伯爵令嬢は花の待ち人に選ばれる4
「これじゃあまるで壁の花ね」
「あら、花の待ち人よりその方が楽かもしれないわよ」
そういっておもむろに果実酒を飲み干す友人を見て、ジネブラは呆れたようにため息をついた。
二人の令嬢の隣にそれぞれのパートナーの姿は、無い。
あの後、ジネブラとライル到着したのは、王家の所有する大きな館だった。名を「花の館」と言い、花の国に相応しくあるようにと一年中花が咲き乱れる豪華絢爛な館だ。他国との外交の場になる他、王家主催の夜会はほとんどこの場所で行われるようになっている。デビュタントであるジネブラは、今まで一度も足を踏み入れたことが無かった。
受付を済ませ、周りに生暖かい目で見守られながら中に進んだ彼女たちは、食事ととる暇も無く挨拶回りに勤しんだ。そこまでは良かった。爵位に関わらずしっかりと淑女としてのご挨拶は最低限済ませたのだから。
そうして挨拶回りもひと段落したあと、ようやく飲み物に口をつけているとライルが彼の職場の先輩同僚にに捕まった。ちなみにライルは王国一のフィアンリース学院で優秀な成績を収め、今は法務省で働いている。その職場の現状について意見が聞きたいと、いささかお酒をきこしめした真面目な(面倒な)先輩に無理やり連れて行かれたのだ。去り際にライルが「ごめんねジネブラ…!」と悲痛な面持ちで叫んでいたのが嘆かわしい。
こうしてジネブラはデビュタントにも関わらず、ぽつんとひとり取り残されてしまったのだった。どうしたものか、ととりあえず壁側に視線を移した彼女は、ぴたりと動きを止める。その視線の先には、見慣れた黒髪の女性が、自分に対して手招きする姿があった。
そして冒頭に至る。
「まさかクロエまで置いていかれてるとは思わなかったわ」
「ええ、その言葉そのままお返しするわ」
そうにやりと笑った女性、クロエ・ロンバルディはロンバルディ伯爵家の次女であり、ジネブラの親友である。同い年・同じ伯爵家という位もあり女学院の入学時から意気投合、そのまま良い友人関係を保ってきたのだった。ちなみに二人が通っていたシルビア女学院はその名の通りかのシルビア王妃によって創設されており、由緒も正しく王国内で一番の女学院だ。
「お互い不憫なものね」
「あら、私は楽よ?壁の花ならそうそう選ばれないでしょうし」
「待ち人に?」
「そうよ、貴方なら選ばれるかもしれないわよジネブラ」
「何度も言ってるけど、望んでないし選ばれないったら」
「あら、残念」
再びにやりと笑うクロエを見てジネブラは「相変わらず良い性格をしている」と内心苦笑いをした。彼女は女学院時代から何事にも動じない強い女性だ。何度自信の無いジネブラを叱咤し、引っ張りつづけてくれたことか。とはいえいろいろとちょっかいをかけたがるところは困り者でもあるのだが…
「そういえばクロエ、貴方パートナーの方は?」
「あー、兄と来たんだけれど早々に居なくなったわ。つかの間の逢瀬でも愉しんでいるんじゃないかしら」
「…噂の未亡人様とやらね、お元気ですこと」
「大概にしていただければ結構ですわ。王族の方々の謁見までにお戻りいただければ」
麗しの未亡人に現を抜かすクロエの兄のだらしない姿を想像したジネブラは、謁見という言葉にこの後の流れを思い浮かべた。
通常、王族がいらっしゃるまで各自思い思いの時間(主に社交)を過ごし、王族の入場後は爵位順に一人ずつ謁見しご挨拶をすることになっている。ただし今回はデビュタントの夜会であるため、謁見前にデビュタントが王の前に並び、一言ご祝辞を頂戴するのだ。その後は通常通り謁見、かつファーストダンスが始まり、優雅な夜は更けていく。
「デビュタントはどうあがいても目立つのだから、一人で並ぶような寂しい目立ち方は御免ですものね」
「ええ。でもジネブラとこのままお話し続けるのも捨てがたいから、戻ってこなくても良いかもしれないわ」
「あら、奇遇ね。このまま逃げ出してしまいましょうか」
「女二人で逃避行?それも面白いわね」
くだらない事を言い合いながら、パートナーの帰りを待つ。正直目立ちたくないジネブラの先ほどの発言は半分本音なのだが、こればかりは許されない。楽しい時間の終わりが迫っているのを感じながら軽食を摘んでいると、ふと隣からこぼれるようなため息が、そしてひそひそとしたお声が聞こえてきた。
「オルレアンス公爵令嬢様だわ」
「なんてお美しいのでしょう、立ち振る舞いも素晴らしい」
その声にクロエと目を合わせ、噂の出所である淑女の方々の視線の先を追う。するとそこには、一人の美しい令嬢が居た。
ブックマークありがとうございます
多忙のため、投稿が遅れております。気長にお待ちいただけると幸いです