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スキル返してもらいます!!  作者: 味噌煮
第1章
27/57

第26話 勝つためにここへ/365話 終焉

 月明かりと、至る所で昇る火に照らされた玉座の間。


 その中央でグレンが剣を振り下ろした姿勢のまま、歯を食いしばって何かに耐えていた。


「ぐっぅうぅぅうう!」


 目は血走り、体は痙攣している。

 その近くで雄矢が左手をグレンに向けていた。


「頑張るね〜、まだ俺が本調子でないにしても、こんなに耐えられるなんてさ。褒めてやるよ。すごいすごい」


 雄矢はグレンの姿を見て嘲笑った。


 グレンは目の前の光景を見て絶望していた。今彼の目の前にいるのはルナだ。彼女は足を押さえて動かない。


 少し前、グレンは己の意思に反して剣をルナに振り下ろした。

 グレンがほんの一瞬の間にそれに気づいて抵抗しなければ、今頃彼女は真っ二つに切り裂かれているところだった。

 幸運なことに命を奪うことはなかった。

 だがそれでも、守るべきものを己の手で傷つけたことがグレンの心に深く突き刺さる。


 己の意思に反した行動。その理由は、グレンにはすぐわかり、ルナもグレンの行動の理由をすぐに理解できていた。

 グレンが今雄矢の洗脳魔法にかかっているということだ。


「ルナッ! 逃げるんだ……!」

「でも、それじゃグレンが……くっ」


 ルナは動こうとした直後、切られた箇所を押さえる。

 彼女の白い手の隙間から赤い血が溢れ出て流れる。彼女の履いていた靴が端から徐々に赤く染まっていく。

 傷は思った以上に深い。


――こんな傷……普段だったら我慢できるのに


 目の端に涙を浮かべ、ルナは足を押さえつづける。

 

 今まで彼女は受けた傷をすぐに回復することできていた。

 だからいつもなら受ける痛みは、傷の回復とともに弱くなっていくものだった。

 だが今は一切回復する事のない傷の、変化することのない痛みを受け続けることに慣れていない。

 

 しかし回復しようにも彼女の『再生リカバリー』という魔法は自分に使うことができない。

 

「可哀想になぁ、ルナ。俺に楯突こうとか考えるからこうなるんだぜ」


 雄矢の粘ついた言い方に、ルナは痛みを堪えて不快感だけを込めた目で彼を睨む。


 一方グレンは振り返ることもできない。

 

――どうして僕が……!


 グレンは今洗脳魔法にかかっていると推測している。

 だがグレンはあの日。雄矢が帰還したあの日に、洗脳魔法を防ぐ薬を吸っている。


――あの日だけじゃない。新しく薬を作って撒いたはずだ。だから国民に洗脳魔法は効かなくなったんだ。……じゃあなぜ今僕の体は言うことを聞かない!


 グレンは動こうとするがやはり体は言うことを聞かない。


――いや……違うのか? 僕はレヴィが薬を撒いた時、僕の魔力が回復して飛べるようになっていた。だからあの時、僕はほんの少しだけ高いところにいたから、薬を吸っていない……?


 新たに作った薬は吸えていない。その可能性がグレンの頭をよぎる。

 だがやはり二年前のあの日、グレンは薬を吸っている。

 あれ以降、洗脳魔法を受けた覚えはない。


 効果が続いていることはレヴィによって証明されている。

 雄矢を襲撃する直前にも一応確認はとっていた。


――だとしたら今洗脳魔法を受けている理由は……


「効果が……今になって切れたのかっ……!」


 最悪の現実に、つい言葉を漏らす。

 

 新しく作った薬を吸えず、二年前のあの日に吸った薬の効果が今になって切れた。だから今洗脳魔法を受けてしまう状態になっている。これがグレンの出した答えだ。


 その答えに辿り着いた時、雄矢に都合よく動いているこの状況に、はらわたが煮え繰り返るような怒りがグレンの中で湧き出す。


「悔しいなぁ? 王子サマ?」


 雄矢はその嘲笑を崩さない。


「お前が来た時から変な感じはしてたんだよ。お前だけ洗脳魔法が成功するときの、あの〜魔力の線が繋がる感じがしたんだよなぁ〜! ハハハッ! まさかとは思ったが、こうも上手くいくなんてなぁ」


