第25話 最悪の奇跡/364話 最高の奇跡
最初に受けたのは、頭の中をぐちゃぐちゃにかき回されている感覚。
倦怠感。気持ち悪さ。
あらゆる不快感が混ざって――
「将斗!」
右腕が掴まれる。
落ちていた体が急に止まり、肩に負担がかかる。
その痛みで将斗は目を覚ました。
「いってぇ……なんだ?」
掴まれた腕を見てその先にいる人物が視界に入る。
「あ……グレン?」
将斗の頭上にいたのはグレンだ。
彼が将斗の腕を掴んでいるのだ。
その表情は険しく、何かに耐えているようだった。
将斗は下を見る。
広がっている景色は雄矢と激戦を繰り広げていた時と変わっていない。
つまり、まだ自分がいる場所は空の上だということが理解できた。
将斗は飛んでいるのはグレンのおかげだとわかったため、負担をかけないよう自分も魔法で飛ぼうと、魔力を操作しにかかる。
「うっ……うわ……んだよこれ」
操作は失敗に終わった。
魔力の流れが滅茶苦茶になっていて、将斗では操作が効かなくなっていた。
さらに言えば、今将斗を襲っている不快感は魔力の流れの乱れからきているようだ。
この乱れの原因は簡単に察しがつく。
直前の雄矢の魔力暴発だ。
「アレの影響かよ。いや、なんでグレンが魔法使えてんだ? お前も食らってたはずだろ?」
「そっ……れは」グレンは将斗を持って飛んでいるからか話すことさえも辛そうだ。
「私が弱めたからに決まってるでしょ」
将斗の背中側から声がした。
振り向くと、レヴィがそこにいた。
将斗と同じようにグレンに腕を引っ張られ、なんとか落ちないでいた。
ぐったりとしていて本調子でないことが伺える。
「この私が……二度も同じことさせるわけにはいかないでしょ……」
レヴィはそう言って、少し笑ってみせた。
しかし、目は半開きで息が荒い。見るからに辛そうだった。
「っく……レヴィが暴発の影響を抑制してくれたんだ。……お……かげで丸一日寝込むことにならなくて済んだ」
グレンはなんとか声を絞り出して状況を将斗に伝えてくれた。
彼の顔を汗が伝って落ちている。
その姿からグレンに負担がかかっているのは明らかだった。
――こいつ相当無理してるだろ。少しでも負担減らしてやらないと
将斗はグレンに声をかける。
「グレン、手を離せ」
「何をっ……」
将斗の腕がより強く握られる。
「グレン、二人も持ってたらキツイだろ? 落ちても俺は死なないから大丈夫だ」
「そんなことっ……できない」
「できないじゃなくて……だってお前、限界だろ、少しでも負担を」
「できるわけないだろ!! 僕に君を殺せというのか?!」
グレンは怒っていた。
その剣幕に将斗はたじろぐ。
「違っ……」
「君は正気じゃない。自分がおかしくなっていることに気づいていないんだ」
「俺は別に正気で……」
そこで言い淀む将斗。
雄矢との戦いの中で、受ける痛みは治るからという理由で特攻を繰り返していた。
それだけではない。これぐらいでしか自分は勝利に貢献できない。このぐらいしなければ勝てない。そういう思いもあった。
しかし、将斗は今の冷静な頭で自身の行動を思い返して気づいた。
自分が正気だったとはいえないことに。
勝つために死ぬという行為が狂っていると言われても、言い返せるわけがない。
「これ以上、君を死なせるわけにはいかない。友人にもうそんなことはさせない」
「…………!」
グレンの真剣な眼差しが将斗を捉える。
友人という単語が将斗の胸を刺す。
将斗は、自分に価値があるなどと思っていない。
だからこそこちらの身を案じてくれるグレンのその言葉に。友人というその単語に、言葉が詰まる。
しかし、徐々に高度が下がっている。
