第2話 返済期限?
「定番の魔王は? なんですかその変な役目は。たったそれだけなんですか?」
「はい、スキルを取ってきてもらうだけです」
「な、なんで?」
「なんでって……まあ……色々ありまして……」
「色々って?」
「色々です……」
「なるほど……」
神様が一瞬バツが悪そうな顔をしていたのを将斗は見てしまった。
質問一発目から歯切れが悪い上にそんな顔をされるものだから不審に思ってしまう。
「えっと、そっか……全部説明しないとダメか……ちょっと待ってくださいね」
そう言って神が指を振る。
――すると将斗と神様、二人の中間に薄い板が現れた。
その板はまるでテレビの様に映像が流れている。
映っているのは《《複数》》の地球。それらが適度な距離を保って回っている風景だ。壮大な映像のようだが、映しているモニターが小さく、迫力を損なわせてしまっていて、PCのスクリーンセーバーのように見えてきてしまう。
将斗はとりあえずその不思議な物体を『空中モニター』と名付けた。
「まず最初に、神様は私以外にも何柱もいまして」
「え……はい」
「神々はそれぞれ一柱ごとにいくつかの世界を担当し観察しています。いえ、観察というより管理の方が意味合いが近いですね」
「……わからん」
話が始まって数秒で引っかかる部分がいくつかある。
将斗は『そういうものなんだろう』とスルーすることにした。
神様が空中モニターを指差す。
「例えば、世界がこのように不安定になるとします。何が不安定で何が安定は、こちらの判断することですので……基準はまたいつか言います」
神がそう言うと空中モニターに映る複数の地球に変化が訪れる。灰色に染まっていき、いかにも不安定といった様子だ。
「不安定になった世界は自力ではもう元には戻りません。崩壊の一途をたどるだけ。それは良くないので神々は、世界が崩壊し始める前に手を加えます。それが――」
「転生者。とか?」
将斗はついそんな気がして口を挟んでしまった。
父親に「毎度毎度人が話している途中に喋るな!」と口酸っぱく言われていたあの頃を思い出し慌てて謝る。
「やばっ、すいませ――」
「正解です」
「えっ」
正解だった。
正答率一割(将斗調べ)のその癖が珍しくその一割を引き当てたことに驚く。
「と言っても、『その方法の一つが』ではなく『たった一つの方法が』、『《《それ》》』なのですが」
惜しい。
――『たった一つの方法が転生者』か……あ、そうだ。
将斗はふと長年疑問に思っていたことを思い出した。
物語を読んで抱いた疑問なので今聞くかは悩んだ。しかし今自分が物語の中にいるようなものだから今ぐらいしか聞けないと思い、思い切って聞いてみることにした。
「あの……神様? 一つ質問が」
今度は遮らないようにいったん断りを入れる。
口を挟む癖を気を付けての行動だが、そのうちまた忘れる。
「何でしょう?」
「なんでいちいち転生者なんて使うんですか? 神様パワーでどうにかできそうなのに」
これは純粋に疑問だった。
将斗は普通に話している目の前の神様という存在がなんなのかわかっていない。わかってはいないが、大抵のことなら何でもできる存在だと思っている。
だが大抵の異世界転生ものは必ず転生者を送り出す。それがそのジャンルの決め事みたいなものだから受け入れていたが、現実に異世界転生することになったので無視できない点だ。
――全知全能なんて言葉、神のためにあるようなもんなんだから、それだったら転
「『それだったら転生者なんてものを使わずに、神が自分の力で世界を救えばいいんじゃないか』とそう思っていますね?」
「そ、そうです」
心を読まれた。
思っていたことそのままを、神が話したのだ。
流石は神、と将斗は完全に信じ込んだ。
だからこそ転生者を使う理由がより分からなくなってくる。
人間の問題は人間で解決しろ、というようなスタンスなのだろうか。
将斗がそうやって考えているのに気づいたのか、神様が話しだす。
「理由は色々あって、一つは神があなた方人間たちが思うような全知全能と言える力を実際には持ってないというところにあります」
「いや、え? そのわりには……」
自分をこんな空間にワープさせた上に急に背後から現れ、それに加え空中モニター。
将斗からすればもう何でもありのように思えてしまう。
しかし神様はその考えも読み取ったようで――
「まあ、あなたからしたら何でもありに見えるんでしょうね。しかしないものはないので、この話は置いといて」
――置いとくのか……
将斗はやり切れないという具合の変な気持ちにされた。
「そもそも神々があまり世界に干渉してはいけないという決まりがあるんですよね。この時点でもう転生者を使わざるを得ないんですよ……」
