第7話
二秒、三秒とその場に立ち尽くして、それでも、僕はまだ事態の大きさを把握できていなかった。しんと静まりかえっている放送室には冬の冷気が漂っていて、僕は身震いした。
とぼとぼと歩いて放送台の前に戻る。見上げると、壁掛け時計が午後五時の直前を示している。僕はクラシック音楽のDVDをプレーヤーに入れ、原稿を手元に引き寄せて放送の準備をした。
「こんにちは。帰りの放送です。みなさん、下校の時刻となりました。今日も一日、楽しめましたか? 学校に残っている生徒は、帰り支度をして、寄り道せずに帰りましょう。そして、また明日、元気に登校しましょう。さようなら」
つまみを回すと、ぷつ、と音がして放送が切れる。僕の放送委員としての一年間が終わった。
翌日、僕は愛莉に話しかけようとして、そして失敗した。廊下ですれ違うと、前日までは目を合わせてくれていた愛莉にふと目を逸らされたのだ。僕は誤解を晴らそうと思っていたけれど、その目的を達成させてはくれないようだった。一度言ってしまえば取り返しのつかないことになるような言葉がこの世にはあるのだということを僕は知った。
それから、僕と愛莉は一度も会話をすることなく小学校を卒業した。
僕たちがもう一度交わる機会を持ったのは、中学二年生のとき、僕が生徒会長に立候補することになったときだった。
「ただいまより、生徒会役員候補者による演説を行います。まずは会長に立候補した……」
愛莉の声で名前を呼ばれ、僕は舞台に上り、演説台の後ろに立った。何百人の生徒が僕のことを見ていて、どこに視線を向けたよいのか分からなくなる。目を泳がせていると、級友の一人と目が合って、よし、ずっとそいつのことを見ていようと僕は決意した。二年二組は体育館の中央付近に並んでいるので、そこを見ていれば誰からも不自然に思われないだろう。
そして、一度演説を始めてみると、もう緊張は感じなくなった。暗記してきた原稿を、暗記してきた抑揚と息遣いで話していくだけだ。ありきたりな内容の演説だけど、信任投票なのだから何の問題もない。でも、話し始めたときに少しだけどよめきが広がったのには恍惚とした感情を覚えてしまった。声を出す、という行為は好きだし、得意だという自覚もある。アナウンサーのような声をつくって話すのが僕の隠れた特技で、人の前に立つ機会があると待ってましたとばかりに僕は自分の実力を見せつけていた。
生徒会長に立候補したのは自分の意思というよりは先生からの依頼を受けて仕方なくという側面が大きかったけれど、何百人の前で、自分の名前と顔を晒した状態で話すのはなんて気持ちいいことなんだと思った。クラスでの発表なんて所詮は40人程度の前で話すだけだし、小学校のときに務めていた放送委員での校内放送は全校生徒向けだけれども誰が話してるかなんて多くの生徒には分からない。誰か知らないけど、上手い人がいるな、という程度の認識しか持たない生徒ばかりだっただろう。