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姫百合荘の日々  作者: 嬉椎名わーい
3/6

3、女子高と餃子と反抗期

龍子(りゅうこ)は女子高出身のため、じゃっかん世間の常識とズレているところがある。(という本人の弁)

たとえば紅鬼(くき)との打ち合わせの際、相手との距離10センチくらいに腰を下ろし、頬と頬をくっつけんばかりにして、「これは経費で落とせるかな? 一応領収書もらってあるけど」

紅鬼は超至近距離で見る、アイドルのようなタレ目の美女の顔に興奮し、しかも昼食に食べたボンゴレの匂いもプンプンするので、「龍子、近い近い! しかもニンニク臭い」

「あ、ごめんごめん! 女子高出身なもので・・・」と言ってさらに5センチ、距離を詰めてきた。

毛穴のひとつひとつがクッキリ見えるようなこの距離で、龍子は前髪をかき上げ、髪を後ろで縛る。

「匂い、薄まったかな?」

まるでオデコを出せばニンニクの匂いが消えると信じている新興宗教の信者のような、謎の行動であった。

紅鬼は、さらに強まった龍子の息の匂いに包まれながら、すっぴんだと美しいというより「愛嬌のある」というべき顔で視界をいっぱいにしながら、(こんな顔の犬種がいたな・・・)

犬種の名前が思い出せないので、とりあえず「あたまおかC」と感想を漏らす。

そのくせ、この超至近距離からキスすると、とたんに飛び下がって「紅鬼さんの変態!セクハラだよ!『親しき中にも礼儀あり』って掟を忘れないで!」

「やっぱり、あたまおかCとしか・・・」


また、たとえ初対面でもバストの大きい女性には、相手の胸を揉みながら「こんにちわー」と挨拶するクセがなかなか抜けず、これで「バー秘め百合」のバイトの子が1人、あやうく辞めそうになった。

「本当に申し訳ないです。女子高ではゴージャスな胸は揉まないと失礼にあたる、という風潮があって」

「本当にそんな女子高あるのか?」とクリス店長が怒ると、龍子はムキになって、「以前ネットのアンケートで、全国の『同級生の胸を揉んだことのある女子高生』100人に調査したところ、女子の胸を揉んだことのある人が100%だったよ!」

とはいうものの反省はしており、セクハラで迷惑をかけたバイトの子に10センチの距離まで迫り、「もう2度としませんから、本当にごめんなさい」と頭を下げると、頭突きで相手をダウンさせてしてしまった。


また、龍子は歩く速度が異常に速いと言われる。

ある日、夜烏子(ようこ)が街中で龍子の姿を見かけ、「あ、龍子・・・」と声をかけようとしたが、スタスタと歩いていく龍子に、なかなか追いつけない。

「ちょっと龍子、待っ・・・」

スタスタスタスタと歩き去る龍子に声さえ届かず、夜烏子はヘタリこんでしまった。

姫百合荘(ひめゆりそう)に帰ってから、「龍子に声かけたのに! 速すぎて追いつけなかった」と文句を言うと、龍子は明るく「あ、ほんと?ゴメンゴメン。女子高出身なもので・・・」

「なんでも女子高のせいにしないでよ!」


と、まあこんな風に女子高風を吹かす龍子のこと、女性同士の恋愛にも適応力があるだろうと思われたが・・・

とある秘密の島で龍子とパンテーラが出会った後、パンテーラの猛烈なアプローチを、龍子は拒み続けたのである。

「たしかにパンちゃんは、私の理想の人ではあるけど・・・ ただひとつ、女性であるという点を除いて」

これにはパンテーラも、2人を引き合わせた紅鬼もショックを隠せない。

女子とのスキンシップは日常茶飯事、女子と平気で手をつなぎ、いっしょのベッドで寝てもなんの抵抗もない、女子となら口移しで飲み物を飲んでも問題ない・・・ そんな龍子が同姓を恋愛対象として見ることを頑なに拒む、これは予想できないことであった。

ためしにパンがタンクトップの裾をめくって、ヘソまわりの腹筋をさらすと、炎に引きよせられる昆虫のように龍子が飛んできて、顔を腹筋にスリスリ「はあ~きんにく、きんにく、ふへーふへー」