 彼は手を広げて、天を仰いだ。


「やっぱ流れが俺に回ってきてんだよ。勝つ流れってやつが」


 雄矢は嗤い続ける。

 その彼の粘つく視線がルナを捕らえる。


「あいつが来るのももうちょい後だろうし、少し楽しませてもらうかぁ」


 雄矢は左手を再度グレンに向け。力を込めた。

 途端にグレンの体が勝手に動き、持っている剣を自分の喉元に突きつけた。


「グレン!」ルナが叫ぶ。


 グレンの動きはそこで止まっていた。

 だが剣と喉までの距離はもう数センチしかない。

 グレンは抵抗しているからか、腕全体が痙攣している。

 愛する人のその姿にどうすることもできないルナに雄矢が手を差し伸べる。


「さぁ、ルナ取引しようぜ」

「……取引……?」

「王子の命が欲しかったら、わかるよな?」

「っ駄……」グレンはルナへ「駄目だ」と叫ぼうとした。しかし、それ以上言葉を発することが出来ない。


「クソ王子は黙ってろよ。これは俺とルナの二人の話だぜ」


 洗脳魔法によってグレンの発言の自由が取り上げられていた。

 そこまでできるということは、喉元に突きつけられた剣は雄矢次第でどの方向にも動くことがわかる。

 当然グレンを殺す方向にも動く。


 ルナは数秒黙ってから、よろめきながらも立ち上がり雄矢を見据える。


「……あなたに従えと?」

「ハッ、それ以外ねえだろ?」

「そうすれば……グレンは助かるのですね」


 そう言ってルナは一歩前へ出る。


「どうだか。んーまぁ、お前の頑張り次第だけどな」


 グレンの目がルナを捉えている。

 ルナは彼からやめるよう言われている気がした。

 だが彼女は覚悟を決めていた。


「……わかりました。あなたの好きにして下さい」

「へぇ」


 雄矢は顔を醜く歪ませ、ルナの方へ近寄る。


「言っとくが、少しでも変な動きをしたらこいつの命はねぇ。俺の指先ひとつでどうにでもなる」


 そう言いながら雄矢は指を振った。

 だが一瞬何かを考えるような素振りをしてから呟いた。


「言葉だけじゃわかんねぇだろうしな――」


 ――呟きと同時にグレンが剣を振り抜き、自分の左腕に突き刺した。


「ぐっ?! ああ、あっああああああああああああああああああ!!!」


 二の腕のあたりに深々と突き刺さり、血が噴き出す。

 そして彼の右腕は機械のようにスムーズに動いてそれを引き抜いた。


 飛び散った赤い血が、驚愕の表情になったルナの顔へ当たる。


「グレン!」


 咄嗟にルナは駆け寄ろうとした。


「動くな!!」

 

 雄矢が怒鳴る。

 その声量に驚き、ルナは手を伸ばした状態で止まる。


「変な動きすんなって言ったよな、聞いてねぇのか?!」

「違っ、約束が違います! 私が従っていればグレンを――」

「違えてねぇ。つぅか、命までは奪ってねぇだろ? これはお手本みたいなもんだ」

「そんな……」

「なんて顔してんだよ、安心しろよ〜。……だけど、これ以上勝手な動きするんなら……殺すぞ? そいつ」


 ルナは体を震わせる。

 

 雄矢は本当に他人を殺すことに躊躇がない。

 二年も近くにいてわかっていたはずなのに、ルナは雄矢のことを甘く見ていた。

 改めて実感する彼の残虐さに、ルナの覚悟が少し揺らぐ。

 

――これでは従順になったとしても、グレンを助けてくれる保証なんてない。


 その手を震わせルナはグレンを見た。

 彼は痛みに堪えようと目を瞑っている。

 その腕からは止めどなく血が溢れてくる。

 床に血溜まりが生まれ広がっていく。

 このまま失血死することは目に見えている。

 治療しなければならない。だがその行動を雄矢は許してくれるはずもない。

 

――……でも、グレンには死んでほしくない。だから危険でも、やり遂げなきゃいけない!


