第6話
そんな話をしながらも、僕たちは特別なことをするのでもなく、放課後の放送室でいつもと同じような時間を過ごしていた。最後の時間である、ということを、少なくとも僕は意識していたけれど、口にする機会がないほど朗らかな空気が漂っていたし、それを口にしたところで愛莉に対して何といえばよいのか、その言葉を知らなかった。
だから、下校時刻になる直前、愛莉から「何言ってるか当てるゲーム」に誘われたとき、そうだ、これを使って何かを伝えようと僕は決意した。何をどう伝えるかは決まってなかったけど、こういうときは何かを言わなくてはならないとも思っていた。
「わたしが先行ね」
じゃんけんもせずに愛莉はそう言って、放送準備室の中に入っていく、僕は閉じられた扉の前に立ち、扉にそっと耳を押し当てた。目を閉じて、放送準備室の中でこちらを向いているはずの愛莉の姿を思い浮かべる。
「ともだち」
放送準備室からは、とても小さな、くぐもった声でそんな言葉が聞こえてきた。もちろん、防音仕様の扉越しに聞こえるのだから、愛莉は思いっきり叫んでいるのだろう。
「友達」
僕は扉を開け、放送準備室の真ん中に立つ愛莉に向ってそう回答した。
「正解」
愛莉は目を細めて笑い、それから、ふと真剣な顔になる。
「わたしたち、友達だよね?」
その瞬間、僕の思考は止まった。心の中に大きな棒を突っ込まれてぐちゃぐちゃに掻きまわされるような感覚に陥って、自分が二本足で立っていることを忘れるくらい茫然としてしまった。
友達だよ、と答えようとして、唇だけが動いて声はでない。
僕は押し黙ってしまう。友達っていうのは、教室で一緒にふざけたり、休み時間にドッジボールをしたり、放課後に集まって公園や誰かの家で遊ぶ面子のことだ。僕はそれを友達だと思ってきたし、友達は誰かと訊かれたらそういう男子たちの名前を挙げてきた。
あいつらは友達だ。間違いなく友達だ。
じゃあ、須藤愛莉はどうだろう。
僕には分からない。三週間に二回だけ朝と放課後の時間を一緒に過ごす存在。男子同士の激しくてちょっと下品なノリなんてなくて、穏やかに雑談したり、ゲームをしたり、「何言ってるか当てるゲーム」でふわふわした楽しさを共有する関係。
「ううん、友達じゃない」
だから、僕はそう言ってしまった。そんな言葉がふと漏れ出てしまった。
「友達じゃなくて」
「ごめん。ごめんなさい」
愛莉は目を大きく見開きながらそう言うと、僕の横を駆け抜け、そのまま放送室から出て行ってしまった。