第4話 良く言えば後衛/ep.1513 中層の攻略
「何これ?」
将斗は地面に座って、目の前で低い音を鳴らし続ける機械を見てそう言った。
「キレミラントっていう豆にゃ。ちょっとした酸味と、あと果物みたいな風味が特徴で――」
「いや豆の種類じゃなくて。この機械そのものについて聞いてるんだけど」
困惑する将斗を尻目にタマは鼻歌を口ずさみながら、地面に置いた大きなリュックを漁っていた。
ホットパンツを履いているため、将斗はお尻を向けられた途端目をそらそうとした。のだが、パンツに穴が空いていてそこから尻尾が伸びていたため、物珍しさからつい凝視してしまう。
タマはリュックの奥底まで手を突っ込んでコップを二つ取り出したかと思うと、将斗の目の前に置いた。
「コーヒーメーカー……だよな。これ」
「知ってるなら聞かなくてもいいと思うにゃ」
「知ってるから聞いたんだけど?!」
驚く将斗の目の前の『それ』はどう見てもコーヒーメーカーだった。
漆黒で統一されたデザイン。コップに直接注ぐのではなく、コーヒーサーバーがついているタイプだ。家電量販店の一角に置かれていてもおかしくない見た目だった。
最初にタマが豆を直接入れていた。つまり豆を挽くところから始めるものらしい。
やがて少しずつ黒い液体がサーバーに注がれ始めた。その香りはやはりコーヒーそのものだった。
ある程度の量を放出したその機械は動作を停止し、タマは先ほど置いたコップにコーヒーを注ぎ始めた。
「なんでこんな……何? 意味わかんないんだけど。何で?」
「何言ってるか分からないから落ち着くにゃ。はい、コーヒーどうぞにゃ」
「あ、どうも……うん美味い。じゃねぇよ。なんでコーヒーメーカーが異世界にあるんだよ」
何も入れていなかったのでブラックのはずだが、なんなく飲めるほどスッキリした味わい。確かにフルーツの風味があって、苦いものが苦手な将斗でもなんなく飲めた。
そのコーヒーを作り出したその機械は、とても滑らかなフォルムをしている。元の世界から持ってきたんじゃないかと疑うほどに。
「あるとダメなのかにゃ?」
「いやまあ、ダメとは言わんが。なんであんの?」
「前にリュージに教えてもらって、ミーがその通りに作ったからにゃ」
「なるほ……え、これ手作り? 嘘だろ?」
「ふふん、驚くことなかれにゃ。ミーは手先が器用だからこういう複雑な機械を作るのは朝飯前なのにゃ。昨日の嘘発見機だってミーが作ったんだからね!」
タマは自慢げに目を閉じ、腰に手を当てその慎ましやかな胸を張った。
「すげぇな……」
将斗は感心して再度コーヒーメーカーを見た。
やはり何度見ても市販されているものと相違ない。
将斗は異世界の技術力なんて中世あたりで止まっているだろうと勝手に思っていた。電気さえないとも思っていたのだが、考えを改める必要がありそうだ。
「なんだったら他のも見せてあげるにゃ!」
そう言ってタマがリュックの方に向かう。
タマはこのように、褒められて自慢げになったりと感情豊かで見ている人を飽きさせない。洞窟を進んでいく中で気さくに話しかけてくれるので、女性が若干苦手な将斗でもすぐに打ち解けることができた。
「どーれーにーしーよーうーかーーーなっ!」
――にゃ、じゃねえのか
心の中でツッコミを入れた、その時――
「うおっ?!」
洞窟全体が大きく揺れた。
慌てて近くの岩にしがみつき、天井から落ちてくる石ころから身を守る。
振動が収まると、二人は遮蔽物として利用していた岩の上から顔を覗かせた。
――2人の視線の先、その奥で、リュージとララが彼らの何倍も大きい体を持つサソリの化け物と戦っていた。
濃い紫の甲殻を持ち、あらゆるものを砕かんとする大顎。紫色の液体を垂れ流し鋭利に尖った尻尾。何かの肉片がこびり付いたままの大鋏。
その姿は将斗へ、ここが異世界だと実感させてくれる。
尻尾から発射される紫色の液体。それを避け、竜次が拳を大サソリの背中に見舞う。
しかし大サソリの甲殻は簡単にはその攻撃を通さなかった。
舌打ちをし、一度距離を取ろうと飛び退く竜次を鋭利な尻尾が捉える。
数秒前に避けた毒液はその奥で洞窟の壁を煙を上げながら溶かしていた。
もう一度それが来る。
食らえばひとたまりもない。
尾が振動し始め、先端が膨らみ――
その時、ララが横方向から一瞬で詰め寄り、尻尾の先端を蹴り飛ばした。