「神様にもルールあんのか……それって破ったらどうなるんですか?」
「それはもうきっついお叱りを受けることになります。でもまぁ、転生者を使えばいいですし、そもそも使わない選択肢がないんです」
「というと?」
「実は転生者を使うことにはメリットがあるんですよ」
「メリット?」
「それは不安定さに対して不確定のもので対処できることです」
「……どういうことですか?」
将斗は薄々思い始めていることがある。
目の前の神様の説明がかなり下手。
次元が違うとか種族が違うからなのかは定かではないが、不安定とか不確定という不明確なワードを使って説明するのはやめていただきたい。
と、思ってしまうのだが神相手にそんなこと言えるわけがない。
「人間には不確定なものがあります。例えば……うー、もうちょっとわかりやすく説明したいのですが神の言葉は人間の脳では処理できないので……ちょっと待ってくださいね……」
肝心の神様が悩んでしまい、本題が全く進まない。
しかし将斗は気にしていなかった。
というかそもそも聞いていない。
――え、この人めっちゃ可愛くね
今の神様の「うー」が可愛すぎたのだ。
将斗は可愛いものに弱い。
変な笑みを浮かべてしまっていることに本人は気づいていない。
そんな面を見せる将斗に対し、何かを思い付いたのか神様がハッと顔をあげる。
「そうそう! 『運』です。『運』とかそういうものだと思ってください」
「うん……はい」
ど底辺レベルのギャグをかましてしまった。
そんなのは気にせず神様は自信満々に指をたてて話し始めた。
「我々神は転生者に『神のスキル』を作って与えます。この『神のスキル』と人間の『不確定なもの』が合わさることで、えーと、まあ色々あって、人間風に言うなら『奇跡』を起こします。その『奇跡』で世界の不安定さを取り払うことができるのです」
「『神のスキル』……?」
自信満々でこの説明では先が思いやられる、と将斗は呆れ始める。
神様は聞き返されると思ってなかったのか、そもそも説明しづらいのか、「うーん」や「えーと」と言っている。
「『神のスキル』はあなた風に言うなら『チートスキル』でしょうね。それとも『スキル』自体が分かりませんか? 『スキル』は超能力のようなものであったり、それがあると身体能力が向上したり、急になんらかの技術に秀でてしまうようになったりするものなのですけれど」
「ああ、それはまあ、読んだことあるな……」
少し前に読んだ異世界モノのいくつかで『スキル』について、そんな感じの説明がされていた。
偶然か、どこかの小説にあったスキルについての説明が今神様がした説明と似ている。『――超能力のようなものであったり、それがあると身体能力が向上するもの』と、書かれていた。
将斗は、スキルは努力しないでなんらかの技術を手に入れられるあたりすごく楽に生きられそうと思っていた。
そして年甲斐もなく欲しがっていた。
「まぁ読んだことあるも何も、あなたの読んでいたような異世界転生モノの五割は事実が描かれていますからね」
「知ってた?すごいでしょ」と言わんばかりに鼻を鳴らす神様。
「……え? ……え?!」
「分かりませんか? ノンフィクションですよ。ノンフィクション」
「マッ! マジすか?」
「えぇ。転生者たちは皆世界を救った後、スキルを返却して、元の世界に帰るかその世界に留まるか選べるんです。元の世界に帰った何人かは自身の体験談を小説にしていますよ?」
「本当にノンフィクションじゃないですか?! 信じらんねぇ。例えばなんて小説が実話だったんですか……?」
自分が異世界転生すると言われたことを忘れているのか、将斗はそっちの話が気になってしょうがなくなってしまった。
「えっと……有名なのでいうと確か『トラックに轢かれた俺が転生したのは勇者の息子で、かわいい幼馴染の身代わりになって最難間のダンジョンに落ちたけど吸血鬼の遺伝子が目覚めちゃって居合わせた最強の魔法使いの血を飲んでから無双状態で余裕だしなんなら結局勇者の血も覚醒するし挙句にハーレム形成したりしてもうこの世界最高にちょろすぎるけど今更戻ってこいとかもう遅い~マジで素晴らしすぎるこの異世界生活~』という名前の小説でしたね」
「『トラすぎ』じゃん!」
『トラすぎ』で親しまれるその小説は全国の本屋の一角に特設コーナーが常設され、アニメ化、映画化、まさかの実写化と社会現象を巻き起こした作品である。
将斗は既に全三十八巻を揃え、明後日発売の『幼馴染は悪役令嬢 完結編』である三十九巻をもう予約済みであった。ここにいる以上、受け取ることもできないので当然読めないが。
あのタイトルも寿命も長い作品がまさかのノンフィクションだと知り、将斗は大興奮を抑えられない。
