方は目は開いている。何かを考えているのだろうか。


 現在、将斗とタマは、キャンプ前に将斗が聞いた『下層』と言う言葉について話していた。

 この世界には一週間滞在するだけだが、聞けることは聞ける時に聞いておいたほうがいい。と、将斗は考え、質問攻めを敢行していた。


「この世界にはダンジョンって呼ばれてる魔物がたくさん生まれる洞窟があるにゃ。ここはその一つの『憂鬱の魔窟』ってとこにゃ」


 タマは焚き火を見て、火の動きに合わせるように尻尾をゆらゆら揺らしながら話し続けた。


「ダンジョンは基本『上層』『中層』『下層』の三つに分かれてて、下に行くにつれて魔物も強くなる傾向があるにゃ。将斗と出会って歩いてきた場所は中層だったのにゃ」

「んじゃあ、あそこから下に降りると今まで以上にヤバめな魔物が出てくるってことか」

「そゆこと。そして『下層』の一番奥に『ぬし』がいるにゃ。そいつは『下層』の奴らとは比較にならないくらい強い魔物なのにゃ」

「今まで以上のさらに上って想像つかねぇな。そんな奴らをわざわざ倒しにくる理由は?」

「ダンジョンを閉じるためにゃ」

「?」


 将斗はわからないので首を傾げながら、コーヒーを啜った。

 

「ダンジョンっていうのは、『主』がより強いものを喰らうために作り上げた調理場みたいなとこなのにゃ。だから主を倒すとダンジョンが閉じるのにゃ」


――管理人みたいなもんか


「主はまず三つの層に魔物を生み出す。そして互いを『食わせる』。争いを勝ち抜き、より下へ下へと降りて行って、強さの頂点に立った優秀な個体を最後に主が喰らう。そういう作りになっているのにゃ」 

「へぇ。でも、なんか回りくどいような……強いのを食べるとなんかいいことでもあるのか?」

「さあ?」

「さあ? なのかよ」

「魔物の考えてることなんか知らんにゃ」

「そ、そう……」


 一旦区切りなのか、タマがコーヒーのおかわりはいるか?とコップを振って問いかけてきた。

 まだ結構残っているので、将斗は断った。


「それで、閉じる理由についてなんだけど。魔物が外に出てくるのを防ぐためにゃ」

「ほう」

「出てくると言っても上層の個体だけなんだけど。ほら、ダンジョンって三つの層に分かれてるって言ったよね。その各層の魔物が増えてくると、やがてその層の弱い個体は生き残るために上の層に上がってくるのにゃ。上の層にはもっと弱い魔物がいるから」

「つまり……下層の弱い奴は中層。中層の弱い奴は上層。んで上層の弱い奴が外に出てきちゃうと」

「そういうことにゃ。そうなったら周辺の村とか街が大変なことになるにゃ。今回は交流がある村が近くにあるから、こうして出向いたのにゃ。ちなみにもちろん無報酬。かっこいいでしょ〜?」

