第9話
「わたしこそごめん。あのときは。変なこと訊いちゃって。スピーチ、上手かったね」
愛莉は片づけの手を完全に止めて、僕と話す態勢に入っていた。僕の感情は、ある部分では安堵にほっとしていて、別の部分では新しい緊張に直面していた。
「声とジェスチャーはめちゃくちゃ練習したから」
「やっぱりそうだよね。小学校で放送委員やってたときも上手いなって思ってたけど、もっと上手くなってると思う」
「須藤さんもあの頃より断然上手くなってたよ。今日のアナウンス、本当のアナウンサーみたいだった」
「わたしはずっと放送委員続けてきたからね……ねぇ、まだ放送委員に興味ある?」
愛莉は上目遣いで僕を見ていた。あの頃は同じくらいの背丈だったけれど、いまや僕の方が遥かに背が高い。
「あるのかないのか、自分でも分からない。五年生の最後にあんなことになっちゃって、あの頃は馬鹿だったから、須藤さんと顔を合わせると気まずくなると思って、六年生のときも放送委員に立候補しなかったし、中学でも放送委員には入らなかったから」
「全く興味ないってわけじゃないんだよね?」
僕のくずぐずした語りを聞いた愛莉が想定外に語気を強める。僕は小さく頷いた。
「今日、放送室に来ない?」
「いまから?」
「いまから」
僕は愛莉から視線を逸らし、壇上から体育館内を眺めた。体育館にはバレーボール部の面々が続々とやって来ている。演説会があったから、部活は遅れて始まる。今日はバレーボール部が体育館を使う日で、僕が所属するバスケットボール部は外で練習をする予定になっている。バスケットボール部のやつらに姿を見られることなく放送室まで行くのは容易いことだ。
「分かった」
僕がそう答えると、「じゃあ、行こ」と言って、愛莉は手に持った放送機材をその場に置いて舞台から降りていく。いいのかな、なんて思いながら、僕はその背中を追いかけ、並んで体育館を出た。
そして、放送室までの道のりを僕たちは黙って歩いた。途中、バレーボール部に所属するクラスメイトとすれ違ってお互いに会釈した。演説会の後だから、僕と愛莉とが並んで歩いていても事務的な用事があるのだろうと思うに違いない。
中学校の放送室は小学校のそれより一回り広いけれど、部屋や機材自体の古さは小学校のそれらとさほど変わらないような印象を受ける。独特の匂いと埃っぽさには初めて訪れる場所なのに懐かしささえ感じるほどだ。
愛莉は放送室の奥まで歩き、放送台の前にある椅子に腰かけた。背もたれのない丸椅子の上でお尻を回転させて、僕のことを正面から見据えるような態勢をつくる。僕も手近な椅子を引き寄せて座った。僕と愛莉との距離は二メートルほど空いている。長めに穿いたスカートが愛莉の膝頭を覆っている。