グレンの限界が近いことを意味していた。
なんとか手を施さなければ、このまま三人で落下してしまう。
その場合将斗だけが生き残ることになる。
なんとか助かる高度であって欲しいと、再度足元を確認するが、とても人間が生きて帰ることができる高さではない。
さらに、そのことを再確認すると同時に、最悪の光景が目に入った。
「なんだよ、あれ」
――雄矢がふらふらと飛んで王城へと向かっていた。
落下しているのではなく、飛んでいる。
どう見ても浮遊の魔法を使っていた。
「なんで……あいつも魔法が使えてんだよ。 あんな暴発しといて本人に影響ないなんておかしいだろ」
なんと言おうが雄矢は確実に王城へ向かっている。
王城はこの国で一番高い場所にあたる。
隕石を一撃受けたことで屋根が吹き飛び、最上階である玉座の間があらわになっていた。
「休むつもり……でしょうね……。逃げられて、こっちが探している間に中級、上級の魔法なんか覚えられたら……今度こそ手がつけられない」
将斗は息を呑んだ。
レヴィが「手がつけられない」そう言ったのだ。
事態の深刻さが将斗でもはっきり理解できた。
雄矢が魔法を使えなくなっていればこんな事態にはならない。
彼に都合の良い展開に将斗は憤りを感じた。
そしてそこで将斗は思い出した。
「まさか、奇跡……か?」
奇跡。偶然うまくいった。という普段使う単語の奇跡ではない。
神様が言っていた神のスキルを持つ人間が起こす奇跡。
それが今発動したのだと思わざるをえない。
状況の理不尽さに将斗は拳を握りしめる。
だが最悪は、まだ終わらない。
「あれ…………マズくない?」
レヴィが指をある方向に向け、呟いた。
その指の方向を見て、将斗はただ驚く。
「ルナ……!」グレンの驚愕混じりの呟きが耳に入る。
ルナがいた。
王城の壁に、だ。
垂直に上へ上へと進んでいる。
どう登っているのか、魔力の乱れで揺らぐ視界では確認することができない、
「どうしてルナが……」
グレンの目が必死に彼女の姿を追いかける。
彼女が目指しているのはおそらく頂上。
つまり、雄矢と鉢合わせることになる。
「一体どういう――」
三人とも彼女の行動を理解できていない。
しかし、将斗が気づく。
「そうだ! あの子は俺とスキルを入れ替えられてる。だから、そのスキルであの子は迎え撃つことを選んだんだ!」
将斗がその予想を口にした瞬間、嫌な汗が彼の体から吹き出す。
グレンが息を呑む音が聞こえた。
「不死身じゃない今は危険すぎるだろ。どうす――」
「ごめん……私………もう限界みたい」
「レヴィ?」
隣にいたレヴィの体が脱力したように垂れ下がる。
その目は閉じられている。
「レヴィ! しっかりするんだ!」
グレンが必死に呼びかけるも、レヴィは答えない。
「嘘だろ、まさか?!」
「大丈夫だ、死んではいない。脈がある。だけど……くっ」
レヴィが力尽きてから、徐々に落ちるスピードが増している。
将斗は彼女は残っていた力で浮遊を使っていたのだと気づいた。
「大……丈夫だっ。まだ僕は……まだっ!」
グレンの声に悲痛さがあった。
このままグレンの力だけで飛ぶことは不可能だった。
――俺は飛べない。グレンは限界。レヴィを安全に降ろす方法がない。雄矢は逃しちゃいけない。不死身じゃないルナを雄矢に会わせるのは危険。どうする! どうする!
将斗は乱れた思考で考える。
だが思いつかない。
最善の選択肢が浮かばない。
敗北の二文字が浮かび始める。
――違う
必死に否定する。
まだ負けてないと。まだやれると。
――諦めるタイミングはもうとっくに過ぎてる。ここまできて終わっちゃダメだろ!