「かっけ〜」

「微塵も思ってない顔しないでにゃ」


 言わなければ心の底から尊敬していたのだが、自分から言ってこられると流石にかっこよさが半減するものだ。


「『主』ねぇ……」


 一言呟いてビーフジャーキーを噛みちぎる。


 今まで会って瞬殺された魔物たちはあくまで中層の魔物。それ以上の下層の魔物。そしてそれまたそれ以上の『主』。果たしてどれほどの強さなのか。

 もしかすれば竜次でも苦戦するほどの相手なのではと、将斗は少し不安を覚えた。


「流石に勝てる見込みがあるから来たんだよな?」

「何にゃ? 竜次が負けるとか思ってるにゃ?」

「まあ、主がどんくらい強いかわかんないし。万が一があったりすんのかなって思うわけじゃん?」

「ないない。まだ竜次は本気すら出してないにゃ。それに本当にピンチの時は魔人の力があるから何とかなるにゃ」

「あぁ、魔人ってあれだよな。七大罪ってやつ」


 ――七大罪。神が言っていたこの世界を支配していた七人の魔人のことだ。


「そうにゃ。今あの七人のうち五人の力が竜次に宿ってるにゃ。まあ、あの力使えば大抵何とかなるにゃ」

「いや残りの二人どこ行ったよ」

「一人は武器に宿ってるからミーのカバンの奥底に突っ込んであるにゃ」

「扱い方」

「もう一人は」

「……呼んだ?」


 可愛らしい声が聞こえてそちらを見ると、焚き火の向こうにララが立っていた。

 その姿は――


「ひゅっ……」


 将斗は思わず引いた。本当に驚いた時、人は息を吸う音が出るようだ。

 

 焚き火に照らされたララは、真っ赤に染まっていた。あと何かの骨を持っている。

 白い髪が見る影もなく真っ赤。火で照らされて赤いのではない。赤い液状のものが付着しているから赤いのだ。

 匂いからして血だ。


「そ……なに……え?」

「あーあ、またそんなに汚して。洗うの誰だと思ってるにゃ」

「そんな軽く流せるシーンじゃなくない?」


 タマがワーワーいいながらララの服を取り替えにかかる。

 子供とはいえ、女の子なので将斗は別の方向を向いて咀嚼途中のビーフジャーキーに集中した。

 ついでに黒い液体をすすりながら、なぜララが真っ赤に染まっていたのかを考えた。


「ん……」

「ん? おいおいおいおいおいおい」


 服の端を引っ張られた気がして、そこを見ると、ララが素っ裸で立っていた。


「かかかっ隠そう。隠そうな? 見えていいのか微妙なラインのお年頃っぽいからとりあえず隠しておこうな? な?」


 突き出した両手をうまいこと彼女の恥部が見えないように構える。

 真っ白いお腹が見えているから意味がない。ので、将斗は最終的に顔を逸らした。仕方のないことだ。彼はピュアなのだ。


「将斗、取り乱しすぎにゃ。相手は子供にゃ」

「何言ってんだ。訴えられたら負けるのは俺なんだよ。回避できるものは回避しなければ」

「どーこに気を遣ってんのにゃ」


 動けなくなっている将斗に呆れながら、タマがしゃがんでララに話しかける。


「ほら、ララご飯が終わったんだから服着るにゃ。風邪ひくにゃ」

「やーだ……」

「もー。何が不満にゃ」

「……おなかすいた」

「にゃ……」


 その一言でタマの尻尾がピンと立ったのを将斗は見た。

 タマは笑ってはいるが、青ざめている。


「ちょ、ちょちょっと待つにゃ。今すぐご飯を」


 タマが慌てた様子でリュックからあれこれ放り出しながら何かを探し出した。

 その様子を少し見てから、ララが将斗の方を向いてきた。


 赤い瞳でじっと見上げてくるので、髪に血がついたままとはいえ、小動物的な可愛さを受け取ってしまい、将斗はしゃがんで目線を合わせてあげた。

 ちなみに手のひらを目の下にセットすることで裸を見えないようにしている。将斗なりの紳士的対応だ。


「どうしたの?」

「お腹すいた」


 ララが手を差し出してくる。

 彼女が見つめる先にはビーフジャーキーがあった。

 「ああ、なるほど」と将斗は袋から一枚取り出すと、彼女の小さい手へ持っていく。


 視界の端のタマがこちらを二度見したのが見えた。


「あっ?! 将斗ダメにゃ! 今その子に触っちゃ――」

「いただきます」


 タマの言葉に嫌な予感がしたと同時に、将斗の手がララに掴まれる。

 すると、将斗の手がララの手に()()()()()


「……えっ?」

 