「はい。話を戻しますよ。脱線しすぎました」神様が切り替えますよと言わんばかりに手を叩いた。
「えっ……ああ、はい」
『トラすぎ』の気に入っていた章の話について、本当だったのかを根掘り葉掘り聞こうとしたのに。と将斗はわかりやすく項垂れた。
そんな彼に容赦はせず、神は急かすように拍手を繰り返す。
「ところで、今までどういう話をしたかちゃんと覚えていますか?」
「えぇと、確か。『転生者にチートスキルを与えれば奇跡が起きて世界が安定する』って感じだったことは覚えてます」
「大雑把ですがまあいいでしょう。ここからが本題です。先程私は『世界を救った後は神のスキルを返却する』と言いましたね?」
「はい」
チートスキルと言っていたが『神のスキル』に直しているあたり、そちらが正式名称なのだろう。
そんなことを考える将斗の前で、神様はすごく困ったという風に一回大きめにため息をついてから、語りだした。
「私の送り出した転生者たちが……みんな世界を救い終わったのにスキルを返してくれないんです…………一人も」神は口に手を当ててそっぽを向いた。
将斗が体を傾けて覗いてみると神様は少し涙目になっていた。声も震えている。
ほんの少し演技が入っているようにも見えた。
しかし最初の威厳はどこへやら。可愛さを見せた時と同じくらい緊張感が消えた。
「でも返したくない気持ちはなんとなくわかるような……って神様なら神パワーでなんとか取り返せばいいじゃないですか」
神パワーとは。
「それができたらやってますぅ……」
神様は泣いていた。
もう威厳もへったくれもない。
「何かできない理由でも?」
「はい。もう私にはその『神パワー』がないんです。転生者たちに次々とスキルを作ってあげていたらすっかり無くなっちゃってて……」
無くなる前に気づかないものか。と将斗は少し呆れる。
「回復とかしないんですか? その力は」
「時間が経てば回復しますがかなり微量で……でもでも、神のスキルが戻ってくれば私の力へと戻せます。けど取り返す手段もないですし……ああぁ、終わりですぅ……」そう言って神は椅子に座った。
そう、椅子に座ったのだ。
「あれ?」気の抜けた声を出しながら、将斗は気づいた。いつの間にか目の前に高そうな装飾がなされた椅子が現れていて、さらに、それと同じブランドなのか、似たような装飾をした机が現れていた。
神様はその机に突っ伏していた。
この椅子たちはどう考えても『神パワー』で出現した物に思える。
――こういうのに力を使っているから無くなったんじゃ
と思いかけたところで彼女の読心術を思い出す。心を読まれる前に頭を振ってそれを掻き消す。
将斗は空いている椅子へ「失礼します」と小声で言って座った。
少しすると、神様は泣きながら少しずつ話し出した。
「神の力って戦うときにも消費するんです。だから、今何も無い私が転生者に直接会いに行ったら返り討ち。それどころか消し炭にされてしまいます。しかも仮に少し力が残っていて、こっちの本気を出せたとしても、あちらには『奇跡』がありますから……詰んでいるんです」
泣きながら神は愚痴を言い続ける。
「しかも不安定さを直すために送り出した強大な力、それが世界に残ったままだと逆にまた世界が不安定になってしまうんです! そしたらさらに上の方々にお叱りを受けることに……ああああぁ」
「あぁ……だから人間の俺を呼んだんですね。『神のスキル』を持たせて、奇跡を起こせるから。んでその力でスキルを取り返してもらおうとそういうわけですね」
将斗は指を鳴らしてキメ顔で言った。
――転生者たちはさぞパクった神のスキルで好き放題しているのだろうな。そこへ俺が現れ懲らしめる。いい展開だ。まあこんな風に困っているなら死んだことにされたのも仕方ない……わけないけどまあ良しとしよう
と、思っての発言だった。
「いえ、あなたにスキルを取り返してもらうのは合っていますが……あなたには『神のスキル』を持たせることができません」神様はしれっとそう言った。
「え?」
「先程も言いましたが力が無いんです。神のスキルを作る力が。ただ、他の神様から借りるという方法はあります」
「じゃあそれを……」
「しかしその方法はほかの転生者にもう使っています。何回も。だからもう借りるアテも無いんです」
「え、返してもらえないかもしれないのに他から借りたんですか? それで結局借りパクされたと??」
「う」とバツがわるそうな顔になる神様。
「し、仕方なくですよ? どんな状況だろうと不安定な世界には転生者は送らないといけなかったから仕方なく。でも私、「これ借り物だから返してくださいね」って言って渡したはずなんですけど……人間の良心を信じた私が馬鹿でした……」
「なにそれ……じゃあ俺――」
――どう、戦うんだ?