無理矢理方向を変えられた尻尾は、根本が捩じ折られ紫色の体液を垂れ流しながら倒れた。
ギィィィィィと甲高い不快な叫び声を上げる大サソリ。
怯んだ隙を見逃さず、二人がサソリに迫る――
その光景を見て二人はほぼ同時にコーヒーを啜った。
そして一息……
「暇だな……」
「えぇ?! 言っちゃった! 失礼すぎるにゃ!」
暇だった。
そう言う言葉も出てしまうほどに、この四人の旅はずっとこの調子だった。
この洞窟は人間なんて簡単に踏み潰せるレベルの怪物がひっきりなしに現れる。一つ目の化け物から、何本もの触手を持つ者、全身が刃のような狂気を携えた者から何から何まで。そのどれもがこちらを獲物として捉え襲いかかってくる。
が、それらは全て竜次の敵ではなかった。
理由として単純に竜次が強すぎる。
白峰竜次は武器を使わず拳と蹴りだけで戦う。字面では大したことなさそうだが、その一撃一撃の威力が凄まじい。
岩だらけの体を持つ化け物に、竜次が出会い頭に一撃入れて風穴を開けた時は度肝を抜かれたものだ。
本当に同じ人間だったのかどうか疑わしいほどに強い。
加えてララも強い。
基本的に攻撃方法は蹴りのみ。こちらもその威力は自分の何倍もあるものを蹴り飛ばせるほどにある。しかし強くても見た目は子供。将斗は送り出すときには毎回心配してしまうが、その体の小ささを活かした身軽な動きで攻撃を避けるので杞憂に終わる。
よって戦うのは竜次とララの二人だけだ。
その間、戦力にならない組のタマと将斗は後方で隠れて待っているだけになっている。
良く言えば後衛。悪く言えば金魚のフン。
神様がスキルをリセットしなければ、まだ何かできたかもしれない。しかし連絡手段がない以上、今更どうこう言えるわけがない。将斗は大人しく待つことを選んだ。
その将斗は最初こそ竜次達の戦いにハラハラしつつ、目を輝かせながら見ていたものの、ほぼ毎回苦戦せずに涼しい顔して帰ってくるので……正直飽きてきていた。
どうせ勝つだろ。という具合に。
現れる怪物には、毎回叫んだり、尻餅をついたりしていたが今では、「ああ、こいつも倒されるんだな可哀想に」としか思わなくなってきていた。
守られている側としては最低の考え方だが、実際暇なのだ。
そんな心持ちなので戦っている二人を尻目にコーヒーブレイクができてしまう。
「俺も戦えればなぁ」
「無理無理。将斗強そうじゃないし」
「それな」
確かに俺戦えないしな、とコーヒーを一口飲んだ時、将斗は1つあることを思い出した。
「……そうだ」
将斗は指を振った。
「どうしたにゃ?」
「俺にも戦えるチャンスあったわ。完全に忘れてた」
表示されたステータスウィンドウ。ステータス画面は相変わらず簡素な作りで落胆させられるが、それは無視してスキルのタブを押す。
画面上に二つのランダムと、回収が表示される。
隣からタマが覗き込んできていた。
「ランダム? 何それ?」
「ふっ、聞いて驚け。これはな、スキルに変化するスキルだ」
将斗は自慢げ言ってみせた。
前の世界で大活躍した『超強化』と『交換』のスキル。あの二つはこのスキルから生まれていた。
一度リセットされたことには納得いっていない将斗だが、新たな能力に目覚めることのできるこのワクワク感は意外と捨てたもんじゃない。と少し神を許した。
ここで強いスキルを出せば二人に加勢して、この暇を潰すことができる。
――何になるかは知らんけど、前使った時は強いの出たから期待できるしな
『超強化』はまあまあの性能だったのに対し、『交換』はいうなれば瞬間移動に近い性能を持っていた。
条件さえ合えばチート級の能力だったため、それが出せるこの『ランダム』には期待できる。
早速、将斗は意気揚々とランダムのスキルを押してみた。
スキルの画面に新たに二つのスキルが名を連ねた。
「おぉ、本当に変わったにゃ。不思議にゃ」
「凄いだろ? さてと……『狙撃手』と『受け身』か。どれどれ」
スキルの内容はこうだ。
『狙撃手 飛び道具の命中率が上がる 常時発動』
『受け身 受け身が取れる 常時発動』
「……なんだこのパッとしない感じは」
「……」
「『狙撃手』はいいとして、こっちは何だよ。受け身が取れるってなん――」
「将斗」
「ん?」
タマが深刻そうな顔をして将斗を見ていた。
「何……?」
「これは……ゴミスキルにゃ」
「え?」
「ゴミスキルにゃ」
将斗は一旦冷静になって言われた言葉を反芻した。