将斗はまだ考えた、今とるべき最善の選択肢を。
全員が助かって、雄矢に勝つことができる最高のエンディングを迎えるための方法を――
「グレン。俺が落ちたのを確認したらレヴィを持ってる手を離せ」
「まだっ……そんなことを! 君をこれ以上――」
「今飛べるお前がルナの元へ行け! 不死身じゃない彼女が、浮遊以外の、それこそ火球とかの魔法が使えるかもしれないアイツのとこに行くのは危険すぎる!」
「そんなことはわかってる! だけど……」
「お前が行けば勝てるはずだ!! 多分な!」
「な、何言ってるんだ」
「悪い、何言ってんだろうな。ノリで言った。でも、最悪雄矢が魔法を使えたとしてもあの感じじゃマトモには使えなさそうだし、その腰の剣もあるしな。いけるさ」
グレンの腰に下げた黒い剣を見て将斗が言う。
そんな将斗を止めようとグレンは言葉を探した。
「……君のっ…意見をのんだとして……レヴィはどうなる、見捨てろというのか」
「いや、俺が助ける」
「どう、やって?」グレンは何度も将斗とレヴィを掴む手を握りなおす。
「言えない」
将斗は少し呆れぎみに笑いながらそう言った。
「それを言ったら、お前は絶対に認めてくれない」
「何をするつもりなんだ」
グレンの問いかけに将斗は下を向いて黙った。
将斗の視界にファング国全体が入る。
それぐらい高いところにいることを再度実感してから、将斗はグレンの方を見た。
「というわけで、よろしくな。雄矢とルナの方は任せた」
「待て、まだ話は」
「俺が下に着いたらレヴィを手放すんだぞ。間違っても同時じゃないからな」
「させないぞ、絶対離さないからな!」
将斗の腕が折れるくらいの力でグレンが握る。
それを感じて、将斗は笑った。
「グレンお前、めっちゃ良いやつだよ。ありがとう」
将斗は自分を大切に思ってくれるグレンという存在が嬉しくて笑ったのだ。
「将斗! 待て!」
「あと、先に言っとく」
そう言いながら、将斗は体を揺らし、足を伸ばした。
「待っ――」
「ごめん」
そう言って将斗は、グレンが持っているレヴィの肩に足を乗せ、思いっきり下へ振り落とした。
「なっ?!」
グレンがレヴィを握る手に力を込めたようだが、奇しくも彼女の体はグレンの手を離れ真っ逆さまに落ちていった。
理解できないその行動にグレンは即座に将斗の方を見た時――
「交換」
その言葉が唱えられ、そこにはレヴィがいた。
落ちているのは将斗だった。
「……」
背中を下に向けて落ちる将斗。
その視界に何かを叫んでいるグレンが映る。
落下によって風の音が耳に入る。
そのせいで将斗はグレンが何を言っているか聞き取れない。
ただ、悲しむような顔をしていることはわかった。
――そんな顔までしてくれんのか。結構、悪いことしたな
落下のスピードはどんどん増していき、吹き付ける風も強くなる。
グレンの姿もどんどん見えなくなっていく。
――何してんだ俺。馬鹿だろ
頭が下に向き始める。
重い方が下になるという当たり前なことを体感できる。
――痛いとかそういうレベルじゃないだろうな。
目が開けられない。
――怖い
肺が潰され息ができない。
――怖い。でも……良いか。まだ怖いって思えてる分にはまだ良いだろ
風の音が少し変わった。
――あとどのくらいで
破裂したような大きな音が、静かな街に響き渡った。
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「ハハッ…ツイてる。当然か、俺が勝つようにできてんだ。俺が神に選ばれたんだからさ」
雄矢はフラフラと王城を目指し飛んでいた。
ただの火球に、今まで入れたことのない膨大な魔力を込めた。
それにより起きた魔力暴発によって危機的状況を脱していた。
しかしそれの代償か、魔力が乱れ普段通りに飛ぶことができない。
「何が魔法が使えなくなるだ。脅しやがって……」
そう呟きながら王城を目指す。
魔法の調子が悪い以上逃げてもすぐに追いかけられる可能性がある。
さらに逃走中に墜落する危険性もある。ならば少し休憩してからのほうがいいと雄矢は考えていた。
――あいつらは……生きてんな。クソ王子が助けてんのか
雄矢は振り向いてグレン達の様子を確認し、舌打ちをした。
――だが、レヴィが使い物にならなくなったのはデカい。やっぱり運が俺に回ってきてんだ
そう思い雄矢は嗤う。
「ん?」
その目があるものを捉えた。
「あの女……」
雄矢は青髪の少女――ルナが王城の壁を登って玉座の間に辿り着く瞬間を目撃した。
「なんであんな動きができる?……いや、あの転生者のスキルの入れ替えのせいだな」
雄矢はレヴィから『超強化』について聞いている。
そのスキルが入れ替わったのだから、ルナは強化した体で壁を駆け上って来れたのだと理解した。
「俺を迎え撃つつもりかよ。調子に乗んなよ」
浮遊以外の魔法が発動できるかどうかはわかっていない雄矢だが、笑みを浮かべ、ルナを見下ろす。
運が回ってきたと思い込んでいる彼は、その高揚した気分で恐怖を乗り越えていた。
「不死身でもねぇお前には負ける気がしねぇよ」
そう言いながら雄矢が徐々に高度を落とす。
――途中、何かが爆発したような音が後方で聞こえ、振り返る。
後方のグレンの手から将斗がいなくなっていることを確認すると、雄矢はその笑みを解いた。
「よう、ルナ」
ルナは玉座の間のシンボルである玉座の前に立って雄矢を見つめてきていた。
ほんの少し距離を保った場所に雄也は着地した。
「ユウヤさん。もうやめにしませんか」
ルナがおもむろに語り出す。
「やめるって何をだ?」
「この無意味な争いをです。これ以上犠牲が――」
ルナが話している途中で雄矢はその手を彼女に向けた。
「無意味なのはこの話し合いだよな? あいにく俺には時間がねぇ。少しでも休むために死んでくれよ」
――さっきの爆発音はあのイカれた奴が落ちた音だろうな。だとしたら生き返ってこっちにくる。それまでに休憩を終わらせる必要がある。
雄矢はそう思っていた。
――俺なら大丈夫だ。必ず勝てる。運は俺に味方してる
雄矢はその手に力を込め、念のために詠唱をして魔法を放つ。
「火球」
その手から業火が噴き出る。
――使える! 勝てる!