 ルナは口を固く結び、雄矢に頭を下げた。


「なんでも……します。私はどうにでもしていただいて構いません。だから、だからどうかグレンを助けてください」


 その言葉に雄矢は笑みを浮かべる。

 すると彼は口に手を当てて


「えぇっ?! 今、今なんでもって、なんでもって言ったのか?! 聞き間違いかなぁ、もう一回言ってもらえる?!」


 ルナの覚悟を馬鹿にするかのような言い方だった。

 

 それは彼女にとって屈辱にしかならない。

 だがルナは必死に堪えてもう一度同じ言葉を繰り返す。

 

「なんでもします」

「へえ、本気みたいだなぁ、じゃあ」


 雄矢はルナを舐め回すような視線をした。


「脱げよ。んでもってそいつの目の前でヤろうぜ?」


 ルナは喉に蓋をされたように息が詰まった。

 胃にあるもの全て吐き出したくなるような気分に襲われた。

 覚悟を決めたはずなのに、恐怖が彼女がまともに動くことを拒む。

 

「早くしろよ」


 その言葉にルナはビクッと体を震わせる。

 その目から溜まった涙が流れていく。

 彼女は俯いて、ゆっくりその手を自身の襟元へ持っていく。


「ハハッ、ってことで王子様よく見てろよ。今からお前のお嫁さんのストリップショーだからな」


 グレンの体が横を向く。

 一歩出たことで隣にいたルナを正面に捉える。

 彼女は今、ボタンを外しにかかっていた。


――やめろ、やめてくれ。


 震える手がボタンが外していくごとに彼女の服の奥に隠されていた白い肌が見え隠れする。

 

――動け、動け動け! 動け動け動け動け動け! うごけうごけ! 動けよ!


 グレンは心の中で叫ぶ。

 悲痛な表情こそ浮かべられるものの、その声を出すことはできない。

 この体を今から汚されるのだと思うとグレンは怒りでどうにかなってしまいそうだ。


「いつまで……そうしているつもりですか?」


――ルナ……?


 上半身が露わになったルナが呟いた。

 その顔は俯いていてグレンからは見えない。


「私は、戦います。勇気を出して。あなたはいつまでそうしているんですか?」


――僕は……っ!


 スカートを落とし、恥骨のラインが見え始める。

 下着を脱ぎながら彼女は話し続ける。


「動いて勝てる相手かは知りません。ですが動かなければ、きっと勝てませんよ」


 グレンはその言葉を聞いて、目を見開く。

 彼女はグレンを見てはいなかった。だがグレンはその言葉で自分の無力さに呆れ返った。


――何を……しているんだ、僕は……っ!


 彼女が脱ぎ終わった下着を床に落とした。

 局部を手で隠し、頬を染めている。

 その姿を凝視する雄矢を横目で捉えたグレンは、何かが切れたように考えることをやめた。


「――おおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!」

「なっ?! テメェ! 何してんだ!」


 叫ぶグレンに雄矢がその左手を向ける。

 

 しかし、グレンの体は徐々にその向きを変え、雄矢の方を向き始める。


「クッソが……! 手間とらせんじゃねぇ!」


 発言とともにグレンの体がのけぞる。

 そして痙攣する彼の腕が振り上げられ、再び喉元に剣を突き立てる。

 