真面目な顔になって、「筋肉は愛せるけど、同姓は無理だから!」

パンは涙目になって紅鬼を責める。

「紅鬼さん、話がちがう!」

まあまあ、とパンをなだめてから、紅鬼は龍子をじっと見て、

「龍子、あなたがパンちゃんをいらないなら、私がもらうけど?」

この時点では紅鬼はパートナーのミラルに出会っておらず、同性愛にも目覚めていない。

彼女もまた女性を恋人にするような人生は、まったく想定してないはずだが・・・

「え、紅鬼さんは相手が女でもいいの?」

「パンちゃんならね。これほどの強さ・美しさ・面白さ・・・ 男女は関係ないよ。こんなすばらしい人とは2度と出会えない」

自分の話題なのでパンが横から、「あと意外と女子力も高いんだよ!」とアピ-ル。

「さあ、どうなの龍子? どうしてもイヤなら無理強いできないし、私がパンちゃんとカップルになって、あなたには別途あらためて別の男性を紹介するか、あるいはお帰りいただくか・・・」

「ダメだよ」龍子はキッパリ言った。

「恋愛対象として見ることはできないけど・・・ パンちゃんは私のものだから!」

「それって、どういう」戸惑うパンだが、紅鬼は脈あり、と見た。


こうして、パンはあきらめずアタックを続けることとなり、龍子は「近い近い」「こわいこわい」「あついあつい」と距離を置きながらも、しだいに「恋人未満、親友以上」の仲へと発展していく。

ある日、2人は森の中のベンチに並んで座っていた。

龍子は芸能雑誌を読みふけっている。

パンはポッキーの箱を取り出し、(今日こそ龍子と初キッス!)

「龍子、ポッキーゲームしようゼ!」

1本のポッキーをくわえたパン、「ん~」と龍子に迫ってくる。

「え?」と振り向いた龍子、その拍子に左目にポッキーがグサッ

「!!」

龍子は目を押さえてうずくまり、パンは大声で叫ぶ。「誰か!救急車!」


少し眼球に傷がついたものの、幸い大したことにならず退院できた。

パンは顔をグシャグシャに泣きはらし、龍子の手を握りしめ「龍子を守らなければいけない私が、龍子を傷つけてしまうなんて・・・ 私がそばにいない方がいいのかな? ブラジルに帰った方がいいかな?」

珍しくポニーテールにまとめてないパンの髪をサワサワと触ってみる龍子、(こんな髪質だったんだ・・・ かてー!)

「私が失明したら、パンちゃんが私の世話をしないといけないんだよ」

「失明はしないでしょ! お世話はするけど」

「私が女子高出身だったせいで、パンちゃんの近くにくっつきすぎたから、こんなことに・・・ これからはポッキーの刺さらないくらいの距離は開けて、いっしょにいるよ!」

パンは感動して、「それって私をパートナーとして受け入れてくれるってこと?」

「何聞いてんのさ! パンちゃんと距離を置くって言ってんだよ!」

「だってイイ話っぽく言うから・・・」




それは姫百合荘オープン半年まで、あと2日という水曜日。

まもなく「女性専用Bar 秘め百合」へと出勤する遅出組面々、それを見送る面々の間に緊張が高まっていた。

というのも店長クリスに安定して週2日の休みを取らせるため、比較的店が空いてる水曜には龍子が店長代理を務めることになったからだ。(明日木曜はパンテーラが店長代理)

パン「龍子は新しい技術を覚えるのが得意だし、カクテルの作り方も一通りマスターしてる。心配ないよ」

紅鬼「ただ週1回の仕事って、けっこう忘れちゃうんだよね・・・」

店長代理はこれで4回目の龍子であるが、これまではパンやクリスがそばで見ていてくれていた。

今日はホール・スタッフで燃子(もえこ)が入ってくれるものの、あとはバイトばかりである。

紅鬼「ごめんね、燃子・・・昨夜牧場から帰ったばかりで疲れてるだろうけど、龍子をよろしく頼むね。本当は燃子を静養させるためにウチに引き取ったのに、こき使ってばかりで申し訳ない」

燃子「体は元気なんだし、おかしいのは頭だけやし、だいじょうぶよ! それに明日からまた休みシフトやしな」

パンは心配そうに、「龍子、何かあったら連絡するんだよ! トラブル発生時はウエスタン・バーの奴らを呼んでな」

龍子はいつになく気合が入ってる様子で深呼吸、「うん・・・ 仕事の手順はバッチリなんだけどね。やはり責任ある立場というのは・・・ いくつになっても、責任というものは恐ろしい」


