伯爵令嬢は花の待ち人に選ばれる5
視線の先、その令嬢は静かに、しかし圧倒的な存在感を持って存在していた。
プラチナブロンドは美しく流され、サファイヤのような瞳は気高く。その口には自然な微笑を湛え、その佇まいは正に令嬢の鏡。深いコバルトブルーの品の良いドレスを見事に着こなし、周辺の令嬢と挨拶を交わしていた。
彼女はフィアンリース王国の筆頭公爵家、オルレアンス公爵家の令嬢のラヴィーニアであった。その美しさと振る舞い、さらに博識さから国内外で名を知られている令嬢だ。ジネブラの二つ年上で、同じ女学院出身。そのためジネブラも何度かお目にかかってはいるが、未だその美しさは見慣れない。
「相変わらずの美しさだわ。いえ、より輝きが増したような気もする」
「同感ね。卒業して尚勉学に励んでいらっしゃるそうよ。領地経営も進んで行っていらっしゃるし、どこまで上り詰めるのかしら、あの方は」
「まさに、妃候補に相応しいわ」
周りは彼女を見ながら、ひそひそとそんな話をしている。やることなすこと、注目の的だ。それを見たクロエが同じようにジネブラに囁いた。
「ラヴィーニア様、やっぱりクリストファー殿下の待ち人なのかしらね」
「お似合いだものね。同い年ですし。それに公爵家ですから幼少期から殿下と交流もおありでしょう」
「まあ、そうよね。このままラヴィーニア様が選ばれて、年頃令嬢たちは一気に外に目を向けるのよ」
「そうなったら、ようやく令息様達も動き出すのかしらね」
この国ならではの話だが、王子と歳が近しい令嬢はみな王子の花待ち人が決まるまで婚約者を選ばない。誰もが夢見る乙女なのだ。そして花待ち人が選ばれた途端、一気に婚約ラッシュ。ようやく外、各貴族の令息に目を向けるのだ。それが分かっているため各令息も急ぐようなことはしないし、狙いだけ絞って大人しくしている。ただ、妃に興味がなかったり相思相愛の相手が居る場合は、関係なく婚約を結ぶケースも勿論ある。ジネブラも前者だが、親が万が一の可能性を考え婚約話は断り続けており、今を迎えている。
そんな状況の中、「誰が花待ち人に選ばれるのか」という話題になったとき、一番にあがるのがこのラヴィーニアの名前なのだ。才色兼備、知名度もある努力家の彼女が相応しいと、みな口をそろえる。
つまり今日、選ばれるかもしれない。
「今日決まってしまったら、私たちも忙しくなるわ」
「お互い、良い方に巡り合えたらいいわね」
「万が一選ばれたら祝福するわジネブラ」
「そっくりそのままお返しします。ほら、始まるわ」
二人で景気づけとばかりにグラスを合わせた時と同じくして、王族のおなりを告げる声がホールに響いた。徐にグラスをテーブルに置く。周りは依然ざわついており、ジネブラの心も同じようにざわつき、高鳴っていた。腐ってもデビュタント、自分の晴れ舞台なのだ。
その時、静かに駆け寄る姿があった。その姿をみて安堵する。ライルだ。
「ごめんジネブラ、こいつに手間取った」
「いえ大丈夫…あら、その方は」
「…」
「…感謝いたしますわライル様、その馬鹿を引っ張ってきていただいて」
ようやく合流した彼の手には、引っ張られるクロエの兄の姿もあった。思わずクロエと顔を見合わせ、声を出さずに笑いあう。少し緊張が解けたようだ。
静かに、荘厳な扉が開かれる。
さあ、パーティの始まりだ。
スローですみません。※登場人物紹介追加しました