「ぐうぅううううぅううううう!」


 獣のように唸り声を上げながらグレンはその姿のまま停止する。

 喉を貫くという洗脳魔法による命令を、彼は精神力で抵抗していた。


「クッソが! もういい! そのまま耐えてろ、生きてたらこいつ使い終わった後、殺す時に使ってやる」


 そう言って早歩きでルナに近づく。

 ルナは裸のまま、後ずさる。


「逃げんじゃねぇよ!」

「嫌っ!」


 体を隠すルナの片腕を雄矢は握って引っ張る。

 細いその片腕では男の膂力を振り払えない。

 慎ましい胸が見え、雄矢は不敵に笑う。

 隣ではグレンがその様子を見ながら洗脳魔法に耐えていた。


「や……めろ……!」


 腕を震わせ、耐え続けるグレンが呟く。

 雄矢はそのグレンの姿を尻目に、ルナの局部へ右手を伸ばす。


「ひひっ、いただきまぁす」

「……っ」


 ルナが目を瞑って顔を背けた。



――軋むような音が聞こえたのはそこからだ


 その軋みは小さく爆ぜるような音とともに聞こえた。それは雄矢の右方向から鳴っている。

 今までそんな音はしていなかった、と雄矢はその手を止め、音のする方へ顔を向けた。

 その目が見開かれ、そこにいた者の名を口にした。


「アリス……?」

「その間違いは……光栄だな」


 大きく、黄色く、雷のように迸る矢を構えた人物がそこにいた。

 アリス――ではなく双子の姉のクリスだ。

 その弓は雄矢を確実に捉えている。


 その姿を見たルナは小さく笑う。

 

「クリスか……! そうか『隠密』のスキルが――」


 雄矢が気づいたその瞬間、クリスは矢を持つ指を離した。

 

 クリスの持つスキル『隠密』は周囲の人間に自分の気配を悟られないようにすることができるスキルだ。ただし攻撃行動に入るとその能力が解除される。

 弓を引いた時点で能力は解除されたが、雄矢はルナに気を取られ、今の今まで気づくことができなかった。


 十分引き絞られた矢は、クリスの髪を振り乱すほどの衝撃を持って放たれ、雄矢を狙い進んでいく。

 

 雄矢は咄嗟にその右手を矢の方へ向けた。



――矢はその手の少し先で透明な何かに阻まれその進行を止められた。



「っはァ! あっっっぶねぇ……ハハ、ハハハッ、ツイてんなやっぱり、防御魔法も使えるまで調子が戻ってきてる。しかも洗脳魔法と同時だ。やっぱ俺は勝つように出来てんだな!」


「まだだっ!」


 クリスがそう叫ぶと同時に動きを止めた矢が次第に大きくなっていく。

 

 魔法矢マジックアローは魔力を矢へと変化させることができるスキルだ。

このスキルの特筆すべき点がある。打った後追加で魔力を流すことで、その威力、矢の大きさを変えることができる点だ。


 それを今ここで発揮した。


 雄矢は咄嗟に足を踏み込む。


「ぐぁ、あ、甘えぇんだよ! 今更のこのこでできたテメェなんかの、こんなカスみたいな攻撃にぃ! 俺の防御魔法が負けるはずねぇ! テメェじゃ超えられねぇんだよ俺は!」

「黙れ! 勝つためにここにきているんだ! 私は超えてみせる、全部! お前も! あの過去も!」


 クリスが叫ぶ。


「そうっ……だ……僕らは、勝つためにここにきた!!」


 剣を喉元から徐々に引き剥がしながらグレンが吠える。


「無駄だ! テメェらじゃ! 俺には勝てねぇって! 言ってんだろ!」


 雄矢は両手を左右に向け、その魔力を全力で流す。

 抵抗を見せ始めたグレンの腕は、今再び戻っていく。

 押し始めていた矢も、逆に押し返され始める。


 しかし、グレンとクリスの二人は叫ぶ。

 無限の力を乗り越えようと必死に、全力で、それぞれの力を発揮する。


 雄矢は緊迫のこの状況で、口元を歪めた。


――いいぞ、両方耐えられてる。いける。クリスの矢はいずれ限界が来る。そん時に火球で焼き尽くせば問題ねぇ! 俺は勝ってる!