――ごみすきるにゃ。「にゃ」は語尾だよな。「すきる」はスキルのことだろうな。ごみ……? ごみってあの……ゴミですか? そうだよな。それしか無いよな。ってことはゴミみたいなスキルってことかなるほどなぁ……
「え、キレそうにゃ」
「それミーのモノマネならぶっ飛ばすにゃ」
そう言ってタマはリュックの中身を漁り出した。
「将斗はスキルのなんたるかをよくわかってなさそうだから教えてあげるけど……はいにゃ」
タマが何かを投げてきた。
将斗はカップを置いてうまいことキャッチすると
「うおっ。お前これ――」
銃だった。しかも近代的なタイプの。
将斗はそっち方面には詳しくないが、決して古くない形状だということだけは理解できた。
物騒な代物を持つ手に緊張が走る。走るが、銃にしては思っていたよりも軽い。
「知ってると思うけどエアガンにゃ」
「ああ、だから軽いのか」
異世界らしさが皆無だが、嘘発見機とコーヒーメーカーを見ているのでもはや突っ込みもしない。
これもどうせmade in タマだろうから。
「で? 何でこれを?」
「あそこを見るにゃ」
タマが指さした先には岩が並んでいて、その上に小さな石が乗っていた。
「あれを狙って撃ってみるにゃ」
「あの石を? なんで?」
「いいからいいから」
「?」
将斗は何だかわからないが銃を構えた。
構えたことがないので、とりあえず銃の先端についた突起を石に合わせる。
照準があっているであろうところで将斗は引き金を引いた。
バン!!
――圧。
肩へ腕を押しつけられるような衝撃を叩きつけられる。
その勢いで将斗は後ろへ倒れた。
「――っは?」
「ほら見るにゃ、石の下の方に」
「いやいやいや進むなよ。これエアガンじゃないよね?! 全然エアーじゃないよね?! 『エアじゃないガン』だよね!」
「何言ってるにゃ、エアガンにゃ。それより当たったところを見るにゃ」
「いやこれをエアガンとは言わん……」
将斗はエアガンだと油断していたところへ明らかに本物と相応レベルの衝撃を受けさせられたことを訴えたいが、タマが何度も指をさしているのでその方向を見た。
「当たってねぇのかよ」
石の少し下。岩に弾痕があった。さっきまではなかったので、これが将斗の撃った弾の着弾地点なのだろう。
岩に弾痕を残す時点でもうエアガンの領域を超えていることは置いておいて、石に当たっていないというのはおかしい。命中率が上がるという『狙撃手』のスキルはどうなっているのか。
「ここだけの話にゃんだけど、スキルの中には意味がなくなっちゃうものがあるにゃ。例えば〜、体を鍛えれば『筋力が上がるスキル』は意味ないにゃ。柔軟をし続ければ『体が柔らかくなるスキル』も意味がなくなるにゃ」
タマはそう言うとエアガンを渡すように手を伸ばしてきた。
「そこで将斗のスキルにゃんだけど。『狙撃手』のスキルじゃ今みたいにほんの少し着弾点が補正されるだけにゃ。将斗がもうちょっと慣れてたら当たってたかもしれにゃいけど。でも――」
そう言ってタマは受け取ったエアガンで、石の方を見向きもせずに片手で撃った。
向こうで石が弾け飛ぶのが見えた。
「マジか……」
ついそんな言葉を漏らす。
それはタマの射撃の腕前を称賛するものでもあり、同時に――
「こんな風に、銃は使い続ければ当たるようになるにゃ。だから最終的に『狙撃手』のスキルは意味がなくなる。『受け身』だって練習すれば何とかなるし……」
「……ゴミスキルじゃん」
「おおお落ち込みすぎにゃ! 悪かったにゃ! ゴミは言いすぎたにゃ。ハズレにゃ。ハズレスキルにゃ!」
「励ます気ないじゃん……」
つまり、将斗の3、4回目のスキルガチャは爆死に終わったようだ。
「んくそぅ、どうすんだ俺。結局戦力外が確定しただけじゃねぇか!」
将斗はわかりやすく地面に両手をついて項垂れた。
その肩にタマが手を乗せてくる。
「タマ……」
「わかるよその気持ち」
その目はとても優しかった。
「困ったことがあったら私にいうにゃ。いつでも力になるからね」
将斗は起き上がりタマと見つめ合う。
「タマ……!」
「将斗……!」
「タマ!」
「将斗!」
「タッ――」
「おい、バカと猫。終わったぞ」
竜次が帰ってきて可哀想なものを見る目で将斗を見ていた。
「……片付けるか」
「そうだにゃ」
そう、この熱い友情のようなシーンは茶番だ。
なんならもう今日だけで4回目になる。
そのくらい、することがないのだ。




