暗がりの幸せ
絵本の最後はちぎり取られていた。
「おとーさん。また、最後のページ、ないよ?」
幼げな双眸がこちらを向くと、
白衣の男が膝元の彼女に目を落とす。
「ははは、お父さんはね。そのページを××に埋めて欲しいのさ。」
頭の上にはてなマークが浮かんでいそうな顔の彼女を見て、
所長は彼女の頭に手を置いた。
あぁ、もう思い出せないなぁ。私の名前。
△ ▽ △ ▽ △ ▽ △
「当院では、日本の最先端医療を取り入れるべく、研究所を併設しております。ささ、見学の方はこちらへどうぞ!」
病院の通路を研修医と思われる学生達が狭くしている。
左目に包帯を巻いた少女は、その群れを避けるように、やけに多いお菓子を持ってどちらかへと向かう。
『おっとー、失礼。』
ぶつかりそうになった高身長の青年が頭を掻きながら謝ると、
その脇にいた金髪に赤いピアスが特徴的な男が間に入るように。
「ごめんねー、お嬢さん。プリンでも奢ってやるから許したげてやー。」
そういうと、落ちたお菓子を拾い上げた。
『すまない。おい、今はそんな時間ないんだから早く行くぞ!』
「わーってるよ。んじゃあ、これでゆるしてーな。お譲ちゃん。」
そう言って金髪は迷彩柄の厳ついコートのポケットにあった飴を差し出したが、彼女はどうやら警戒して逃げるように大量のお菓子と共に消えてゆく。
「あれま。こりゃあ嫌われちゃったかな~なんて」
ギシギシと床と靴底がぶつかる金属音を立てながら金髪が青髪に続く。
「さっきの子、ロシア人かな?すごく肌白くて目が青いし。めっちゃ美人になるぞーあれは。」
『あー、そうかもな。』
相変わらずの適当な返事に愛想を尽かす金髪が続ける。
「ところで、太一、この病院で違法な臨床実験が行われているというのは本当なのかねー?俺にはどう見ても普通の病院にしか見えないんだが。」
『さぁな、私にもそうは思えんが。うまく隠している可能性もある。警戒を怠るな。あと、任務中は名前じゃなくて、軍事称号で呼べ。』
「へいへい、少尉どの。」
△ ▽ △ ▽ △ ▽ △
地下85階にて―――
「所長、本日も上記3名のものを処理しました。」
白衣を着た若手の研究員が書類を渡すのと同時に報告する。
「そうか。」
所長は眼前にある大きな水槽を眺めながら魂のなくなったような声で続ける。
「ご苦労。彼女らも望んでいたことだ。桂木くん。キミが気を負うことはない。」
「はい…」
報告を終えた白衣の青年が被検体たちのいる施設へ戻ると、
そこには、大量のお菓子を持った彼女がいた。
「あはは、すごい量だね。あの子たちのために買ってきたのかい?」
「はい。」
そういって微笑む彼女の姿は、私の殺した笑顔のようで脳裏に焼きつくには十分だった。
ぐっと感情を殺し。
「そうかい、それはお邪魔してしまったね。早くいってあげなさい。きっと彼女たちも心まちにしているはずさ。」
「そうですね!急がないと!です。」
私はまた何も出来ないまま白い髪を揺らしながらせっせと動く彼女の背中を見送る。
この病院では、患者の意思を最優先している。
といえば、聞こえはいいが…
瀕死の孤児に対して不法な臨床実験や、不治の病に対して最後の介錯を行っているというのが実情だ。
「多少の犠牲はしかたない、、、本当にそうなのだろうか。」
眉間に人差し指と親指を当てて呼吸を整えると、桂木はまた歩き出す。
△ ▽ △ ▽ △ ▽ △
一方、彼女が目的地に辿り着くと、
そこには成長期前なのだろうか、身長の低い群れが出来ていた。
「いやったー!きのこの街だ!!お姉ちゃんありがとー!!」
元気良く飛び跳ねる右の髪の毛を結んだ女の子がすかさずお菓子を奪い取る。
それにならって、
「これは私のー!」
「これはもらったー!!」
「いやだー!ボクのだもん!」
「えー!わたしのー!!」
案の定、かわいいことに揉めだしたのである。
「ほら、悠はこの間食べたでしょー!今回は秋ちゃんの番よ!」
「はーい。へっ」
最後に微妙に煽る秋に、
『ふーんだ。お姉ちゃんがいうから仕方なくだからな!次はないと思え!』
悠が反抗する。
それをよそ目に、
彼女は視界に入った青い義眼が目立つ所長に意識を向ける。
それに気付いたのか、所長は彼女に近寄り
先程の水槽を見ていたときとは別人のような目で頭を撫でる。
「お、偉いなー、お使いしてきたのか!」
「えへへ、私はみんなのお姉ちゃんだからね!そう、いえっばっ…」
そう言いかけて彼女は......
ーー眠るようにしてその場に倒れた....
つづく。