聖女、恋バナする。
「クレアさん、人を好きになったらまずは何をすればいいんですか?」
「えっどっどっどうしたのですかセイラ様!?」
ヴェルドさんを好きだと自覚したのはいいものの、どうしたらいいのかよくわからなかった私はとりあえず参考にしようとあの恋愛小説を読んでみた。けれど全然参考にならなかった。だって主人公の聖女も相手の王様も全然私とヴェルドさんとは違うんだもん。それに小説だと聖女が攫われたり魔王様が大怪我したり事件がひょいひょい起こるけど現実はそうはいかない。至って平和である。
だから、周りの人に相談するしかないし、私が今相談できる人といえば、クレアさんしかいなかったのだ。
「もしかしてセイラ様、魔王様を……?」
「……」
恥ずかしいけど事実なので黙って頷くと、クレアさんはわかりやすく興奮していた。しまった、スイッチ入ったなこれ。
いつ気がついたのか、とか昨日何があったのか、とか。そんな感じで根掘り葉掘り聞かれ、色々と吐かされた。スイッチの入ったクレアさんはちょっと、いやかなり押しが強くて怖い。
「すみません……そうでした、人を好きになったら何をすればいいのか、でしたね」
「……はい」
18にもなってこんなこと聞くの、恥ずかしすぎる。でもどうしようもないのだ。どうにも落ち着かなくて目を泳がせていると、ふふ、とクレアさんは笑った。
「特別なことをする必要はないと思います」
「……え」
「セイラ様が、魔王様とどうしたいのか。そのお気持ちを大事になさってください」
私が、ヴェルドさんと、どうしたいのか。
それなら、簡単だ。もっと沢山話したいし、傍にいたいし、欲を言えばまた一緒に城下町に遊びに行きたい。
「っクレアさん、ちょっと行ってきます!」
「はい、いってらっしゃいませ」
今すぐに、彼の顔が見たかった。その一心で私は駆け出した。
コンコン、とヴェルドさんの執務室の扉を叩くと、返事が聞こえたのでセイラです、と声をかけて扉を開けた。そっと遠慮がちに中を覗き込めば、少し疲れたような顔をしたヴェルドさんがこちらを向いた。
「どうした?」
なんだろう。めちゃくちゃかっこいい。なんかキラキラしてる。この人こんなにかっこよかったっけ。いや、かっこよかったけどなんか三割増しくらいで素敵に見える。なんだこれ。
急に心臓がドキドキしだした。ちょっと待ってなにこれ。緊張して、言葉が出てこない――!
「えっ、と。おやつに貰ったお菓子が美味しかったので、おすそ分けに来たんですけど」
これ以上見てたら心臓が破裂しそうで、視線を逸らす。やっとの思いで絞り出した声は多分少し震えてた。
「そうか。ありがとう」
「いえ!」
「それで……いつまで入口にいるんだ?」
やけに近くで聞こえたその言葉と同時に、頭上に影が差した。はっと顔を上げると、赤いルビーの瞳と視線がぶつかって。
思考が、止まる。
「これか。……貰うぞ」
私の手に持ったお菓子の袋の中のひとつを大きな手がつまみ上げた。そのままそれを口へ放り込んだ後、指についた欠片をぺろりと舐める。
演劇でも見てるみたいに、彼の一挙一動に視線が吸い寄せられて、離すことができない。
「確かにこれ美味いな。……セイラ?」
名前を呼ばれたことで、我に返った。えっなにこれやばい。私どうしちゃったの。
「はっはい」
「どうしたさっきから固まって」
やっぱりおすそ分けするのが惜しくなったか? なんて茶化すように笑う彼もびっくりするくらいかっこよくて。
「あ、え、えと……」
うまく返事ができない。私、今までどうやって会話をしていたっけ?
「大丈夫か? 熱でもあるんじゃ」
「!!!」
不思議そうな顔をした後、腰を屈めたヴェルドさんに顔を覗き込まれ、額には大きな手を当てられ。近い!近いって!
落ち着け私。耐えるんだ私。今すぐ逃げ出したい衝動ともっとそばにいたい気持ちが戦争している。
「だっ大丈夫です!」
「ほんとか?」
「ほんとです!」
だからそんなに覗きこまないでほしい。
「ならいいが。体調悪かったら言えよ」
ぽんと私の頭に手を乗せて、私の横の扉を開けてヴェルドさんは出ていこうとする。
「……え、どこか行くんですか?」
「ん? ああ。ちょっと用があってな」
「そうですか……」
さっきまであんなに会話するのもいっぱいいっぱいだったのに、出かけると聞いたら気持ちがしゅんと萎れていくのがわかった。手が離れていくのも名残惜しい。我ながら矛盾している。さっきは離れてほしいと思ってたのに。
遠ざかっていく背中にいってらっしゃい、と声をかけたらひらっと手を振られて、それだけで少し嬉しくなった。
「……」
萎れた気持ちを抱えて彼とは反対方向、自分の部屋へ歩き出した。
とぼとぼ歩きながら考える。今日の私はおかしい。こんなに挙動不審で、まともに会話もできなくて、ヴェルドさん絶対変に思っただろう。
……本当はもっといろいろ話したいことあったのになー。
頭ではそう思ってるのに、身体が言うことを聞かない。今まで平気だったのに、彼を目の前にすると、言葉の紡ぎ方、呼吸の仕方でさえも忘れてしまった。
自分がこんな風になるなんて、思ってもいなかった。誰かを好きになるって、恋をするって、こういうことなんだな。とりあえず晩ご飯までにヴェルドさんを前にしても平静を保てるように練習しなきゃ。
そう思っていたのに。
この日、ヴェルドさんは仕事が長引いたとかで、彼と一緒に夕食を取ることはなかった。
それはあの約束をしてから、初めてのことだった。