 目の錯覚ではない。

 沈んでいく。表現として類似するものがあるとすれば沼。

 彼女の手に将斗の手が吸い込まれていっているのだ。


「は? なになになになに?」

「あああああやばいにゃ! 将斗! その子が最後の一人。『暴食』の魔人なのにゃ!」

「いいいい意味わからん! ドユコト? 言ってることやばそうなんだけど!? って力つよっ?! 持ってかれる! やばい! 結構やばい!」


 いくら引いてもびくともしない。

 ララの爛々と赤く輝く瞳がこちらを捉えて離さない。

 捕食対象にされている。と、感覚的に悟った。

 生暖かい感覚が右腕を包んでいく。これが幼女の体温か。


 駆けつけたタマが反対の腕を引っ張りだす。


「将斗気張るにゃ! その子は全身捕食器官なの! 吸い込まれたら終わりにゃ! っていうか、お腹が空いてるときに不用意に近寄ったらダメにゃ!」

「先に言ってくれ! あああああやばいですピンチです! 首が! 首が!」


 もう肩まで幼女の体に浸かっている。首ももう吸い込まれ始めている。

 はたから見たら幼女に抱きついている変態だ。


「ララ! 落ち着くにゃ! ご飯用意するから将斗を食べるのだけはやめるにゃ! 食べても美味しくないにゃ!」

「え、それ俺が言うやつじゃね」

「どこを気にしてんのにゃ!」


 そうこうしている間にも体はどんどん沈み込んでいく。

 明らかに手は貫通しているはずなのだが、ララの体の向こう側に自分の手は見えない。この少女の体の中にはとんでもなく広い空間があるのだろう。理解できないがそう仮定するしかない。


「ララさん?! ララさん聞いてる?! ちょっと話し合わない? まだ話せばわかると思うんだよ! 聞いて! お願いします聞いてください!」


 将斗のその声が届いたのか、黙っていたララがついに口を開いた。


「……美味」

「はあああああああああ!? どっか食われたぞこれ! どこだ?! 感覚ないんだけど! こわい! 幼女に食われて死にたくない! 助けて! 助けて竜次!」


 その声に、奥で寝ていた竜次がだるそうに上体を起こした。


「ハァ……なにを騒いでんだバ…………カ共がなにしてんだ! バカ猫! さっきのライオンもどきの肉はどうした!」

「いいいつの間にか全部食われてたにゃ!」


 ララが持っていた骨はさっきのキマイラのものだ。

 夕飯時に用意されていたキマイラの肉は胴体のほんの一部。

 だからまだ原型を保つ程度には残っていたのだ。

 だがそれが置かれていた場所に今は、骨しか残っていない。

 

 食べたのは他でもなく――ララだ。 


「クソッ! 今から一匹とってくるから耐えてろ!」


 竜次が走り出す。

 そのスピードは中層の魔物と戦っている時には見られない速度だった。急いでくれてるのだと、将斗は顔を半分沈めた状態で感謝した。


 ――将斗が助け出されたのは約十五分後。

 全身くまなくチェックしたがどこも欠けていなかった。内臓だけ取られた可能性を考えそうになったが確認しようもないのでやめた。

 被害としてはビーフジャーキーが全部なくなっていたことくらいだ。


 事件の犯人は満足したのかぐっすり寝ていた。寝ているだけなら可愛いものだ。

一旦落ち着いた所で竜次にどういう流れでそうなったのかを説明した。彼はため息を吐いてから「もう寝ろ!」と一喝。流石に苛立っている。将斗とタマは大人しく寝床につくのだった。



 タマの出した寝袋の中で将斗はテントの天井を見ながらあることを思い返していた。

 下層は中層よりも強い魔物が出る話だ。

 どうしてそう仕組みなのか。どうして主なんてものがいるのか。などと色々な疑問が浮かぶが、そういう世界だと大雑把に受け取って考えるのをやめた。

 兎にも角にも明日からは今まで以上に大変な旅になるということだ。

 そう考えると休息は取れる時に取るべきだ。そう思い将斗は目を瞑った。



 


 

「寝れん」


 コーヒーを飲みすぎた。

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