水曜日、真琴(まこと)は執筆活動に専念するため家事は休み、かわりにパンがメインで夕食の支度をする。

今日は月に1度の、みんなが楽しみにしているパンちゃんの餃子の日。

少女時代、大農園領主の娘と駆け落ちしてサンパウロに住みついたパン、そこでバイトしていた日本料理店の餃子の美味さに感動、以来徹底的にレシピを研究して、今では餃子に関してはプロ以上、真琴以上の腕前だった。

ニンニクを入れず野菜多めのタネをこねながら、「だいじょうぶかなあ。龍子、ちゃんとやってるかなあ」そわそわ

紅鬼「まだ店開けて1時間だよ・・・ 皮に包むのは子供たちが帰ってきてから手伝ってもらう? やりたいって言ってたから」

パン「電話してみようかなあ」

紅鬼「かえって邪魔になるよ!」


パンの心配通り、「秘め百合」ではけっこうテンパっていた。

注文をまちがえてしまう龍子、「すみません!女子高出身なもので・・・」

グラスを落として割ってしまう燃子、「もえこちゃん、ガチのメンヘラだから堪忍してな!」

「どんまいどんまい」「どんまいどんまい」

女性客の1人が龍子に、「店長さん!あなた、もしかして・・・ 下北沢の劇場で『ああ、ムジョラブル』に出ていた役者さんじゃない? 主演の!」

龍子は振り向いてニッコリ、「『ああ、ムジョラブル』で主役のジョン・ジョルジョンをやらせていただきました! 決めゼリフは・・・」

突如、女優の顔になった龍子が「ジャン・バルジャンもがんばるじゃん!」

女性客は手を叩いて喜び、「ああ、そうだ思い出した! 舞浜龍子(まいはま りゅうこ)さん! あれっきり舞台でお姿を見ないけど・・・」

龍子「舞台で主役を演じるという夢をかなえたので、引退しました。今はパートナーや仲間たちを助けるのが生きがいなんです!」

そうだ、舞台で主役を務める、あの緊張感に比べれば・・・ こんな小さい店の店長くらい・・・

それからは店長として、落ち着いた仕事ぶりを見せる龍子であった。


夜9時を回り、客足も落ち着いてきた。

隙を見て燃子は更衣室に引っこみ、出てきた時はアイドルっぽいミニスカートの衣装。

「もえこちゃん、かわいい!」と客たちは喜ぶ。

今度は燃子にカウンターを任せ、龍子が更衣室へ。

出てきた時は、燃子と同じ衣装。

壁際のミニステージの照明が灯り、客たちにどよめきが走る。

「りゅーこと!」「もえこの!」

ミニライブが突如始まって、店内はヒートアップ。

「プリティープリンセス・セブンの『投げキッス・スナイパー』きいてください!」

2人とも本物のアイドル以上の歌唱力と振付だった。(ステージが狭いので大したダンスはできない)

つづいて『くちびるハイジャック』、『ハートぶっとびグレネード』と3曲歌ってライブは終了。

「りゅうもえー!」「もえりゅうー!」

「秘め百合」名物となるミニライブ、これが第1回であった。(これ以前ミニステージはビンゴゲームなどの司会者の立ち位置として利用されていた)


龍子と燃子、それにローラ、無事帰宅。

「お疲れ、龍子!」

涙を流しながらパンは、パートナーを抱きしめる。

ローラがエステサロンを早目に閉めてライブを撮影していたので、夜食に残しておいた餃子を食べながら、まだ起きている者全員でそれを鑑賞。

紅鬼「けっこうよく撮れてるね」

ローラ「これでもMI6でカメラ撮影や盗聴の訓練を受けたからね!」

パン「龍子・・・ プリプリ7、懐かしい・・・」

まりあ「燃子は演歌だけでなく、アイドルソングもいけるな!」

龍子は幸せそうに餃子を噛みしめ、「ああ野菜多めで胃に優しい・・・ この時間に食べても胃もたれしない・・・」

燃子「もっとニンニク入れてくれよ!」




姫百合荘の豆知識(9)


まだ姫百合荘の生活が始まって間もないころ、同居人たちを前にアリスンは説明した。

「ポッペンブルック伯爵のポッペンブルックは地名だから。人名じゃなくて」

ふむふむ、なるほど

紅鬼「名前はアリスン・ローズなんだよね」

アリスン「そう・・・ で、期待を裏切って申し訳ないんだけど、レディー・アリスンと呼ばれていても、それは愛称みたいなもので、法的には私は貴族でなく平民なのです・・・ ポッペンブルック伯爵の爵位は男子しか継承できないので、私は伯爵にはなれない」