火球が迫り、ルナはその身を引く。
しかし――
「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
雄叫びをあげ、後方から飛んできたグレンが、その火球を切り裂いた。
霧散する火球。
「ちっ」と舌打ちをする雄矢。
その向こうでグレンは着地に失敗し、床を転がる。
だがその回転を維持し、片腕で上体を起こし、立ち上がったかと思うと、ルナに向かって駆け出した。
「きゃっ?!」
否、目指していたのはルナの元ではなかった。
彼女の横を猛スピードで通ると、玉座の隣に配置された銅像の足元を持っていた剣で粉砕した。
「うおおおおおおおお!!!!」
グレンは、その体と同じ大きさの銅像を持ち上げ、思い切り助走をつけて雄矢のいる方向へ投げつけてきた。
ルナが頭を伏せる。
雄矢も回避しようとするが、気づく。
――この軌道じゃ当たらねぇよ。
銅像のその軌道は明らかに雄矢の頭上を通って、破壊されて無くなってしまった壁を抜けて、部屋の外に放り出される形をとっている。
当たるとすれば下の広場にいる国民だ。
「馬鹿じゃねぇ……」
そこまで言いかけた雄矢は、ハッと顔をあげその手を銅像に向ける。
その手から放たれた火球が銅像を粉砕した。
雄矢はそれを見て笑った。
彼が体の向きを戻してグレンの方を見る。
グレンの表情は苦悶そのものだった。
「頑張ったみたいだけど残念だったなァ? 王子サマ?」
「……」
グレンは床に手をついて、雄矢を睨みつけて黙っている。
それを見て雄矢はさらに笑ってみせる。
「なんか俺、運が良いだけじゃなくて、頭も冴えてたみたいでさァ! なぁ! 今お前が何しようとしてたか教えてやろうか?!」
大きく身振り手振りを加えてグレンを煽る。
「最初から俺に当てる気なんてなかったんだよな?! あの銅像ぶん投げて外に見えるようにする。すると、今下で生き返ってるあのクソ野郎からも見えるようになるわけだ。つまり、入れ替えてあいつを召喚しようとしてたわけだ! そうだろ?! アッハハハハハ!!」
雄矢は早口で事細かに説明してみせた。
そんな雄矢に臆せずグレンは言い返す。
「そうだとして、なんだと言うんだ。彼が来ることは変わらない。君の敗北が延びただけだ」
「敗北ぅ? 俺が?」
そう言いながら雄矢が火球を放つ。
放った先は斜め右方向。
階段がある方向だ。
魔力が乱れた状態でも、その威力が落ちていない火球が階段を粉砕し、瓦礫が道を塞いだ。
――その少し後で後方から爆発音が聞こえた。
その音を聞いて雄矢は笑いを堪えず、吹き出す。
「はぁ、なるほどな、ぐふっ、アッハハぁ。おもしろ。……おっと、そうそう、これであいつはここに来れないよなぁ? そしてお次はそこぉ!」
玉座の右奥。その向こうへ火球を放つ。
グレンが何かに気づき動こうとするが、疲労と魔力の乱れで転ぶ。
奥で爆発が起き瓦礫が転がる音がした。
「確かあっちの方に隠し通路があったんだよなぁ。そっれっも、使えないっと!」
「知って……いたのか」
「当ったり前だろ? そこ通って誰かさんの両親は逃げようとしてたんだからさァ!」
「なっ!」
誰かさんの両親。隠し通路を知っている人物。それだけでグレンには誰なのかが判別できる。
「貴様ああっ!」
グレンは剣を利用して無理矢理体を起こし、駆け出した。
「さて次だぁ!」
雄矢は間髪入れずに、グレンに魔法を放った。
黒剣ゼロを火球の正面からぶつけ相殺。
しかし、その勢いまでは殺せず、吹き飛ぶ。
「ぐっっ!!」
踏ん張る力がグレンには残っていなかった。
「お前もう限界だろ? つまり、俺の魔法は防げないってわけだ」
「グレンしっかり!」
ルナがグレンに駆け寄る。
「下がって、いてくれ」
グレンはよろめきながら立ち上がり、ルナを背後に回し、その身を盾とした。
その姿に雄矢は拍手を送る。
