第4話
このゲームは、ちょっと言いづらかったり、気恥ずかしいことを言ったりするのにも使えて、喧嘩してしまった後も、「ごめんね」と放送準備室の中で叫んで、それを当てたりすると仲直りも上手くいったりした。
そして、中でも印象的だったのは、2月14日の出来事だった。その日の放課後も、僕たちは放送室に足を運んだ。自然な流れで「何言ってるか当てるゲーム」をやることになって、愛莉が放送準備室の中に入り、僕は放送準備室の扉に耳を押し当てた。愛莉の声はいつもより遥かに小さくて、何を言っているか当てるどころか、声を出しているかどうかさえ分からないくらいだった。
「聞こえないよ」
我慢できなくなって、僕は扉を開けて放送準備室の中に踏み込んだ。愛莉は放送準備室の真ん中で、なぜだか寂しそうな表情で立っている。
「今日、何の日か知ってる?」
愛莉は僕の文句に対して直接応えることなく、埃っぽい空気の中でそう囁いた。グレーのニットにチェック柄のショートパンツ、そしてタイツを穿いている。ちょっと離れた距離から正面に向かい合った愛莉の姿を見るのはずいぶん久しぶりに感じられた。
「バレンタインデー」
僕はなるべく落ち着き払った声で、なるべく感情を込めずにそう言った。今日は何の日、と問われて、バレンタインデーだ、と気づいて、もしかしてチョコレートをくれるの、という感情がよぎって、でも、そんな感情を表に出すのはどうしても格好悪いことのように思えた。
「うん。ちょっと待ってて」
愛莉は突然、とびきりの笑顔をつくってそう言うと、僕の横を通って放送台まで小走りに駆けて行った。帰りはゆったりとした足取りで戻ってきて、手にはラッピングされたピンク色の小さな箱を持っている。
「あげる」
愛莉は箱を両手で差し出してきて、僕もそれを両手で受け取った。
「ありがとう」
という言葉は意図せず掠れた声になってしまって、僕はそこから、どう動いていいか分からずに茫然と立ち尽くしていた。
「家で食べてね。じゃあ、続きやろ」
沈黙を破ったのは愛莉で、その溌溂とした表情も楽しそうな声もいつも通りに戻っていた。僕はふわふわした気持ちを抱えたまま、表層だけはいつもの元気な自分を取り繕って愛莉と過ごして、それから、下校時刻になると放課後の放送をした。