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聖女、勉強をする。

 魔王城にある小さな中庭には、白い花が沢山咲いていた。手入れはされているけれど、王国の庭園のような絢爛豪華な感じではなかった。慎ましやかで小さい可憐なその花は、リランの花といって実をつけた後は薬になるんだそうだ。だから、花冠はやめにして、時々様子を見に行くだけにしておくことにした。


 私の国の文化が煌びやかで豪華なのに対して、この国のそれはとてもシンプルで、でも美しい。機能美と呼べるであろうそのあり方は、この国を治めるあの人にとても似合っていると思ったのだ。



 一通り探検を終えて部屋に戻った私はごろん、とベッドに寝転がる。


「……」


 枕を抱きしめて、右へ左へ。窓から外を見れば、陽が高く昇っている。


「……え、まだお昼なの!」


 がばっ、と起き上がってそう言えばクレアさんが少しびっくりしていた。


 私が今日やることはもう終わってしまったのに、一日はまだ半分しか終わっていない。その事実に愕然とした。そう、これから半日、私は暇なのだ!


 ここに来て数日は暇とか考えてる余裕もなかったけれど、ちょっと慣れてきたら居候のやることの無さに気づいてしまった。王国にいたころは、家事をしたり両親の店の手伝いをしたり買い物に行ったり、それらが一日の大半を占めていたけれど、ここではそれら全てが免除される。寧ろ部屋の掃除を始めようとしたら血相を変えたクレアさんに止められた。そんなことがあっていいのか。労働階級が身に染み付いている私は人に働かせて自分は暇を持て余していることに何となく罪悪感を覚えてしまう。貴族のお嬢様は一体どうしてすごしているのだろうか。


 途端にそわそわし出す私をクレアさんが困惑した表情で見ている。


 そうだ、私だって働いてばかりいたわけじゃない。趣味の時間だってあったはずだ。何をしていたか思い出すんだ。


 本を読む?

 ここには図書館があったけれど魔族文字で書かれているらしい小難しそうなものが殆どで全然読めなかった。


 でも、私が魔族文字を覚えたら。あの沢山ある本を読めるようになったら。この国のことをもっと知ることができる。暇も潰せる。一石二鳥というやつではないだろうか。


 そう思ったけど、機密とかそういうアレで駄目とかあるかな。何せ庶民なのでそういうの全然わかんないけど。


「クレアさん」

「はい、どうかなさいましたか?」

「魔族文字、教えてくれませんか?」


 少しの逡巡の後、クレアさんが答える。


「いいですよ」

「えっいいんですか!」

「ええ。セイラ様が魔族文字を習得されれば市井で流行っているような本もご用意できますし、まずは簡単な本からお取り寄せしますね」

「至れり尽くせり!」


 こうしてクレアさんを先生として、私の魔族文字勉強会が始まった。



 ***



「――これが『あいうえお』になります」

「書けた!」


 図書館の机に向かいあわせで座って、紙に文字を書く。図書館にある本は当然まだ読めない。読めないのになんで図書館でやるのかって?気分だよ気分。私は形から入るタイプなのだ。


「お上手です。ちなみにセイラ様のお名前を書くとこうなります」

「えっすごいかっこいい……!」


 違う言語で書くだけで自分の名前もとんでもなくかっこよく見える現象ってあるよね。惚れ惚れしながら魔族文字で書かれた自分の名前を見ていたら、クレアさんがくすりと笑った。


「セイラ様はとても良い反応をしてくださるので新鮮で、教えがいがあります」

「それって子供みたいってことでは……?」


 私が苦笑いしていると、ギィ、と音がして図書館の扉が開いて、誰かが入ってきた。


「何だ、今日はよく会うな」

「魔王さん!」


 分厚い本を二、三冊抱えた魔王さんがこちらに気づいて歩いてくる。なんの本だろ、難しそう。


「何してるんだ?」

「クレアさんに魔族文字教えてもらってるんです。この国のこともっと知りたくて」

「そうか」


 魔王さんは抱えていた本を私のすぐ側の本棚に戻すと、周辺の本を物色している。


「私の名前が書けるようになりました」

「それはいいな」


 何を思ったのか、彼は本を物色する手を一瞬止め、こちらへ来た。そして私の右手からひょいとペンを奪う。そのまま左手を私の座ってる椅子に置いて、私の背後から右腕を伸ばして、机の上の紙に何かを書いた。


「? なんて読むんですかこれ?」

「ヴェルド。俺の名前だ。覚えとけ」


 少し屈んだ魔王さんの顔を見上げて尋ねれば、そんなことを言われた。

 ……名前。魔王さんの。


「ずっと魔王さんって呼ばれるのも居心地悪いんでな」

「じゃあ、これからはヴェルドさんって呼びますね」


 魔王さん改めヴェルドさんは満足げに笑うと、ペンをまた私の右手に戻して、離れていった。


「じゃあな、頑張れよ」

「はい!ありがとうございます!」


 そう言って彼は本棚からさっきとは違う本をいくつか取って、扉にさっさと歩いていく。図書館から出る直前、こちらを振り向いて言った。


「あ、そうだ。そんなにこの国に興味あんなら城下町でも見に行くか?明日視察に行くから連れて行ってやる」

「えっ行く!行きます!」

「よし決まり」

「やったー!」


 明日の約束を取り付けて、彼は今度こそ去っていった。城下町だって!とっても楽しそうだ。


 うきうきした気分でクレアさんを見たら、何故か真っ赤な顔をして両手で口元を覆っていた。


「く、クレアさん……?」

「いえ!なんでもありません続きをしましょう」

「は、はい……?」


 い、一体何だろう……?


 何でもないようには見えなかったけれど、不可解な気持ちは明日を楽しみに思う気持ちと、勉強に紛れて、いつしか消えてしまった。

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