話し合いで解決できるなら神がやってるだろう。できないから将斗を連れてきたのだ。
将斗は急に不安が押し寄せ最後まで言い切れなかった。
「というか今の問題はそこじゃ無いんですよ! 借りたスキルの一つの返済期限が、3日後の昼なんです!」神様はバンと机を叩く。その表情から切羽詰まっていることがわかる。
「は?」
異世界転生モノではあまり聞きなじみのないワードに将斗は聞き間違いかと首を傾げた。
しかし、言われた言葉を何回頭の中で繰り返しても『返済期限』というにしか聞こえない。
「……当たり前ですけど、その『返済期限』が迫ってるスキルを返してもらえてないんですよね」
「はい」
「もし、期限までに返せなかったら?」
「存在を消されます……処刑です処刑」
「マジすか」
「まじです」
「えぇ……」
意外にも神様界隈が物騒で将斗は少し引いた。
――一旦落ち着こう
深呼吸して冷静さを取り戻す。
そして頭の中で情報を整理した。
整理した後、神様を不審そうに見つめた。
「な、なんですか?」神様はたじろいだ。
「……借りたものを返せなくて死の危機に面しているから、新たに転生者として俺を呼び出した。ただし転生者にするために《《断りもなく》》死んだことにしたって解釈で合ってます?」
「う……」
図星だったらしい。
将斗は神を呆れたという風な目で見ていた。
かわいそうな目に会っている神かと思っていたのに、聞いてみると自業自得のポンコツ神様ということが判明し、少し呆れている。
どうしてこの神のお願いを聞かなきゃいけないのか。と少し嫌そうに思う将斗。
――そもそも殺されている時点で怒るべきだよな
将斗は頬杖をついてため息をついた。問題が山積みだ。転生することもそうだが、こうなってくるとむしろ家族や友達のことの方が気がかりだ。
だいいち目の前の神様が頼りなさすぎることが問題だった。不安が大きい。
――念願の異世界転生に意外とやる気が湧いてこないな……
そんなことを考えていると神様がゆっくり顔を上げた。
貼り付けたような笑顔がそこにあった。
「もしかして私のお願いを果たしたくないと?」
「えっ、あ、いや」
彼女からは先ほどとはうって変わって威圧感が漂っていた。
――下手な言葉を言えば想像しえないことが起きる。そんな気がして将斗は身体を強張らせる。
「いいんですか? 私が処刑されればあなたの命はないも同然ですけど」
「は? なんですかそれは」
「今のあなたは私の持ち物扱いですからね。当然です」
「はぁ?」
それはあまりに横暴。
私が死ぬとあなたも死ぬから言うこと聞きなさい、そう言いたいのだろう。
流石の将斗も苛立ち言い返す。
「なんかちょっと酷くないですか? 神様だからってもうちょっとこう……なんか……あるでしょうよ」
理詰めで追い詰めようとする将斗だったが、人との関わりが薄すぎるせいか、語彙に乏しい。
「そもそも転生者選びに失敗した神様が悪いと思うんですけど」
その言葉に神様がピクッと体を震わせ。
急に立ち上がった。
「はぁぁ?! わかりましたよ! 文句ですか? そうですか! なら、あなたなんかもう必要ありませんねっ」
謎の逆ギレを起こす神様がその手のひらを将斗に向けてきた。
将斗はその手を見つめるが、何もない。綺麗な手だ。
何か出てくるわけではなさそうだ。
不思議に思いつつ、将斗はふと自身の体を見た。
「え……」
手が透けていた。
いや、透けていっている。
「は?」
椅子ごと体を引く。
手が透け、その先にある自分のつま先が見える。それもまた薄くなり消えていっている。
将斗は全身の血の気が一気に引くのを感じた。
「うわぁぁぁぁっ?! は?! は?! 待て待て待てまてまてまてまて」
将斗は椅子から転げ落ち体のあちこちを見た。
向こう側が見えてしまっている。
