聖女、探検する。
「クレアさん、探検がしたいです!」
魔王城での生活にもだいぶ慣れてきた頃。朝起きて、ご飯を食べて、さあ今日は何しようと考えた結果、私が至った結論はそれだった。お風呂とダイニングとお部屋を往復するだけの生活にも飽きてきたのだ。
「このお城って広いじゃないですか。いろんなとこ見たいので、案内してくれませんか?」
「ええ、勿論!」
快く承諾してくれたクレアさんと共に魔王城探検が始まった。
「――あちらが厨房です。魔王様やセイラ様にお出しするお食事はこちらで作っています」
「すっごい広い……!」
大理石の廊下をかつかつ歩いて、まず案内してもらったのは厨房。うちの台所とは規模が違いすぎた。当たり前だけど。私も料理がしたいって言ったら怒られるかなあ。
そんな阿呆なことを考えながらあちこち見て回る間にも、このお城で働く魔族たちが通り過ぎていく。その度にちゃんと挨拶をしてくれるのだから礼儀正しい人ばかりなんだなあと思った。
「ほんとに皆さん赤い目をしてるんですね」
魔族は赤い瞳をしている、と話には聞いていたけれど、実際に見たらやっぱり驚く。そんな私の呟きを拾ったクレアさんは、少し顔を強ばらせて、言った。
「……怖い、ですか?」
「!」
不安げなその表情に、不用意なことを言ったな、と先程の発言を後悔した。この人の不安は私が本心を話すことで和らぐだろうか。
「……怖かった、です。最初は。でも、クレアさんや魔王さん、いろんな人と接したら親切な人ばかりで私たち人間と何も変わらないってわかりました。だから、もう怖くないです」
目を見開いた後、ふわっと笑ったクレアさんに、私もほっとして自然と笑みがこぼれた。
「実は私、人間の方とお話するのは初めてなのです。赤以外の色の瞳を見るのも初めてで。セイラ様の緑色の瞳、とてもお綺麗です」
「ええー、なんか照れるな」
こんな地味な私がクレアさんみたいな美人さんに褒められると純粋に嬉しい。きっと今私の顔はだらしなくゆるゆるに緩んでるのだろう。
「魔族の人も皆同じ赤じゃなくて、一人一人少しずつ色が違うんですね」
真っ赤な色の人は意外といなくて、ワインレッドとか、橙がかった赤とか、ピンクっぽい色の人もいる。
「魔力の強さが瞳の色の濃さに出るのです。最も純度の高い赤を持った者は最も魔力が強く、魔王となります」
「へー……」
ふと、あの人の鮮やかな赤を思い出した。
魔王さんの瞳の色は透き通ったルビーみたいだ。それは彼の魔力の高さの証であり魔王の証、らしい。彼ほど綺麗な赤色は、歴代魔王にもなかなかいないらしい。
対してクレアさんの瞳はほんの少し茶色がかった赤。暖炉の火を思わせる暖かい色だ。てことは、クレアさんも魔力が強い方なのかな。
どっちも好きな色だ。
「あ、クレアさん、あそこはなんですか?」
「あっそこは……!」
迂闊な私はクレアさんの返事を聞く前に扉に手をかけ開けてしまう。
そこに居たのは、お仕事中の魔王さんだった。
不機嫌丸出しの顔と視線がぶつかる。
「……失礼しました!!!」
秒で扉を閉めた。あれは魔王だ。
いや、あの、彼は実際魔王なんですけど眉間によった皺といい目つきの悪さといい不機嫌そうな表情といいなんかすごく怖かった。まさに魔王って感じだった。
逃げようとした私を嘲笑うかのように、カチャ、と音がして再び扉が開いた。
「なんで逃げる」
ぎゃー!魔王様!
顔だけ見れば彼は噂に違わぬ立派な魔王様。間近で見ると流石のド迫力である。これは国のひとつやふたつとっくに滅ぼしてる顔だ。そんな失礼なことを考えているのがバレたのか、魔王様は目を細めてこっちをじっと見る。
「いえあの、お邪魔してしまったかと思いまして」
「魔王様、そんなに女性を威圧するものではないですよ」
そう言って魔王さんの後ろから姿を見せたのは、長い黒髪を後ろで一纏めにした優しげな魔族の男の人だった。固まる私に彼は続ける。
「……失礼しました、聖女様。私は魔王様の側近をしております、レドリーと申します」
「あ、どうも……いそ、聖女のセイラです」
ぺこりと礼をしたらぶふっ、と噴き出す音が聞こえた。今笑ったよねこの人?
確かに居候のって言いかけたけど。我ながら間抜けだったけど。笑ったことなんてまるでなかったかのようにレドリーさんは続けた。
「申し訳ございません、うちの主が怖がらせてしまったようで」
「あ、いえ別に怖がってはいないんですけど」
「顔が怖いのは元からなので許してやってください」
「元からってなんだ」
「そうですよね……魔王さんも好きで顔が怖いわけじゃないですよね」
「喧嘩売ってんなら買うぞ?」
魔王さんと喧嘩しても勝てないので丁重にお断りした。てかもうこの間売ったばかりだしね。負けたしね。
「クレアさんと一緒にお城探検してたんです」
「面白いもんでもあったか?」
「大きい厨房と、廊下にいっぱいある謎の彫刻が気にいりました!」
「おう……?」
背中に羽が生えた馬みたいなのとか、足の生えた魚とか。この国にいる生き物なのだろうか。すっごく見てみたい。
「次はお庭に行くんです。花冠作ったら魔王さんにもあげますね!」
「花冠……」
再びレドリーさんが噴き出す声がした。
「お似合いだと思いますよ魔王様」
「殺すぞ」
「楽しみだなー」
どんな花があるんだろう。失礼しました、と魔王さんとレドリーさんに一礼をして、わくわくしながら部屋を出た。