「頑張るねクソ王子! 愛する人を守る姿感動もんだね! そのためにレヴィを犠牲にしたとこが最高にエモいよ!」
その発言にグレンが眉を釣り上がらせる。
「……違う!」
「違くねぇだろ! 使いもんにならないレヴィをさっき落としたよなぁ。あの転生者が落ちた時と同じ音が聞こえたよな?! そういうことだろ?!」
「違う! レヴィを助けると将斗は言っていた。僕はそれを信じて――」
「助かってねぇだろバカが! さっきの音はどう説明づけるよ?! あぁ?」
先ほど後方で聞こえた二度目の爆発音。
その音はどう考えても誰かが落ちた音だ。
「さぁてクソ王子ぃ。今の状況教えてやろうか」
雄矢は圧倒的な優越感に浸りながらグレンに語りかける。
「まず、あいつはここには来れない。来れたとしても20分だ。だが、広場の人間と入れ替わって城までショートカットすりゃあ……まあ、そっからだから、登ってくるとしても10分かかる」
指を使ってグレンに説明し始める。
その態度が、グレンを煽る。
「この城は俺もよく迷ったからなァ。そのくらいかかる。そして次にお前は俺の魔法をまともに受け流せない。限界が来てるもんなぁ可哀想に」
グレンは言い返せない。
確かに限界が来ている。
隕石を全力で対処し続けた上に、魔力が乱れた状態で必死に浮遊を使い続けた。精神的にも肉体的にも疲労が蓄積されている。
特に肉体には生傷が目立っている。
雄矢は話続ける。
「んでもってレヴィは死んでる。ルナは不死身じゃないから魔法が当たれば死ぬ」
雄矢はそう言ってルナを指さす。
彼女は毅然とした態度を取ろうとしているが、グレンを支える腕が震え始めていた。
「あぁ〜最高に冴えてる。しかも、俺は魔法はもう余裕で使えるときた。どうやって負けんだよこれでさぁ!」
グレンは剣を両手で杖にして立ち上がり、雄矢を睨み返す。
「君が勝つことはない。僕らが勝つ。将斗が、僕が行けば勝てると言ってくれた。彼が僕を信じて送り出してくれたんだ! その想いに応えなきゃならない!」
「お前がいれば勝てる? ぶっ、アハッ、アッハハハハハハハハハ!!! なんだよそれ、最強のジョークだよそれアハハハハハ!!」
雄矢が大笑いした。
笑いすぎなくらいに笑っている。
グレンは何か嫌な予感がして、構えた。
「何がおかしい」
「出た〜! 常套句。やっぱ聴きたくなるんだな」
雄矢は指を立てた。
「ハハッ、しょうがねぇなぁ、教えてやるよ。何が面白いって、俺の運の良さも面白いが、お前の全部が面白いんだよ。勝てると思ってるその顔とか、必死なところとか、無様で無様で」
それを聞いていたグレンが意表をつかれたように目を見開く。
「逃げろ……ルナ」
「え?」
グレンの呟きにルナが聞き返す。
「あー可笑し。ンフフフッお前がいれば勝てるってなんだよ。逆だ逆」
雄矢は依然として笑っている。
一方、それを聞いているグレンの手が震えだした。
「私も戦います! だから」
「逃げろって言ってるんだ早く!!」
「遅ぇよバァカ」
雄矢が指を振る。
「えっ」
そう声を漏らしたのはルナだ。
その原因は
――グレンが振り返り彼女に剣を振り下ろしたからだった
床が粉砕される音が響く。
「うっ……」
脛のあたりを抑えてルナが倒れている。
その手から血が流れ出す。
「はぁ? 抵抗すんなよ王子様ぁ」
「こんな……こんなことがっ……!」
床に剣を突き刺した状態でグレンは硬直していた。
「まぁこれでわかったろ? お前がいると勝てるんじゃなくて、負けるんだってことが」
「どうしてこの期に及んで!」
グレンは叫ぶ。
雄矢はその余裕を崩さず言う。
「叫んでも何にも変わんねぇよ。まあせいぜい俺の人形として、この! 俺の! 勝利に! 貢献してくれよな!!」
――グレンの体の自由は今、雄矢に奪われていた。
他でもない洗脳魔法によって。