「大丈夫ですよ。消えるだけですので〜」神は淡々と告げて来た。
「な、何が?! 何が大丈夫なんですか?!」
「消えるだけです。無へと還る。ただそれだけ」目を閉じ祈るようなポーズをする神様。
「何言って! うわっ……?!」
腕が胸を貫いた。実際は、すり抜けた。
腕をいくら振り回しても、どの部位にも干渉することがない。
徐々に薄くなっていく身体。
完全に消えた時どうなるのか、想像もつかない。
「助かりたいですか?」
転げ回る将斗に、しゃがみこんで神が聞いてくる。
「たす、助けて!!!」
慌てた様子で将斗は叫んだ。
「じゃあ〜、私に従うと言うのなら考えます」
「従います! 従いますから!」
即答だった。
神が指を振る
その瞬間――透けていた将斗の体が元に戻った。
「も、戻った……」
一安心して将斗は顔をあげる。
目の前の神様。彼女は満面の笑顔をしていた。
そしてその笑顔のまま言った。
「じゃあ、今から早速転生者の元に向かってもらいます。いいですよね?」
将斗は何も言えなかった。
「そんな顔しなくてもご安心を。『神のスキル』とまではいかなくてもある程度戦える力は与えるので……それでいいですよね?」
「……」
「い・い・で・す・よ・ね?」
「いいです」
即答だ。
彼女の言葉は問いかけてきてはいるが、ほぼ命令に近い。
将斗は首を縦に振る以外選択肢などなかった。
「おっとっと。まだ行き先を説明していませんでした。私としたことが」
頭に拳をこつんと当てて舌を出す神。
可愛さ満点のそれは、将斗からすればサイコパスのそれにしか見えない。
直前に自分を消そうとしてきた相手に可愛いなどと思えるはずもない。
――帰りてぇ
理不尽に言うことを聞かされることになってしまい、将斗は夢の異世界転生であるにもかかわらず帰りたくなってしまうのだった。
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数十分かけて、行き先についての情報に加え、転生についてのあれこれなど、一通りの説明がされた。
一気に詰め込まれてわかると思っているのだろうか。無理に決まっている。ふざけるな。とは言えない。
「以上ですけど、わかりましたか?」
「まあ、なんとなくは」
「――では、いってらっしゃい」神が指を振った。
「え、もう? …………って、え?」
将斗の目の前には草原が広がっていた。
「は? おい、嘘だろ」
悪態をついても景色は変わらない。ただ一面青々とした大地が広がっている。
足元の草は少し長く、脛に当たり少し痒い。
将斗は力が抜けたかのように膝をついた。
「マジかよ……もう異世界? 嘘だよな?」
将斗は地面に手をついて項垂れた。
「召喚ゲートとかないのかよ!」
将斗が異世界転生と聞いて楽しみにしていたものの一つ、『召喚ゲート的なトンネル』。
国民的アニメの青ダヌキがタイムマシンを使うときに通るあれのようなものだ。
見る影もなかった。
「……はぁ」
将斗は体を消されそうになってから正直気分が悪い。だが逃げ出そうにも逃げられない。
まあでもよく考えれば異世界に行くという夢が叶ってるのだから少しでも楽しもう、と思っていた直後にこれだ。
がっかりするのも無理ない。
「てかなんだチートスキルくれないって。なんだ転生者倒せって! なんなんだ!」
将斗の神様を前にして言えなかった言葉が溢れ出してくる。
「クソっ俺は……俺はなぁ」
芝を巻き込んで拳を作る。
「最強の能力持ってて、女の子に囲まれて、みんなにちやほやされて、っていうただそんな普通の……」
草原に項垂れる男。その姿はあまりにも情けなく、様にならない。
「普通の異世界転生がしたかったんだよ!!!」
叫びと共に明後日の方向に土をぶん投げた。
こんなのが彼の旅の一ページ目だった。