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精神世界

季節は秋。校庭の庭に茂っている木々が朱色に染まり、冷たい風が木々をざああっと騒めかせる。

「その、僕は、君、雪が峰のことが……好きなんだ」

「えっ」

ざわざわと人が渦巻いた文化祭が終了し、僕はずっと好きだった彼女に愛の告白をした。

僕はこの日のためにずっと生きてきたといっても過言ではない。

胸をざわめかせて言い放った告白であったが彼女の眼は僕の予想に反していた。しかし、ここで終わらせるわけにはいかない。

「僕は君以外の人と付き合うことなんて考えることができないんだ」

彼女は僕から目をそらす。

「私は君とは付き合うことができないよ」

途中からおおよその見当がついたが帰ってきた返答はもちろん拒否を意味する文言であった。しかし、僕は理由が知りたかった。

「どうして?」

付き合うことができないというのはどういう意味なんだ。嫌いならまだしも付き合うことができないというのは……

「まあいいわ」

彼女はふっ、とため息をついてそういった。

すると、木々をざわめかせていた風が急になくなり、あたりから音という音がすべてなくなり、キィーンと耳鳴りのようなものを感じた。

「いったいこれはどういう状況なんだ?」

このような異常事態にもかかわらず彼女は冷静に地面を見つめていた。

「………」

そして彼女は早口で呪文のような言葉をぼそりとつぶやいた。

その姿は彼女の美しさをすべて封印したようなもので、不気味さを醸し出している。

「うわっ、なんだこれは」

彼女が呪文を云い終えたのち、あたりは白い光に包まれた。するとふわあっと体が持ち上がり、地球の重力が仕事をしなくなったような状況に陥り、強い眩暈に襲われた。

「いつまでねてるの」

柔らかい感触を後頭部に感じる。朦朧とした意識の中、目を開けるとそこには彼女の姿があった。

「いい加減そろそろ起きてくれる?」

あろうことか僕は彼女の膝の上で意識を失っていた。

「あ、ごめん。ここはどこの場所なんだ?」

あたりを見渡すと今までの人生で一度も見たことないような地平線が広がる草原にいた。

「さあ、どこでしょう」

彼女は嘲笑しているかの表情で言った。

そして、彼女の姿が消えてなくなった。



「あなたはここの世界の住民ではありませんね」

彼女とは違う、彼女とは少しばかり年齢が年下の少女が僕に話しかける。まるでmelancholyを感じるような表情をしていた。

「どうしてそんな暗い表情をしているの?」

すると少女は、

「ここの世界はあなたの精神世界です。あなたの思い出と記憶の中に存在する唯一無二の世界。この世界はあなたの思うがままになるのです」

僕は少女が言っていることに対し理解に苦しむ。

精神世界ってどういうことだ?

「簡潔に言うとこの世界はあなたの記憶にある世界なので何をしてもあなたの自由です。あなたがしたいことは何でもできますし、できないことなんて存在しません。元の世界に戻るということ以外は」

「どうしてそんな世界に俺が来ることになったんだ?」

「それは言えません」

「どうして?」

「言えないからです」

「その理由が知りたいんだ」

「あなたはどうして理由にこだわるんですか?」

物事にはすべて意図があるものだ。理由なしに物事が動くことなんてない。だから僕はこの世界に来た理由が知りたかった。しかし、少女はどうしてそんな愚かなことをするんだといわんばかりの眼を僕に向けている。

「唐突ですが、私は以前あなたにお会いしたことがあります」

「えっ?」

本当に唐突な彼女の一言に僕は戸惑いを隠せなかった。僕の記憶上には彼女の姿なんて存在していない。

「私は、あなたのことが好きです」

少女は、今までの憂鬱そうな表情から、この世の美しさを少女に集めたような、もう二度と僕の記憶から離れないような表情で、僕が今まで一度もかけられたことがなかった「好き」という言葉をつぶやいた。

「もし、私でよければ……抱いてください」

一瞬だけ僕の頭の中にはエクスクラメーションマークとクエスチョンマークがぐるぐると渦巻いていたが、そのような渦巻きは一瞬でなくなり、彼女を自分の胸に抱きよせた。


もとの世界に戻れないというならこうしたほうがいい。僕はそう思ってしまったのだ。


少女を胸に抱きよせたと同時に、世界から光が消え、漆黒の渦に巻き込まれた。そして、少女はいなくなった。

「思い出とは無価値なもの。そして自由なもの。その思い出の中であなたがどういう行動をするかを見ていたんだけど。やはりあなたはそういう人間だったんね」

消えてしまった雪が峰が再び現れてこう言った。

「君……」

「あなたはその程度の人間だったんだね」

彼女がそう言い放った瞬間、秋風が吹く黄昏の校庭の庭に舞い戻った。

そして、僕もクラスメートも二度と雪が峰に合うことはなかったと同時に、記憶からなかったものになってしまった。

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