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聖女、町へ行く。1

 次の日は、それはもう朝からそわそわしっぱなしだった。外に出られる。町に行ける。嬉しくて朝食の味をよく覚えていない。


「セイラ様、そろそろ身支度を致しましょう」

「お願いします!」


 クレアさんはクローゼットから何着か服を出して、ああでもないこうでもないとぶつぶつ言いながら私に合わせている。


「あの、別にどれでも良いですよ」

「どれでも良くありません!」

「はいっすみません!」


 やばい何かクレアさんめちゃくちゃ気合入ってる。「安心してください、とびっきり可愛くします」なんて言ってる。


 なにかのスイッチが入ってしまったらしいクレアさんセレクトで出来上がった自分の姿を見て、私は驚いた。


 緩くウェーブのかかった栗色の髪は軽く編まれ、ひとつに纏めた後小ぶりな白い花の髪飾りが付けられた。爽やかな淡いブルーのワンピースは上品ながらも動きやすく、可愛らしいデザイン。化粧のテクニックも流石というべきで、本当にこれは自分なのかと思うくらいに仕上がっていた。


 なんていうか、うん。完全に「意中の彼との初デート」って感じだった。今日はあくまで視察なので可愛らしいピンクではなくちょっと知的に見えそうなブルーを選ぶあたりがプロだ。


「よくお似合いです……!」

「あのクレアさんこれ」

「これで魔王様もイチコロですね!」

「やっぱり勘違いしてる!!」


 つまり昨日の赤面もそういうことだったのだ。確かに思い返してみれば距離近かった気がしないでもない。どうしよう、なんでこいつこんな気合入ってるんだって思われそう、ってならないくらいのぎりぎりを攻めてるあたりクレアさんの本気度が伺えてさらに恥ずかしい。


「いやあの、私とヴェルドさんはそういうのでは……」

「照れなくてもいいんですよ」


 照れてないです。いや、だって、あんなかっこいい人と私みたいな平凡な女がそういう関係だなんて、とても考えられない。失礼な気がする。でも、今だけは、どうしようもなく浮かれてしまう。だって今の私、多分人生で一番可愛い。生来の地味顔が功を奏していい感じに清楚系になってる。お化粧ってすごい!

 ……今なら、あの人の隣にいても大丈夫かな。

 いややっぱり大丈夫じゃない。落ち着け私。これはデートじゃない。視察だ。

 うきうきするクレアさんと対極に、神妙な顔をして自問自答を続ける私。そんな不思議な光景を繰り広げていると、部屋の扉がノックされた。


「入ってもいいか?」

「ど、どうぞ!」

「準備はできたか? そろそろ――」


 視線がぶつかる。不自然に言葉を途切れさせた彼の目が見開かれた。


「……いや、準備できたならいい。行くぞ」

「は、はいっ」


 なんだ今の間。いってらっしゃいませ、と言ってくれるクレアさんの生暖かい視線を背中にビシバシ感じる。どうしようすっごく恥ずかしい。


 部屋を出て少し先を歩く彼は足が早くて、なかなか追いつけずにいたらすぐに速度を緩めてくれた。


「……似合うな」

「へっ」


 ……どうして、さらっと、今、そういうことを。


「ほら、そこを出ればすぐ城下町だ」


 何でもなかったようにすぐ次の言葉を続ける彼の隣を歩きながら、頬が熱くなるのを感じた。仕方ないだろう。あんな何でもない風に言われたら。しかも、こんなかっこいい人に。

 いつもの感じだとそんなことがさらっと言えるような人には見えないのに。不意打ちなんてずるい。


 城門に手をかけながら、片方の手をエスコートするようにこちらへ差し出す仕草も様になってて悔しい。


「行くぞ」


 その言葉を合図のように開けられた城門から見えたのは、活気に満ち溢れた町並みだった。


「すごい……」

「だろ?」


 自慢げに笑う彼は心底この国を愛しているのだろう。王国とは少し造りの違う家々も、行き交う人も、暖かな陽射しを受けて輝いている。


 今の私は、魔法で瞳の色を赤系統に変えている。今だけは、ここの国民。そう考えるとどきどきする。そんな私の手を取って彼は歩き出した。


「あの、ヴェルドさん、手」

「はぐれたら困る。我慢してくれ」


 もしかしてずっとこれなの!?

 我慢っていうか、困る。恥ずかしい。


 困惑する私を他所に、ヴェルドさんはずんずん進んでいく。いや、気にしたら負けだ。そうだ心を無にするんだ。誰も私たちのことなんて見てない。わーあのお店可愛い。そんな風に目新しいものばかりできょろきょろしていたらなんだか大丈夫な気がしてくる。自己暗示って大事。


「ヴェルドさん! あのお店行きたいです!」

「わ、わかった」

「あれは何ですか!」

「あれは書店で……」

「えっ書店? 行きたいです!」


 繋いだ手を引っ張るようにあちこち興味を示してはぐるぐるしていたら彼は困惑したような表情をしている。ことお店巡りに関しては女子のバイタリティを舐めてもらっては困る。ウインドーショッピングは女子の生活の糧なのだ。


「綺麗な表紙ですねこれ。全く読めないけど」

「それは最近若い女性の中で流行ってるらしい小説だな」

「欲しいけど読めない……」

「セイラの今のレベルならこれだな」


 差し出されたのは明らかに子供向けの絵本だった。そりゃそうだ。魔族文字に関しては子供みたいなものだし。でもその絵本も絵がとても可愛くて、気に入ってしまった。


「けどまあ、お前は覚えがいいってクレアが言ってたしそのうちそっちも読めるようになるだろ」

「ほんとですか!」

「ああ」


 小さく微笑むと彼は私の手にある二冊の本をひょいひょいっと奪ってさっさとお買い上げしてしまった。


「えっそんな、悪いです」

「いいんだよ、貰っとけ」

「でも……」

「ほら、行くぞ」


 もう買ってしまったものは仕方ない、ありがたく頂戴することにした。紙袋を持つ腕はなんだか暖かくて、くすぐったかった。



1話で終わらなかったので続きます。

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