第8話
演説は順調に進み、ちょうど折り返し地点に達したとき、マイクが切れた。ONとOFFを何回か切り替えてみても反応しない。僕は条件反射的に舞台の端に目を向ける。そこには司会進行役の放送委員が立っているはずだった。僕と愛莉の視線がぶつかった。
愛莉は壇上を小走りにこちらへと向かってきた。僕の前まで来ると、自分が持っていたマイクを僕に差し出す。僕は愛莉からマイクを受け取り、故障したマイクを愛莉に渡した。愛莉はそそくさと元の位置へ帰っていく。
「失礼いたしました」
僕はそう言ってから、ありきたりな内容の演説を続けた。「ありがとうざいました」で締めると拍手が起きて、僕が舞台から降りると副会長候補が呼ばれる。引き続き愛莉がアナウンスをしていて、どうやら予備のマイクがあるようだった。
「須藤さん」
演説会が終わって、一般生徒が体育館を去った後、僕は愛莉に話しかけた。放送機材の片づけをしていた愛莉は振り返り、僕を認識すると目を逸らす。
「さっきはありがとう」
「あっ、どう……いたしまして」
僕がお礼を言って、愛莉は恐る恐るといった様子で僕に目を合わせながら返事をした。舞台の上で、僕たちの周りには不思議な緊張感が漂っていたと思う。
「覚えてるか分かんないけど、5年生のとき、ごめんな」
ここで、僕は勇気を出してそう切り出した。廊下で一度だけ目を逸らされたくらいで、大きな誤解をそのままにしておいた自分に対してずっと後悔の念を抱いていた。
もちろん、三年も間が空いているのだから、愛莉にとってはもう遠い過去の話だろう。愛莉にとって、過去の僕なんかもうどうでもいい存在になっている可能性の方が高い。愛莉の見た目だってずいぶん変わっている。あの頃よりも髪が伸びていて、ヘアピンは地味な色になっていて、足がすらっとしていて、言ってしまえば、全体的に大人になっていた。制服のブレザーから受ける印象も幼い私服から受ける印象とは違っている。それと、眼鏡をかけるようになっていた。
いまさらこんなところで、三年前の話を持ち出すなんて、それはもしかしたらとても気持ち悪い行為で、「なんの話?」なんて言われたら僕はその惨めさに打ちのめされただろう。
それでも、僕にはこの三年間で少し学んだことがあった。それは、たとえ惨めな状態になる可能性が高いとしても、こういうとき、自分が気にしていることは素直に言うべきだということだ。言って惨めな思いをするほうが、言わずにずっと気にして後悔しているよりも、結果的には心が楽になる。