なんだそれ、ぶーぶー

アリスン「私がどこかの貴族と結婚して伯爵夫人とか男爵夫人になれば、貴族なんだけど・・・ もうローラと一生ともに生きると決めましたので、そういうことは起こらない」

うおー 感動だー

紅鬼「2人ともイギリス国籍だし、合法的に同性結婚できるんじゃないの? ま、その、お父様の伯爵が反対しなければ・・・」

アリスン「私は父のある弱みを握ってますから、反対はさせません」

ここでアンが割りこんできて、「アリスンはアンと結婚するんだよね?」

「う!」

固まってしまうアリスン。




日曜日の夜、娘のアンを寝かしつけた後、ローラは隣りの部屋(ローラとアリスンの寝室)にパートナーのアリスンと、湯香(ゆか)・真琴のカップルを呼び集め、

「みんな、いつもアニーの面倒を見てくれて、本当にありがとう。とくに真琴。いつも娘たちのごはんを作ってくれて、ありがとうね。言葉では言い表せないよ」

真琴「いえいえ」

「湯香も娘と遊んでくれて、ありがとう。いつもヒステリックに八つ当たりしてごめんね。なんか最近、湯香が3人目の娘みたいに思えてきちゃって・・・」

湯香「私とローラさん、ひとつしか違わないんだよね?」

それを無視して、潤んだ瞳でアリスンに向かい合うローラ。

「そして我が最愛のパートナー・・・ 伯爵令嬢に子守なんかさせて、申し訳ないと思ってるよ・・・ あんたには素晴らしい才能があって、やるべきことがたくさんあるのに・・・」

アリスン「アンは私の命だよ」

ぎゅっと抱きあう年の差カップルの2人、日本人カップルも感動に涙ぐむ。

ローラ「で、みんなに相談したいこと、というのは他でもない。今のアニーはいい子だと思うんだけど・・・ いつか反抗期がやってくる・・・ ああ!反抗期が来たら、どうしよう! 私はどうすれば・・・」

湯香「まあまあ」

真琴「ローラさんは反抗期、いくつくらいからだったの?」

言ってからハッとして、「ごめん、昔のことは聞いちゃいけなかった?」

ローラ「ま、少しくらいなら・・・ ここでクイズです! 私の反抗期は何歳からだったと思いますか?」

湯香「なんか早熟でマセガキな感じがするから・・・ 12歳!」

真琴「10歳!」

ローラ「答えは・・・ 生まれた時からです!」

湯香、真琴、ブーッ

アリスン「私は前に聞いてたけどね」

生まれて初めてしゃべった言葉が、ママでもパパでもなく、「ふぁっきゅー」だったという。

湯香、真琴、ブーッ

ローラ「父が激怒して、乳母に『お前が教えたんだろう!』って詰めよったらしい。乳母さんは泣きながら否定したけど、結局クビになったって」

真琴「何それ、ひどい・・・」

湯香「で、真相はどうなの?」

ローラ「赤ん坊の私が覚えてるわけないでしょ! ま、こんなんだから子供のころから親の言うことには逆らいっぱなしよ。教会に連れていかれても暴れまわって、『神は死んだ!ゲハー!』とか叫んでたらしい」

湯香「『ゲハー』って何・・・」

真琴「あの、頭の検査とかは?」

ローラ「親に病院連れてかれて、頭のレントゲンとった! 異常なかった」

アリスン「レントゲンじゃダメだよ、MRIでないと・・・」

ローラ「私の頭がおかしい前提で話さないで! そんなことより、そんな私の娘だから、反抗期が来たらどんなふうになってしまうか心配で・・・」

湯香「日本には因果応報という言葉があってな・・・」

ローラ「娘が何か恐ろしいモンスターに変貌してしまうんじゃないか、考えると夜も眠れない・・・」

黒マントを広げたアンが「お菓子をくれないとイタズラするぞ!ゲハー」と迫ってくる姿を想像し、ローラは絶望につつまれた。

真琴「そのイメージは、むしろかわいいよね・・・」

アリスン「そもそもハロウィンの起源は、ローラの先祖の地であるアイルランドだよ?」



第3話 おしまい

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