わたしの幸せ
すみれ編完結したにゃ!続きも頑張るにゃ!
青髪の少女は政府軍からの不合格と印字された紙切れを手に、
ひとり立ちつくしていた。
その日から、もう何日がたったのだろうか?
現実が甘くないことを知らされた少女にも容赦なく次の選択は訪れる。
「それで、すみれさん。進路はどうするおつもりですか?」
『えっ、と、そうですね。もう少し考えてみます。』
少女の声には生気がなく、震えが混じっていた。
「いいですか?もう受験まで時間がないのです。早く志望校を決めてもらわないと。」
『は、はい。』
そう言ってその場をやり過ごすことしか出来ない自分の無力さをひしひしと感じながら、
彼女の夢は徐々に現実へと変わる。
「太一。すみれ、あれから元気がなくてね。ずっと寝込んでるのよ。おかあさん心配で」
『そうだね。僕も心配だ。後で話をしてみるよ。』
「頼りになるわ、よろしくお願いね。」
わたしの兄は自慢の兄だ。
それはもうすごく、わたしにとっては掛け替えのない人だった。
人を笑顔にするのが好きで、何かにつけて人のためになることを考えている。
そんな大好きな兄のようになりたい。それだけに憧れていたわたしにとって、その現実はとても浮世離れしたものであった。
わたしの夢は、その紙切れと共に終わりを告げたのだ。
そんな夕暮れ、部屋の前でドア越しに兄の声がした。
「すみれ、少し散歩でも行かないか?」
兄はきっといつものようにわたしを励ます気でいるのだろう。
やっぱり、お兄ちゃんらしいなぁ。
そう思いながらも、いまだけは、いまだけはどうしても兄と顔を合わせられない。
どうすればいいのだろう。つらい、つらいよ。おにいちゃん。
兄から貰った水色のお守りにでもすがるように昔のことを思い返していると時計の針は動く。そして、涙が枯れた少女の頬にも朝の光が差し込むのだ。
「ごめんな。すみれ、もう軍に戻らないといけない。」
そういって出発する兄の見えない背中から、ようやく少女は悟る。
そうか、もうわたしは兄のようにはなれない。
△ ▽ △ ▽ △ ▽ △
大雨はわたしの心を映すようで、幻想的に見えた。
「彼はもう助からない。体をどこかから移植しないかぎり。」
肩を落とす桂木先生の独り言を聞いて、少女はひどく動揺し狂気を帯びていた。
これなら!わたしでも人のためになれるかもしれない!
兄を救うことができるのはわたしだけ――。
それからの記憶はよく覚えていない。
どうやら、偉い人がわたしの体を無事兄に適合させて、わたしの残った身体と誰かの死体とをつなぎ合わせてくれた、ということらしい。
「すみれちゃん、だったかな?」
義眼をしている人は始めて見た。この時代にもいたんだと関心しつつ、よく見てみると身体のほとんどが機械らしい年老いた男の顔は何処となく兄に似ているところがあり少しだけ安心させられた。
けれど、その名前にはあまりなじみが無かった。すみれって誰のことだろう?
ふと脇にある鏡に映るあたしは、金髪で幼い少女。
そんな暗がりのベッドから、わたしの最後の物語は始まりを迎えた。
△ ▽ △ ▽ △ ▽ △
今日の天気は、すごくいいらしい。
こんな日に地上に上がれるなんて彼女にとっては最高な気分だろう。
わたしたち被検体の一部には一度だけ、地上にあがる機会を与えられている。
リスクが高いと多くの研究者が反対している中で、所長のせめてもの気遣いということらしい。
そして、今日がわたしの番だ。
『今日はなにしよっかな~!!』
何も考えずに地上にきてしまった無邪気な少女はその無計画さに多少の後悔をしながらも、気分よく病院の中庭に足を踏み入れる。すると、反対方向から中庭に来た男と目が合ってしまった。彼の服装は、秋にはまだ暑そうな軍服だった。
「こんにちは。キミはここに入院してる子かい?」
なにやら大分疲れているらしい彼の顔は、少女になぜだか懐かしいものを感じさせる。
そして、中庭の端から桂木先生が監視しているのを横目に、
『いえ、お父さんが入院してしまって。』
と返す。
「それは大変だろう。」
それからは、自然と話し込んでしまった。
彼は仕事に疲れて今日は休暇にしたらしいけれど、結局お仕事がしたくて病院に来てしまったらしい。そうして、しばらく話をしていると、
彼はポケットから何やら取り出してみせる。
差し出す彼の腕には見覚えのある水色の小さなお守りが見える。
あぁ、どうして忘れていたんだろう。この人はわたしの大切な夢だ。
淡い記憶がほんの少し戻った少女は、青年の顔をじっとみつめる。
それをお構いなしに、彼はわたしの手をしっかりと握って、
飴を渡すと頭をそっと撫でてくれた。
懐かしい兄の大きな手だ。
兄は続けざまに口を開く。
「力になれなくて申し訳ないけど、君のお父さんが少しでも元気になれることを祈っておくよ。」
『あっ…、おにぃ…』
そう言い掛けて、少女はその口を閉じた。
館内に響き渡るのは、昔よく聞いた内容である。
ご来院中のお客様に迷子のご案内をいたします。
グレーの洋服をお召しになった三歳のお子様を、見かけた方
お母さん・お父さんが探しておられます。
心当たりのある方は一階受付までご連絡下さい。
音が鳴り止むと、兄は予想通り次の仕事をする顔をしていた。
「さて、野暮用ができたみたいだ。ちょっとばかし行って来るね。」
こうなると兄はいつも同じことを言うのだ。
『あ、あの、お兄さん!』
振り向く青髪の青年へ金髪の少女がひとこと告げる。
『飴、どうもありがとうございました!
それと、お兄さんはもう十分わたしの力になってます!』
少女のかけた声に、少し照れたように頭をかくと青年はそのまま先へ進む。
△ ▽ △ ▽ △ ▽ △
病院の中庭の回りにある渡り廊下では、
見慣れた茶髪メガネが白衣を着て壁に寄りかかっている。
丁度、その横を通り過ぎる金髪の少女は一度そこで立ち止まってみせた。
『ねぇ、桂木先生。今日がわたしの番なんでしょう?』
そして、帰ってきた沈黙を打ち消すように、声のトーンが明るくなる。
『隠さなくてもわかるよー、先生隠すの下手なんだもん。』
そういうと、少女は大きく伸びをして
『はぁ~、今日は良い天気でお外、気持ちよかったなー!』
それを聞いている桂木は、沈黙していたその口をようやく開く、
「本当に、君はこれでよかったのか?」
その茶髪の方を、あえて向かずに少女は応える。
『わたしは兄を救うことができた。それだけでもう十分かな。』
彼女の声は少しだけ震えていた。
桂木は持っていた煙草に火を消すと、彼女の背中に目線を移す。
『
もし、わたしが犠牲になったとしても、
それが許されないことだったとしても、
わたしは人を救いたい。
それがわたしの幸せだから。
なんて!
』
そういって、振り返る彼女の笑顔は天気に負けない明るさだった。
もう夕焼けの時間だ。
彼女は飴を頬張ると、軽い足取りで研究所のある地下へと消えていく。