 必死の形相で二人の抵抗を耐える。

 その頭は負けることはないと信じている。


 だがあの転生者の――渡将斗の姿がよぎる。


――来ねえよ。来るわけねぇ。ありえねぇ。問題ねぇ! あいつはここには来れない。瓦礫をどかす手段は無い。この場所に来れるルートはもうねぇんだよ!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

「ああああああああああああああああああ!!!」


 二人の咆哮は止まない。

 雄矢を倒す。それだけを目標に、全力の抵抗を続ける。


「叫んでも無駄だァ!! 無限には勝てねぇ! 力のねぇお前らに俺は倒せな――」


 雄矢は自分の頭が冴えている。と言った。


 間違っていない。

 自分が追い詰められた状況から脱したことで、ある程度の自信が付き、冷静に物事を捉えることができるようになっていた。

 本当に彼の脳は、今までで1番冴えている

 その冷静な頭が自分の発言をヒントに、あることに気づく。


――力がねぇ?

 

 そう思いながら視界に入れたのは目の前の裸の少女だ。

 俯いたまま動かない。


 クリスの矢が小さくなっていく。

 グレンの抵抗もやや弱まってきていた。

 だから、このまま耐えていれば負けない。

 何も問題はない。

 

 だが彼の頭は思い返し始めた。

 目の前の彼女が。ルナが先ほど、その身体を隠していた腕を雄矢に掴まれ、露わにされた。 

 それが不思議なことだった。


――ルナに力がない……? 


 雄矢が何かに気づきかける。

 



――その刹那、雄矢の後方からダン!と音がした。

  

 着地したような音。

 石畳を思いっきり踏みつけた音だ。

 雄矢は頭だけで振り返って、それを確認する。

 振り返る間、彼の胸中では恐怖が滲み出す。


「――ぁっっ!!」


 驚きのあまり声を出した。言葉にならない声が。

 いるはずのないそれを捉えたその目は限界まで見開かれている。


 ――その雄矢の胸に誰かが触る。


 雄矢が顔を戻して見えた光景はルナが自分の胸を触っている光景。

 そして彼女が一言。


「――回収コレクト


 彼女の詠唱とともにその手が光り始める。

 雄矢は血相を変え、叫び、懐に忍ばせていたナイフを引き抜いて彼女に突き刺す。


交換チェンジ


 その声が雄矢の後方から聞こえた直後、ナイフが刺さる。

 刺さったのは男の左手。

 目の前にいたのはルナではなく

 

「一個前の俺の分だって言ったら、お前を殴っていい理由になるよな」


 将斗だった。

 雄矢の錯覚ではない。どこかで拾ってきたのか、違う服装になっているが、雄矢はこの忌々しい顔を忘れることができない。間違うはずもない。


「ひっ……!」


 将斗に睨まれた雄矢が口の端で声を漏らす。


 その雄矢の視界の右端から光るものが飛んできた。

 雄矢は咄嗟に身を引いてそれを避けようとするが、将斗が彼の手に刺さったナイフと一緒に雄矢の手を握りしめていて離れられない。

 雄矢は将斗を中心に左側へ弧を描いて倒れた。

 飛んできたのは魔法の矢、だが、魔力が切れたそれは雄矢の眼前で停止したかと思うと消えた。

 だがその程度で安心できるわけがなかった。


「将斗、そのまま持っていてくれ」


 雄矢の後ろで声がした。

 振り返るとグレンが黒い剣を投げ捨て、拳を作っているのが見えた。


 洗脳魔法はもう、切れている。

 

「了解」


 将斗が掴んだ手を曲げて、雄矢の腕を引き込む。倒れていた体は無理矢理起こされる。

 雄矢は必死に剥がそうとするが、将斗の力が常人離れしていて意味をなさない。


 将斗とグレン、二人が右拳を振り上げる。

 何をされるかは容易に想像がつく。


 それを見て雄矢は「やめっ」と、小さい叫びを連呼しながら身をよじる。

 だけど将斗は決して雄矢を手放そうとしなかった。


 グレンが駆け出す。

 将斗が息を吐きながら拳を繰り出す。

 二人の拳が迫る。


「やっ、いやだ! こんなとこで――っ!!」


 その言葉は玉座の間に虚しく響き


――二人の全力の拳が雄矢の両頬に叩き込まれた。

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