聖女、町へ行く。2
そんな感じでお店巡りをしていると、陽が頭上高く昇ってきて、飲食店が賑わう時間になった。食堂のような店もあるし、ちょっと高級そうなお店もあれば、露店のような店もある。食べてみたいものはたくさんあって、どうにも決め難い。
けど、やっぱり初めて来る町の醍醐味と言えば、食べ歩きだと私は思うのだ!
「というわけで、食べ歩きをしましょう」
「どういうわけだ」
「町散策を最大限楽しむには食べ歩きが必須なんです。私の庶民歴を信じてください。……あ、すいませんそのサンドイッチ二つ!」
ヴェルドさんは困惑してるけど気にしない。とりあえず気になったものは買う。これ鉄則。特に露店なんかは次来たときにも店があるとは限らないのだ。
「どうぞ!」
「ああ……ありがとう」
「こんないいお天気なんです、たまには外で立ったまま食べるのも素敵ですよね」
貴族のお嬢様だったら、お行儀が悪いって怒られてしまうかもしれないけど。外で食べ歩きをするのも、大きな口を開けてサンドイッチを頬張るのも、庶民の特権だ。楽しまなきゃ損だよね。
「確かに、美味いな」
「でしょう?」
少し口元を綻ばせたヴェルドさんに、たまらず笑いかけた。彼にも食べ歩きの良さをわかってもらえたところで、次に行くことにしよう。
「あれはどうですか?」
「あそこはたまにしか店を出してないから狙い目だぞ」
「それは行くしかない!」
大きなお肉を目の前で焼いて切って売ってくれるお店とか、魔族領にしかない果物をたくさんのせた初めて見るお菓子とか、素敵なお店はたくさんあって、色々と回っているうちに私たちはお腹一杯になって、食べ歩きは終了。また他のお店巡りに戻った。
そうしているうちに陽はすっかり傾いて、少し冷たい風が吹き始めた。
「暗くなってきましたね」
「そうだな。そろそろ帰るか」
「帰りたくないくらい楽しかったです」
「それは良かった」
そのとき、懐かしい香りが鼻をついた。
はっとそちらを向けば、そこにあったのは小さなケーキ屋さん。もう店仕舞いをする直前らしく、一つだけ、ぽつんと残ったマドレーヌがあった。
「すみません――」
「あ、そのマドレーヌください」
それください、と。私が声に出す前に、通りすがりの誰かが買っていってしまった。私はただそれを見ていることしか出来なくて。
……うん。売り切れなんだもん。仕方ない。
「なに世界の終わりみたいな顔してんだ」
「食べたかった……」
「女は甘いものならいくらでも食えるって本当なんだな」
「当たり前です。デザートは別腹」
そんな会話をしているうちに、お城へ到着した。城も町も、橙色に染まって朝とはまるで違う場所みたいで。夕暮れが人をなんだか寂しい気持ちにさせるのは、楽しかった今日が終わってしまうのを感じさせるからなんだろう。
「ヴェルドさん。今日は連れてきてくれてありがとうございました」
そういえば今日は視察って聞いてたのに普通に全力で楽しんでしまった。怒られるかな、と思った私の心配を他所に、彼は微笑んだ。
「また来よう。俺も楽しかったしな」
その言葉が嬉しくて、私も笑った。
「おかえりなさいませ」
「ただいま、クレアさん」
部屋に戻るなり、とってもいい笑顔をしたクレアさんに出迎えられた。
「どうでしたか!?」
「え、えと……すごく楽しかったです」
私の回答にきゃー、と乙女な反応をするクレアさんの脳内では一体どんなことになっているのだろう。
「本を買ってもらったので、これを読むのを目標にします」
「それっ最近流行りのやつじゃないですか!面白いんですよ」
「どんなお話なんですか?ヴェルドさんもよく知らないみたいで」
「魔王様と敵国の聖女様の恋のお話です」
「げほっ」
あまりの衝撃に咳き込んだ。なんだそれ。完全に私とヴェルドさんじゃん。なんでそんなの流行ってるんだ。
「以前から人気があったんですけど、セイラ様がいらっしゃってからさらに人気が出たんですよ!」
確かに人気の小説にぴったり当てはまる状況になれば皆そりゃ騒ぎますよね!
なぜ私はこれを選んでしまったのだ。ていうかなんで中身知らないんだヴェルドさん。把握しといてよ。知ってたら知ってたでなんか恥ずかしいしあれだけど!
「セイラ様は素敵な方ですから」
「……」
確かにヴェルドさんはかっこいいし優しいし、一緒にいると楽しい。けど、彼を好きだとか、恋仲だとか、そういうのはまだ実感がなかった。もしかしたら今頃あのクソ王子と結婚してたかもしれないことを考えたら絶対にヴェルドさんの方がいいのは確かなんだけど。これは比較対象がクソすぎて失礼だ。
とにかく、まともに恋なんてしたことのない私には、とても、とても難しいことだった。
「……申し訳ありません。私、余計なことを申してしまいましたね」
私が難しい顔をしているのが伝わったのだろう。クレアさんは申し訳なさそうにそう言った。
「いえ、大丈夫、です」
王国にいた頃の友人達も、こういう話が好きだったなあ。かく言う私も人の話を聞くのは好きだったから、あんまり人のことは言えないのだ。
他の仕事をしにクレアさんが出ていって一人になった部屋で、ぐるぐるとした気持ちと一緒に枕を抱えてベッドに寝転がれば、いつしか眠ってしまった。